第36話 偽家系図の継ぎ目
偽家系図は、遠目には立派だった。
古い羊皮紙、煤けた縁、退色したように見える墨。けれど私は近くで見る。近くで見れば、人の作った嘘はたいてい急ぎ足だ。
「こちらをご覧ください」
私は比較表を広げた。
「左はベアトリクス様提出の家系図。右は王都戸籍局に残るアルヴェルト家断絶前の写しです」
まず継ぎ目の糊。家系図中央の一枝だけ、近年使われる樹脂糊が残っている。次に墨。主筋の文字は鉄媒染の褪色だが、ベアトリクスへ繋がる枝だけ炭墨の黒さが不自然に新しい。
「そして決定的なのが死亡年の表記です。古い記録は王暦旧式、こちらの枝だけ民政院新式」
アグネスが比較票を受け取り、短く頷いた。
「後補筆ね」
私はさらに一枚出す。ベアトリクスが礼拝堂跡へ残した青花紋の封蝋、盗難時の蝋片、家系図封印の私印。割れ癖まで一致していた。
「自分の家系図を古く見せる暇があるなら、他人の家を消す方に使うべきではありませんでしたね」
会場の空気が変わる。ベアトリクスは初めて笑みを失った。
「マルシュ伯のために辺境の人数を減らし、仮相続権で銀鉱町を押さえ、学舎補助金と街道費を横取りする。そのために、未亡人と養子の家を『弱い記録』として切り落とした」
「証拠は!」
彼女が叫ぶ。
「あなたの書簡、ルードルフの供述、木材仮払証、そして削除対象一覧です」
私は一つずつ机へ置いた。
「何より、あなた自身が全部急ぎすぎました。家族を消す前に、金の行き先を動かしてしまった」
沈黙のあと、マルシュ伯代理人が顔を伏せる。ベアトリクスはなお何か言おうとしたが、アグネスの一言が先だった。
「十分です。仮相続申立は却下。国勢調査妨害と文書偽造の疑いで身柄を預かります」
その瞬間、私はようやく肩の力を抜いた。
偽令嬢だったのは私ではない。今度は、それを辺境の全員が見ていた。




