表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/4

第3話 冷徹辺境公爵からの迎え

 クラウス・リヒター公爵は、噂通り無駄のない男だった。


 王都戸籍局向かいの貸し応接室に入るなり、彼は名乗りと目的を一息に告げた。


「私は北辺ノルトハイム公爵領を治めるクラウス・リヒターだ。救恤台帳と家門台帳の整理を任せられる人間を探していた。君の名前は以前から知っている」


「職務停止中の戸籍官を?」


「だからこそだ。王都で切り捨てられた者は、王都の不正をよく知っている」


 冷たい言い方なのに、不思議と侮辱には聞こえなかった。ただ事実だけを並べている。


 彼は机に契約書を置いた。雇用条件は明確だった。主任戸籍整理官としての採用、住居の提供、王都からの不当な身柄要求に対する保護。そして最後に、もう一つ。


「一年間、私の偽装婚約者になってほしい」


 私は紙から顔を上げた。


「意味を聞いても?」


「王都は私の婚姻に口を出し、領地の記録を覗こうとしている。婚約者がいれば余計な縁談を断れるし、君には正式な立場が生まれる。戸籍整理の権限も与えられる」


「私を隠れ蓑にするのですね」


「君にも利がある。偽装婚約者への手出しは、公爵家への喧嘩になる」


 公平だった。私は契約書を読み込んだ。別居、個人財産の不干渉、期間満了後は自由に解消。情を装う義務は公の場のみ。実に公爵らしい。


「条件を一つ追加します」


「聞こう」


「私の名誉が回復したあと、私が王都へ戻るか領地に残るかは、私が決めます」


「当然だ」


 即答だった。


 そこで初めて、私は肩の力を少し抜いた。信用できるかどうかはまだわからない。だが、少なくともこの男は私を憐れんで雇うつもりはない。


 羽根ペンを取り、契約書に名を書いた。


「引き受けます、クラウス公爵」


「では今から北へ向かう」


 早い。だがそれがありがたかった。王都に長くいれば、腐った手が証拠を消してしまう。


 馬車が動き出すと、窓の外で石畳の街並みが後ろへ流れていく。オスカーもセラフィナも、もう視界にはいなかった。


「王都を離れるのが惜しいか」


「いいえ」


 私は膝の上の契約書を指でなぞった。


「今は、きれいな台帳のある場所へ行きたいだけです」


 隣で、クラウスがわずかに口元を緩めた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ