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暴虐の黒き竜と囚われの娘【R15版】  作者: いをり。
第5章【黒龍と人間の狭間で】

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3話

村へたどり着いた頃には、朝の鐘が鳴り終わっていた。


家々の煙突から細い煙が上がり、通りではすでに村人たちが一日の仕事を始めている。


山道から現れたレイラに気づくと、近くにいた男が驚いたように声を上げた。


「レイラ!」


その声に、周囲の視線が一斉に集まる。


レイラは足を止めることなく、村長の家へ向かった。


「領主様への使いは、まだ村にいますか?」


村人たちは顔を見合わせたが、誰も答えようとはしなかった。


その人垣をかき分け、ハンスが駆けてくる。


「レイラ!」


ハンスはレイラの両肩へ手を置き、その姿を確かめるように見下ろした。


「やっぱり、あの竜のところへ行っていたのか」


その顔には、ほとんど眠っていないことが分かるほど、濃い疲れが滲んでいた。


「怪我はないのか?」


「私は大丈夫です。それより、使いは?」


ハンスは一瞬、目を伏せた。


「……夜明けとともに発ったよ」


レイラは言葉を失った。


「追いかけて、戻ってきてもらうことはできませんか?」


「レイラ……」


「お願いします。もう一度だけ、みんなで話し合ってください」


騒ぎを聞きつけた村長が、家の中から姿を現した。


レイラの前まで来ると、険しい表情を浮かべる。


「昨日、伝えたはずだ。領主様へ討伐を願い出る方針は変えられない」


「でも、このままでは——」


レイラは言葉を切り、胸元の青い石へ触れた。


「私、黒竜さんに会ってきました」


周囲のざわめきが止まる。


ハンスの表情が強張った。


「……本当に、会ったのか」


「はい。討伐のことも伝えました」


「それで、あの竜は何と?」


レイラの指先が、青い石を包み込む。


「自分へ刃を向ける者には、容赦しないと……」


村人たちの間に、緊張が走った。


「だから、兵士たちを山へ向かわせないでください」


村長は静かに首を横へ振る。


「ならば、なおさら使いを戻すわけにはいかん」


「村長さん……」


「あとは領主様の判断に委ねる」


レイラは何も答えられなかった。


ヴェルドラが人間を殺さないと約束してくれたのなら、まだ説得できたかもしれない。


けれど彼は、レイラの願いをはっきりと拒絶した。


それでも、討伐隊が山へ入るのを黙って待つことはできなかった。


「それなら、私は山へ戻ります」


ハンスが目を見開く。


「戻るって……また、あの竜のところへ?」


「日が沈むまでに戻ると、約束したんです」


ハンスの眉が寄る。


「お願い、行かせて」


レイラは山へ続く道へ足を向けた。


その腕を、ハンスが掴む。


「行かせない」


「離して、ハンス」


ハンスは掴んだ手を緩めなかった。


「レイラ」


村長の低い声に、ハンスが振り返る。


「また抜け出されては困る。討伐が終わるまで、ここにいてもらう」


村長が目配せすると、二人の男がレイラの両脇へ立った。


「待ってください。私は——」


両側から腕を引かれ、レイラの靴底が土を擦る。


「離して!」


抗う声を残したまま、村長の家の中へ連れ込まれた。


薄暗い廊下の奥には、古い食器や麻袋が積まれた小さな物置があった。


壁の高い位置に、細い光の差し込む窓が一つだけある。


「こんなところに閉じ込めるつもりですか?」


答える声はなかった。


背中を押され、レイラは部屋の中へよろめく。


「ハンス!」


振り返って伸ばした指先の前で、扉が閉ざされた。


レイラは取っ手へ飛びつき、力いっぱい引く。


扉の向こうで、金具が激しく鳴っただけだった。


「開けて! お願い、ハンス!」


「……ごめん、レイラ」


扉越しに落ちた声は、やがて遠ざかる足音へ紛れて消えた。


レイラは扉を叩き続けた。


声が掠れ、手のひらが痛み始めても、やめることはできなかった。


小さな窓から差し込む光が、少しずつ傾いていく。


やがて、その光が淡い橙色へ変わった。


『日が沈むまでだ』


洞窟で告げられた声が、耳の奥に蘇る。


レイラは扉へ額を押し当て、胸元の青い石を握り締めた。


「ごめんなさい……黒竜さん……」


窓から差し込んでいた最後の光が消え、物置の中は暗闇に包まれた。

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