3話
川から洞窟へ戻ると、ヴェルドラはそのまま洞窟の奥へ向かった。
レイラは洗った外套とドレスを岩の上へ畳むと、持ち帰った石鹸や櫛も元の場所へ戻し、乱れていた毛布を持ち上げる。
その拍子に、背中へ鈍い痛みが走った。
「いた……」
レイラは、昨夜眠った焚き火のそばの岩床へ目を向けた。
毛布に包まれても、岩の硬さと冷たさまでは防げなかった。
その場へしゃがみ、岩床へ手を触れる。
ふと洞窟の外へ目を向けると、日の当たる斜面で乾いた草が風に揺れていた。
「あの……黒竜さん」
泉のそばへ身を伏せたヴェルドラが、面倒そうに赤い瞳を開いた。
『今度は何だ』
「少しだけ、外へ行ってもいいですか?」
『今戻ったばかりだろう』
「遠くへは行きません。寝床に使えそうなものを集めたいんです」
『寝床だと?』
ヴェルドラの赤い瞳が、レイラの手にある毛布へ向けられた。
『その布があるだろう』
「毛布だけでは、岩が硬くて……」
『つくづく脆弱な生き物だな』
「すみません……」
レイラが申し訳なさそうに俯くと、ヴェルドラは低く鼻を鳴らした。
『好きにしろ』
「ありがとうございます」
『ただし、我の見える場所から離れるな』
レイラは驚いたように顔を上げた。
「……はい」
レイラは小さく頷き、洞窟の外へ出た。
ヴェルドラもゆっくりと入り口まで進み、そこで身を伏せる。
レイラは木々の間へ入り、日の当たる場所に生えた乾いた草を両腕へ集めていった。
地面へ落ちていた柔らかな葉や細い枝も拾い、何度か洞窟との間を往復する。
その間も、入り口から向けられる赤い瞳が、レイラの姿を見失うことはなかった。
集めたものを岩床へ運び、乾いた草を広げてみる。
けれど、薄く岩を覆うだけで、身体を横たえればすぐに押し潰されてしまいそうだった。
もう少し集めなければならない。
レイラは額に浮かんだ汗を手の甲で拭い、再び洞窟の外へ向かおうとした。
『まだ行くのか』
「これだけでは足りないので……」
ヴェルドラはレイラの足元に積まれた草へ目を向けた。
それから、どこか苛立たしげに立ち上がる。
「あの……?」
ヴェルドラは答えず、洞窟の外へ出た。
力強い後脚で地面を蹴ると、黒い翼を広げて木々の上へ舞い上がる。
その姿は、山の奥へ向かって瞬く間に見えなくなった。
「どこへ……」
レイラはしばらくその方角を見つめていたが、やがて集めた草へ向き直った。
混じっていた小石や硬い枝を、一つずつ取り除いていく。
しばらくすると、遠くから大きな羽音が聞こえてきた。
木々が激しく揺れ、ヴェルドラの黒い巨体が洞窟の前へ降り立つ。
その前脚には、大量の乾いた草と、柔らかな葉のついた枝が抱えられていた。
ヴェルドラはそれらを、レイラの集めた草のそばへ落とした。
舞い上がった細かな葉が、洞窟の中をゆっくりと落ちていく。
レイラは目を瞬かせながら、積み上がった草を見つめた。
「これを……持ってきてくださったんですか?」
『勘違いするな』
ヴェルドラは煩わしそうに吐き捨てた。
『貴様が夜中に何度も身じろぎする音が、耳障りなだけだ』
レイラは足元の草へ視線を落とし、小さく微笑んだ。
「ありがとうございます、黒竜さん」
『礼などいらん』
ヴェルドラは興味を失ったように顔を背けると、再び洞窟の奥へ戻っていった。
レイラは運ばれてきたものを寝床へ使えるよう整え始めた。
柔らかな葉のついた枝を岩の上へ並べ、その上へ乾いた草を厚く重ねていく。
飛び出した硬い茎を抜き、手のひらで何度も押さえながら、身体を横たえられるほどの広さへ形を整えた。
試しに両手で押してみると、岩へ直接触れることなく、草が柔らかく沈み込む。
「これなら、よく眠れそうです」
嬉しそうに呟き、レイラは毛布を新しい寝床のそばへ置いた。
作業を終える頃には、洞窟の外から差し込む光も茜色へ変わり始めていた。
やがて日が沈むと、レイラはパンとチーズで簡単に食事を済ませ、焚き火へ新しい枝を足した。
揺れる炎が、洞窟の中へ赤い光を落としている。
レイラは新しく作った寝床へ横たわった。
乾いた草が身体を柔らかく受け止め、岩の冷たさも伝わってこない。
毛布を肩まで引き上げると、草と木の葉の匂いに包まれた。
「温かい……」
レイラは寝床の中で身体を丸め、ヴェルドラへ顔を向けた。
「ありがとうございます、黒竜さん」
ヴェルドラは目を閉じたまま、何も答えなかった。
「おやすみなさい」
レイラも静かに目を閉じる。
間もなく、新しい寝床から穏やかな寝息が聞こえ始めた。
ヴェルドラは僅かに片目を開き、毛布に包まれたレイラへ視線を向けた。
『……ふん』
小さく鼻を鳴らし、再び目を閉じる。
その夜、レイラは一度も目を覚ますことなく、朝まで眠り続けた。




