第26話 養子縁組の消えた印
養子縁組の記録は、婚姻記録よりさらに消され方が悪質だった。
民政館の保管庫で、私は古い押印台帳をめくっていた。正式な養子縁組には、本人署名に加え、役場印と礼拝堂印の二つが要る。ところがエーミールの件を含む九件だけ、礼拝堂印の転写紙が根元から抜かれていた。
「抜かれた日の前後、誰が閲覧したか」
私が問うと、ヘルガが閲覧帳を持ってきた。
「火事の二週間後、アルヴェルト家の使者を名乗る男が一人。名はルードルフ・カイナー」
ベアトリクスの秘書官だ。昨日、彼女の後ろに控えていた細身の男である。
私は次に、エーミールの監護人届と鉱夫組合の扶助名簿を並べた。どちらもマルクスを父として扱っている。だが国勢調査の仮台帳だけが『被保護児』へ落としている。
「相続順位をずらしたいのね」
私は机に指を置いた。
「マルクスの死亡補償、住宅使用権、鉱夫組合の埋立配当。妻と子を外せば、次の管理権は旧領主傍系へ寄る」
「つまりベアトリクスだ」
クラウスの声音は静かだが、怒りははっきりしていた。
「仮相続人を名乗るなら、その前に家族を紙から消す必要がある」
その時、ディーターが新しい証拠を持ってきた。銀鉱町の役場裏で、割れた封蝋付きの書簡を拾ったという。中身にはこうある。『春の補助金配分前に、縁組印の弱い家を整理済みにせよ。人数が減れば学校枠と街道費の扱いが変わる』。
署名はない。だが筆跡は、ベアトリクスの家系図注記と同じ癖で踊っていた。
「ずいぶん忙しい人ですね」
私は紙を畳む。
「血筋を証明するより、他人の家を壊す方に熱心です」
記録の空欄は、怠慢ではない。明確な意図で作られている。なら、埋める方法もまた明確だ。




