第37話 クラウスの署名、私の押印
会議翌日の朝、民政館には新しい規則案が届いていた。
焼失記録の補完運用、補助証拠の連結基準、未亡人・養子・継子世帯の暫定保護登録、学齢児童の自動再照合。アグネスの監査意見を踏まえ、私は一晩で整えた。どうせ後回しにすれば、また誰かが空欄を悪用する。
「読むか」
クラウスが執務机へ座る。私は隣へ立ち、規則案を読み上げた。条文を一つ進めるたび、彼は必要なだけ質問し、不要な飾りを削っていく。こういう時、私たちはとても噛み合う。
「第七条、焼失した婚姻・養子縁組記録は、生活継続証明が三種以上揃う場合、正式記録へ準ずる」
「いい」
「第九条、国勢調査において養子・継子・後見児を人数から外すことを禁ずる」
「加えて、違反時は補助金差止めも入れよう」
私は追記し、最後の頁を差し出した。
「公爵令として公布できます」
クラウスは署名欄へ滑らかに名を書いた。クラウス・リヒター。その下に私は印章を押す。リーゼロッテ・リヒター、民政館総監。
赤い公印が乾くまでの数秒、私たちは黙ってそれを見ていた。
「綺麗ですね」
「君の印だからな」
言われて、少しだけ胸が熱くなる。以前の私は、人の署名で切り捨てられた。今は違う。隣にいる人の署名と、自分の押印で、誰かの家を守れる。
廊下では、すでにヘルガが公布写しを抱えて走り出していた。ディーターは門前の掲示板を空け、ハンナたちは窓口の列で待っている。
紙一枚で世界は変わらない。けれど正しい紙一枚が、消されかけた世界をつなぎ直すことはある。
私は乾いた印影を指で確かめた。




