第31話 王都監査官アグネス
王都から来た馬車を見た瞬間、私は思わず笑ってしまった。
扉から降りてきたのは、相変わらず背筋の伸びたアグネスだった。戸籍局の古参記録官で、今は王都監査院付きの特別監査官。五十八歳。石像みたいに厳しいのに、私の人生の節目では必ず現れる。
「ひどい顔ね」
開口一番がそれだった。
「誉め言葉として受け取ります」
「仕事を抱えている顔だもの。まあいいわ」
彼女は私のまとめた証拠束を片手で持ち上げ、その重さにわずかに口元を緩める。
「ちゃんと戦っているみたいで安心した」
応接室へ移り、私はこれまでの経緯を一気に説明した。礼拝堂の剥ぎ取り、養子縁組印の欠落、四十八名の学齢児童削除、ベアトリクスの仮相続申立、マルシュ伯家の後援。
アグネスは黙って聞き終え、最後に一言だけ言う。
「勝てるわね」
「感想が早い」
「負ける案件なら、もっと前に私が怒鳴ってる」
彼女は監査官としての印章を机へ置いた。
「ただし条件がある。情で押し切るのは駄目。法的なつなぎ方を明確にしなさい。焼失原本の代替として、どの証拠をどう連結するか。それを私が王都へ持ち帰れる形で」
私は頷いた。
「婚姻は献金簿、席次札、立会証言、住宅加算の継続性。養子縁組は監護人届、扶養賃金帳、学用品札、母印帳です」
「いいわ」
アグネスは珍しく私を正面から見た。
「あなた、結婚しても鈍らなかったのね」
「逆です。机が一つ増えました」
横でクラウスが小さく咳払いをする。アグネスはそれを面白そうに眺めた。
「公爵殿、妻の机を増やすなら棚も増やしなさい。勝訴のあとは記録がもっと来るわよ」
「手配済みだ」
返答が早すぎて、今度は私が笑う番だった。
これでいい。王都の目もこちらについた。あとは、切られた頁を別の頁でつなぎ直すだけだ。




