第4話 偽装婚約の条件
ノルトハイム公爵邸は、北辺の風の中にまっすぐ立っていた。
灰色の石造り、広い中庭、過不足のない門衛。華やかさはないが、無駄もない。馬車を降りた瞬間、私はこの家が主人に似ていると思った。
玄関では執事ヨハンが待っていた。四十七歳、背筋の伸びた男だ。家令長のマルタは四十三歳、鋭い目つきだが動作に迷いがない。二人とも、私を好奇心より先に観察で測っている。
「本日よりリーゼロッテ嬢は私の婚約者だ」
クラウスがそう告げると、使用人たちは一瞬だけ目を見開き、すぐ頭を下げた。訓練されている。
客間へ通された私は、改めて細かな条件を確認した。部屋は別、私の仕事部屋は旧文書庫の隣、必要な鍵はすべて貸与。公の場では婚約者として振る舞うが、私的な接触は双方の同意がある時のみ。
「恋人の演技は得意ではないのですが」
「私も得意ではない」
クラウスは涼しい顔で答えた。
「だからこそ、嘘を少なくする。仕事で並べばそれで十分だ」
私は頷き、さっそく仕事部屋を見せてもらった。机の上には救恤台帳、家門台帳、出生証明の写し、未整理の戸口調査票が積み上がっている。どれも量は多いのに、整えようとした跡が薄い。
最初に開いた身分台帳で、私はすぐ異常に気づいた。
「今年の冬季配給対象、三百十二世帯」
「今朝、台所が用意した夕食は二百七十一人分だ」
そう言ったのはマルタだった。
「毎日余るのよ。なのに倉庫は減る」
私は台帳を閉じた。数字が噛み合っていない。王都から逃げてきた先で、また書類が助けを求めている。
「婚約の芝居は後で覚えます」
私は袖をまくった。
「先に、この領地の嘘を剥がしましょう」




