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経験ですか?勇者さま。





その日の朝は何事も無く始まった。


起床し、身体を浄め、身なりを整えてから祈りを捧げる。


「敬愛なるファリス樣。今日の一日をお与えいただき感謝します。」


祈りを終え、続けて言う。


「よし!今日も一日、良い日になるよ!」


定められた祈りではないが、誰に言うでもなく自分の中での『お約束』の文言だ。



「おはようございます、神官樣」


「おはようございます。」


部屋を出れば皆、挨拶してくれる。




・・・ここは『城塞都市ガルン』。


近々、隣国のラ・クジャールが攻めてくる、のでは?と、言われている地だ。



なぜそんな危険な場所に居るのか?


と言えば、神官として教団から派遣されたからである。


この地への派遣も今年の春、雪解けの頃から始まり、はや半年にもなっていた。


一人がずっと駐在するのではなく、交代での派遣の為、通常なら街外への


派遣の任など回って来ないはずのルチアにもお鉢が回って来たのだ。



大先輩の神官からは「何もないから大丈夫よ。楽しんで来なさい♪」


なんて言われたが、これが初めての対外的な仕事となるルチアには


楽しむ余裕なんてなかった。



ただ『無事に任を果たさなきゃ』の一念のみだ。



ルチアは真面目に任に当たった。


最年少で神官に任じられるだけの能力、信心、誰にも負けない、


との気持ちがあった。


しかし中には、どうにもならない事もある。それは『経験の無さ』だ。


だが、最年少の神官樣だけあって、幼さの残る容姿に頑張っている姿を見るだけで


周りの大人達も『頑張らないとな』という気持ちに自然とさせられた。


それはベテラン神官との差を埋めるだけの効果が有った。



かえって、戦争の不安からのギスギスした空気を和らげる効果は高かった。



「神官樣、疲れたら休んで下さいね。」



「神官樣、美味しい果物が手に入って…」



と、皆で世話を焼いてくれるのだ。



『いえいえ、大丈夫です。』と断れば…また「健気な神官樣だ」と気遣ってくれる始末だった。




ルチアは思う。


『なんでこんな良い人達の暮らす街が戦火に晒されなければならないの?』


『皆の幸せ、暮らしは、私が守るんだから!』と心に誓う。




…が、ルチアは思い知る事となる。


自分の力では『何も守れない』事を。





何も変わらない、その日の午後、物見の兵士から一報が入る。



「ラ・クジャールの兵らしい者が門下まで参っております。」



正直、ルチアも『見間違いであって欲しい』と思いつつ正門へ向かう。



見れば、ラ・クジャールの鎧に旗は間違いないが『宣言兵』にしては


余りに疲弊した様相だった。しかも『白旗』を携えている。





通常『宣言兵』は戦の宣言を行う、言わば「戦の顔」である。


選ばれた兵士に選ばれた鎧、馬を与え、宣言を行い『我が国の国力を見よ』と


戦の前に敵国に見せ付ける為の兵士だ。だが、、、



…『見るからに怪しい』、『いや、本当に疲弊しているのでは?』、


『攻め込む作戦なのでは?』とガルンの中でも意見は纏まらなかった。



ガルンの指揮官は神官であるルチアに問う。



「神官樣、どう思われますか?」



…『ここで聞く!?』


一番聞いて欲しくないタイミングだった。



判断を間違えばガルンの街を危機どころか占領の憂き目に遇わせる事に…。


ルチアは自分で判断するのではなくファリス神、神官の力で判断する事にした。



「ファリス神の名のもとに、悪意を見抜きます。」



ルチアには相手の悪意、邪悪な心を見透す能力がある。


結果…『白』宣言兵からは何の悪意も感じられなかった。



「指揮官殿。あの者からは悪意は感じられません。話を聞いても良いでしょう。」



宣言兵の話しではモンスターに襲われ、今まさに本隊もガルンに向けて


逃げて来ている最中だという。



『事実でしょう。但し、本隊の全兵士が確認出来るまでは門は開けず


 城内に入れない事にすれば…』


ルチアの言葉に指揮官も頷いた。




宣言兵は身体を引きずる様に本隊へ戻って行く。


彼の言葉を『本当に信じる』なら、一人で戻らせず、


ガルンの兵士と一緒に『救援』に向かわせるべきだろう。



ただ、ルチアには『経験』が無かった。神官の力で『善し悪し』は分かっても、


それを『どうするか』の判断がつきかねてしまう。




『本当に良かったのかな?』…ファリス神の力を使って『白』と出た者を


信用せずに疑う、、、それは教えに背く行為なのでは?



迷いから逃げられない。




その後、正門前に現れたラ・クジャールの本隊は、、、本隊とは言い難い有り様だった。


宣言兵の帰還によりガルンに前進を始めた所で更にモンスターに襲われたのだ。


何とか逃げ切ったが更に多くの兵と指揮官が犠牲になったのだ。



『私のせいだ…私があの兵の言う事を信用していれば…』



もはや疑う余地も無かった。ガルンの指揮官に請い、


正門を開け負傷兵を受け入れる。


『こうなったのは自分の責任だ。一人でも多くの命を助けないと。』


ルチアは指示を出しつつ、敵兵の治療に当たる。



その時、ラ・クジャールの指揮官代理の男がルチアに近付き告げる。


「ファリス神の神官樣に申し上げます。」


「この度は我々を信じ受け入れて頂き本当に感謝致します。」


深々と、それは正に『神』に捧げる様に頭を下げる。




・・・そんな、、、声にならない感情が叫ぶ。



『そんな事ない!!』



『私は信用しなかった!』



『信用出来なかった!』



『あなた方を見棄てたのです!!』




自然と涙が流れる、、、止まらない。



辛うじて声にして答える。



「大丈夫です。良いのです、良いのです、、、」




それは、相手に伝えていると言うより、自身に対して言っているかの様な言葉だった。





その日は真夜中まで治療が続き、布団に入った記憶すら無いまま寝入ってしまった。



次の日…既に眠ったのは日付が変わってからだったので今日だが、


回復魔法を使い過ぎた疲労からか、余程深い眠りだったのか、


起きても頭がぼーっとしていた。



皆が気を使ってくれたのか、既に朝と言うには難しい時間になっていた。


はっと我にかえり、身支度を整え部屋を飛び出した。



「具合の悪くなった方はいませんか?」



昨日の頑張りのお陰か、治療を行った人の中に悪化した人は居なかった。



ホッとしているとガルンの指揮官が声を掛けてくる。



「神官樣、お話しが。」


…内容はモンスターの件だった。



ラ・クジャールの兵が追われて来たのならガルンにもいつモンスターが


押し寄せてもおかしくない、というのだ。


相手はラ・クジャールの本隊を瓦解させる様な相手だ。


王国の本隊ならともかくガルンのみの兵力では耐えきれないだろう。


…というのが指揮官の意見だ。



では、どうするか?



『ガルンを棄てて、兵士と住民全員で逃げるか』


『ラ・クジャールと戦う予定だった王国軍の到着を立て籠って待つのか』



である。



指揮官は実際問題『逃げるのは不可能だろう』と言う。


逃げても追い付かれる可能性が有り、そもそも住み慣れた街と自宅を棄てて逃げろ、


と言えば反対する住民も出るだろう、との事だ。



当然だ。ルチアだって昨日までは『この街の暮らしは私が守る』なんて


思っていたくらいに良い街、良い人達なのだから。




…だが現実は違う。



『何が守る、だ。馬鹿じゃない、、ホントに、、』



自分の力なんて『その程度』の物でしかなかったという事を実感し、体験したのだ。



『立て籠るしかない』との結論が出た辺りで物見の兵士が報告に来た。



いよいよモンスターの到来か? と、覚悟していると、兵士は言う。



「援軍です。王国軍の本隊が門下まで参っております。」



ガルンの指揮官は「なんたる幸運か!!」とファリス神に祈りを捧げている。



ルチアも正直ホッとした気分になり、また冷静にもなり、指揮官を見て思い出す。



『あ、今日の朝のお祈りしていない、、、』



起きてすぐに負傷者の見回りに入ったのだ。


故意ではないが日課を行わなかった気持ち悪さがルチアの中に


不安の種を撒いていて行く様な気がしていた。








「とうとう私にも名前がついたの♪」

 「良かったにゃ、ルチア」

「これも『全て』ファリス様のお蔭よ!」

 「(怒!)じゃあ、やっぱり神官様、にゃ。」

「ご、ごめんなさい、、フェン様のお蔭です」

 「そうにゃ。『神官様。』」

「お願い、、許してーーーーーっ。」


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