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暴虐の黒き竜と囚われの娘【R15版】  作者: いをり。
第5章【黒龍と人間の狭間で】

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2話

しばらくレイラを見据えたあと、ヴェルドラは興味を失ったように顔を背けた。


そのまま泉のそばへ向かい、岩床へ身を伏せる。


レイラは胸元の青い石へ触れたまま、その場に立ち尽くしていた。


これ以上頼んでも、ヴェルドラが考えを変えるとは思えない。


洞窟の入り口へ目を向ける。


外には深い闇が広がり、冷たい夜風が木々を揺らしている。


今から一人で山を下りることもできた。


それでも、レイラの足が入り口へ向かうことはなかった。


視線を巡らせると、岩床へ散らばった乾いた草や葉が目に入る。


レイラは僅かに迷ったあと、泉のそばに伏せるヴェルドラへ向き直った。


「……今日は、ここで眠ってもいいですか?」


ヴェルドラの片耳が動く。


赤い瞳だけが、レイラへ向けられた。


『勝手にしろ』


「ありがとうございます」


レイラは散らばった枝を拾い集め、消えた焚き火の前へ膝をついた。


壁際に残されていた鞄を開き、中からマッチの小箱を取り出す。


細い枝と乾いた葉を重ね、擦ったマッチの火を近づけた。


やがて小さな炎が上がり、洞窟の中へ揺れる橙色の光が戻る。


レイラは立ち上がると、以前寝床のあった場所へ向かった。


踏み潰され、岩床へ散らばった草や葉を一つずつ集めていく。


土や小石を払い、まだ使えそうなものだけを焚き火のそばへ運んだ。


以前のように厚く敷くには足りない。


それでも、一晩身体を横たえるだけなら十分だった。


レイラは整えた草の上へ腰を下ろすと、胸元から青い石を取り出した。


炎の光を受け、傷一つない石が小さく煌めく。


両手で包み込むように握り締めると、張り詰めていた息がようやく漏れた。


視線を上げる。


ヴェルドラの赤い瞳は、すでに閉じられていた。


「……おやすみなさい、黒竜さん」


返事はなかった。


レイラは草の上へ身体を横たえ、目を閉じる。


硬い岩の感触も、夜風が洞窟へ入り込む音も、以前と何も変わらない。


けれど、村の家で一人きりの夜を過ごしたときより、不思議と胸の奥は静かだった。


やがて焚き火の弾ける音に混じり、ヴェルドラの低く穏やかな呼吸が聞こえてくる。


レイラは首飾りを握ったまま、ゆっくりと眠りへ落ちていった。


翌朝、洞窟へ差し込む淡い光に、レイラは目を覚ました。


消えかけた焚き火の向こうで、ヴェルドラの赤い瞳がこちらを見ている。


レイラは身を起こし、乱れた髪を手で整えた。


外はすでに明るい。


その光を見た瞬間、眠気が消えた。


「もう、使いが村を出る頃かもしれません」


ヴェルドラは何も答えない。


レイラは立ち上がると、ドレスについた草を払い落とした。


「村へ戻ります」


ヴェルドラの瞳が鋭く細められる。


『また我から逃げるつもりか』


「違います」


レイラはすぐに首を横へ振った。


「使いが出る前に、もう一度みんなと話してきます」


『貴様が何を言ったところで、人間どもの決定が覆るとは思えぬがな』


「……分かっています。それでも、このままにはできません」


ヴェルドラの喉から、不機嫌そうな唸り声が漏れた。


レイラは僅かに息を詰めたが、視線を逸らさなかった。


「話が終わったら、必ずここへ戻ります」


『必ずだと?』


「はい」


ヴェルドラは身を起こすと、レイラの前へ顔を近づけた。


赤い瞳が、試すようにその顔を覗き込む。


『日が沈むまでだ』


「分かりました」


『次に我を欺けば、首飾りだけで済むとは思うな』


「……はい」


ヴェルドラはしばらくレイラを見つめたあと、低く鼻を鳴らして顔を退けた。


レイラは胸元の青い石へ一度触れると、洞窟の外へ向かった。


暗い森を抜け、山道を下っていく。


二本の石柱が見えてくると、レイラは足を止めた。


振り返れば、木々の隙間から黒い巨体がこちらを見ている。


「行ってきます」


ヴェルドラは答えなかった。


レイラは前へ向き直り、二本の石柱の間を越えた。


そのまま村へ続く山道を歩き始める。


背中へ向けられた赤い視線は、木々に姿を遮られるまで、一度も逸れることはなかった。

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