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暴虐の黒き竜と囚われの娘【R15版】  作者: いをり。
1章【最凶の出会い】

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2話

それから、どれほどの時間が過ぎたのだろう。


激しく降り続いていた雨は、いつしか弱まっていた。


洞窟の外から聞こえてくるのは、木の葉を打つ静かな雨音だけだった。


腰に尾を巻きつけられたレイラの身体は、ヴェルドラが動くたびに揺さぶられていた。


指先一つ動かすことさえままならず、少し力を入れようとするだけで、全身に鈍い痛みが走る。


爪に裂かれた裾が、冷えた脚にまとわりついていた。


何が起きたのか。


何をされているのか。


分かっているはずなのに、頭がそれを受け入れることを拒んでいた。


怖い。


痛い。


帰りたい。


浮かぶのは、それだけだった。


巨大な頭が、反応を確かめるように近づいてくる。


燃えるような赤い瞳と、漆黒の鼻先が視界いっぱいに広がった。


逃げなければならない。


そう思っても、身体にはもう力が残っていなかった。


黒竜の気が変われば、レイラの命など簡単に奪われてしまうだろう。


死にたくない。


もう、傷つけないで。


レイラは声にできなかった願いを伝えるように、力の入らない腕を持ち上げた。


震える指先が、黒竜の鼻先へ触れる。


攻撃するためではない。


拒絶するためでもない。


どうか殺さないで。


これ以上、傷つけないで。


そう懇願するように、レイラは黒竜の鼻先をそっと撫でた。


その触れ方は、あまりにも弱く、そして優しかった。


ヴェルドラの動きが、ぴたりと止まる。


『何を……』


低い声に、初めて微かな戸惑いが滲んだ。


しかし、レイラに答える力は残っていない。


鼻先を撫でていた手が、力なく垂れ下がる。


張り詰めていた糸が切れるように、レイラはその意識を手放した。


『貴様……』


ヴェルドラは、動かなくなった人間の女を睨みつける。


『この我に、勝手に触れただと?』


これまでヴェルドラへ向けられた手は、彼を傷つけようとするものか、恐怖から遠ざけようとするものだけだった。


これほど怯え、拒絶していた人間が、なぜ最後にあんな触れ方をしたのか。


ヴェルドラには理解できない。


たかが人間の指先一つに虚を突かれ、その温もりを意識してしまった。


その事実が、何よりも腹立たしかった。


『たかが人間ごときが……』


ヴェルドラは忌々しげに吐き捨て、レイラを岩の上へ乱暴に下ろした。


力の抜けた身体は、身じろぎ一つしない。


顔には涙の跡が残り、乱れた髪が白い頬へ張りついていた。


これまで玩具となった人間たちも、初めは泣き叫び、やがて恐怖に耐えきれず己を失った。


目の前に横たわる女も、それらと何ひとつ変わらないはずだった。


壊れた玩具など、残しておく価値はない。


これまでと同じように、この場で殺してしまえばいい。


赤い瞳が、岩の上に横たわるレイラを捉える。


巨大な爪を伸ばせば、その細い命など容易く断ち切れる。


ヴェルドラはレイラの喉元へ、ゆっくりと爪先を近づけた。


あと僅かに力を込めるだけでいい。


だが、爪が白い肌に触れようとした瞬間、鼻先に残る柔らかな感触が不意に蘇った。


黒い爪が、寸前で止まる。


『……気に食わんな』


低く呟き、レイラへ背を向ける。


そのまま洞窟の奥にある寝床へ戻り、巨大な身体を横たえた。


殺さなかったことに、理由などない。


まだ、彼女が完全に壊れたと決まったわけではない。


目を覚ませば、再び玩具として使えばいい。


ヴェルドラは、そう自分へ言い聞かせる。


けれど、燃えるような赤い瞳は、岩の上で気を失っているレイラへ向けられたままだった。


いつまで経っても、鼻先に残された温もりが消えない。


恐怖に震えていたはずの指先。


抗うのではなく、助けを求めるように触れた手。


それは、ほんの一瞬の出来事だった。


なぜその記憶を振り払えないのか、ヴェルドラ自身にも分からなかった。

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