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第2話 婚約破棄は証明書の前で

 職務停止の辞令が届いたその日の午後、私は婚約解消の証明書に署名させられた。


 場所はフェルナー家の応接室ではなく、王都公証局の小部屋だった。私物を一つも置けない場所を選ぶあたり、オスカーらしい用心深さだ。


「君の出自に疑義が出た以上、婚約は維持できない」


「財務局の評判に傷がつくから?」


「現実を見ろ、リーゼロッテ」


 彼は書類を机の中央に押し出した。そこには既に彼の署名がある。流れるように美しい筆跡だった。昔はそれを好ましく思ったこともあるが、今は帳簿をごまかす時にも同じ筆圧を使っているのだろうとしか思えない。


「本物の出生台帳を確認したいの。閲覧許可を出して」


「今の君に、その資格はない」


「ないようにしたのは、あなたでしょう」


 オスカーは否定しなかった。ただ、セラフィナの名を口にした。


「彼女は王都のために動いている。君も彼女を見習うべきだ」


「見習うのは偽証?」


 沈黙が落ちた。私は婚約解消の欄に署名した。奪われたものがあるなら、正面から取り返せばいい。


 公証局を出たところで、王都戸籍局の古参記録官、アグネスが待っていた。五十八歳。厳格で、誰よりも台帳を愛している人だ。


「これを持って行きなさい」


 彼女が渡してくれたのは、古い閲覧請求票の控えだった。三日前、私の家系台帳の補正頁だけを抜き出す請求が出ている。署名者はオスカー・フェルナー。


「補正頁は今、所在不明よ。なくなったとしか言われていない」


「ありがとうございます。十分です」


「もう一つ」


 彼女は低い声で続けた。


「北辺リヒター公爵家から、あなた宛ての就労打診が来ているわ」


 その時、戸籍局の前に黒塗りの馬車が止まった。紋章は狼と鍵。辺境を治めるリヒター公爵家のものだ。


 扉が開き、黒い外套の男が降りてくる。三十八歳のクラウス・リヒター公爵。その視線は私にまっすぐ向いていた。


「リーゼロッテ・ヴァルター殿。話がある」


 王都から追い出されるだけの一日だと思っていた。けれど、その言葉で風向きが変わった。


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