第1話 偽物令嬢の烙印
王都戸籍局の閲覧室で、私は自分の名前が赤い封蝋つきの証明書に載っているのを見た。
被疑内容、出生登録の不正改竄。対象者、リーゼロッテ・ヴァルター。二十九歳。王都戸籍局書記官。
「戸籍官が自分の出自まで書き換えていたなんて、笑えないわよね」
慈悲深そうな声音でそう言ったのは、二十七歳の聖女候補セラフィナ・ベルンだった。柔らかな金髪に白い法衣。誰が見ても清らかに見える姿で、彼女は私の人生を踏みにじっている。
その隣には、三十三歳の婚約者オスカー・フェルナーが立っていた。王都財務局の若手筆頭、整った笑顔の似合う男だ。半年後には式を挙げる予定だったのに、彼の目はもう私ではなく、隣の女に向いていた。
「リーゼロッテ。調査が終わるまで、君には職務停止を命じる」
「その前に、その証明書を見せてください」
差し出された紙を受け取った瞬間、私は息を吐いた。封蝋の欠け方が違う。王都戸籍局の正印なら王冠の右端に小さな傷が入るはずなのに、この蝋にはそれがない。しかも文末に記された訂正官の名は、三年前に死んだはずの男だった。
「偽物です」
私ははっきり言った。
「封蝋も署名も後から作られています。本物を出してください」
室内がざわつく。だがセラフィナは胸の前で指を組み、悲しそうに目を伏せた。
「まだそんなことを仰るのですね。わたくしはただ、王都の秩序を守りたいだけですのに」
「秩序を壊しているのはどちらですか」
オスカーが一歩前へ出た。私へ向ける声だけが冷たい。
「もうやめろ。君のためでもある。黙っていれば、これ以上みっともないことにはならない」
「みっともないのは、死者の署名を使った人間でしょう」
私が言い返すと、彼の口元がかすかに引きつった。その一瞬で十分だった。やはり彼は知っている。
局長が咳払いをし、私の胸元から書記官章を外させた。
「調査結果が出るまで、戸籍局への立ち入りを禁ずる」
金具が外れる音が、妙に大きく響いた。九年働いてきた職場で、私は一息に無職になった。
閲覧室を出ようとした時、背後で誰かが囁いた。
「偽物令嬢」
その言葉は私の背中に突き刺さったが、振り返らなかった。泣くのは証拠を揃えてからでいい。




