第29話 銀鉱町の古い戸口札
銀鉱町は、石と鉄と人の息でできていた。
山際の町を歩けば、どの家の扉にも古い戸口札が残っている。風雨で削れていても、家主の名と世帯印は読み取れる。私はその一枚一枚を、国勢調査の仮台帳と照らし合わせた。
「ここ、削られてる」
エーミールが指差した札には、『バウアー家 四名』の最後の数字だけ刃で削られた跡があった。
「外から来た役人が、春先に見て回ってたんだ」
鉱夫頭のゲルハルトが教えてくれる。
「人数の多い家ほど面倒そうな顔をしてたよ」
旧坑道事務所には、湿気を吸った古い賃金帳が残っていた。私は頁をめくり、すぐに目当ての欄を見つける。マルクス・バウアー、扶養家族二名、住宅加算あり。さらに怪我をした日に、緊急扶助先としてハンナとエーミールの名が書かれていた。
「これで扶養関係は確定です」
ヘルガが頷く。
「戸籍、賃金、配給、診療。全部つながりました」
さらに倉庫番が、古い学用品配布札まで持ってきた。エーミールの名、保護者マルクス・バウアー。
「学校だって知ってたんだよ」
エーミールが小さく言う。
「父さんの名前で、ずっと」
私は札を受け取り、布へ包んだ。
「なら大丈夫。学校が知っていたことを、王都の誰かが知らないふりはできません」
帰り際、銀鉱町の門番が別の話をした。
「ベアトリクス様は、旧アルヴェルト邸の鍵をもう受け取るつもりでいたよ。『子のいない家は片づく』って」
子のいない家。
彼女はそう言ったのだろう。エーミールがそこに立っているのを見ても、数字に入れない気で。
私は山風の中で目を細めた。こういう人間は、家系図より先に現場で崩れる。生きた息遣いを数え損ねるからだ。




