第25話 貴婦人を名乗る来訪者
ベアトリクス・フォン・アルヴェルトは、昼の公爵邸によく似合う女だった。
光沢のある青いドレス、つややかな栗色の巻き髪、そして自分に場を合わせさせるのが当然だという顔。応接室へ入るなり、彼女は一礼より先に王都の紋入り封書を差し出した。
「民政院臨時観察員としての任命状ですわ。加えて、私は故アルヴェルト子爵家の正統傍系でもあります」
「ノルトハイム北部に旧知行を持っていた家か」
クラウスが淡々と問う。
「ええ。銀鉱町のいくつかの住居と共同地についても、本来なら私に監督権があるのです」
私は任命状と家系図控えを順に見た。任命状の文面は正しい。だが家系図は違う。古い羊皮紙に新しい墨、継ぎ目の不自然な糊、死亡年の表記だけ近年式。急ごしらえの『古さ』だ。
「監督権があるのに、国勢調査で住民数を減らす必要があるのですか」
私が尋ねると、彼女は優雅に笑った。
「仮住まいの世帯を整理すれば、管理は明快になりますもの。未亡人や養子ばかりの家は、名義も曖昧でしょう?」
「曖昧にしたのは誰でしょうね」
言葉が重なった瞬間、応接室の空気が張る。
ベアトリクスは扇を閉じた。
「公爵夫人、わたくしは感情論に興味がありません。国の補助金は血筋と法に基づいて配るべきです」
「その法を支えるのが記録です。そして記録を抜いた人間に、私はもっと興味がありません」
数秒の沈黙の後、彼女は立ち上がった。
「では、お互い証拠で話しましょう。春の辺境伯会議までに」
扉が閉まると、私は大きく息を吐いた。香水だけが残っていて、話し合いの余地は一滴も残っていない。
「露骨だな」
クラウスが呟く。
「ええ。でも助かります。隠すのが上手な敵より、欲しいものを顔に書いてくれる敵の方が洗いやすい」
彼はわずかに口元を上げた。
「君は結婚してから、少し言葉が鋭くなった」
「戸籍を守る時だけです、旦那様」
そう返すと、クラウスが珍しく咳払いをした。
どうやら私たちの結婚は、仕事の効率だけでなく、私の遠慮も減らしているらしい。




