第5話 空白だらけの身分台帳
翌朝から、私はノルトハイム公爵領の身分台帳を一冊ずつ開いた。
家門ごとに綴じられた記録は整っているように見える。だが二頁読めば、誤魔化しは露骨だった。死亡欄の空白、同じ筆圧で繰り返される姓、三年前から増えていないはずの村の世帯数。
「これは人間を記した台帳ではありません」
私はヨハンに言った。
「金を抜くための箱です」
同席していた副家令ブルーノが眉をひそめた。四十一歳、艶のある口髭の男だ。
「公爵令嬢でもない方が、到着した翌日に大げさですな」
「空白のまま扶養対象に残っている寡婦が四十件。全員、毎月同じ額を受領したことになっています。しかも受領印がほぼ同じ傾きです」
私は該当頁を並べた。右上へ流れる印。力の入り方までそっくりだ。
クラウスはそれを見て短く問う。
「何世帯分の架空登録だ」
「今朝までに拾えた分で四十一。まだ増えるでしょう」
ブルーノが咳払いをした。
「辺境の事務は王都と違って粗いのです」
「粗いのではなく、作為的です」
私は別の冊子を開いた。救恤金支給台帳。そこにも同じ姓が並ぶ。台帳間で連動している。身分を偽装し、金を引き出しているのだ。
さらに気になるのは、ほとんどの架空世帯に同じ注記があることだった。『白曜慈善会推薦』。
白曜慈善会は、セラフィナが顔役を務める王都の慈善団体だ。
「王都とつながっています」
私の言葉に、部屋の空気がわずかに張った。クラウスは迷わず命じる。
「本日から現地確認に入る。ブルーノ、お前の署名で出していた支給分もすべて洗え」
ブルーノの顔色が悪くなった。その変化だけで十分だった。
私は台帳の端を押さえながら思う。王都で私を偽物にした手は、ここでも同じ癖を残している。




