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第22話 未亡人台帳の空欄

北門町の戸数は帳簿上より少なく、実際の暮らしは帳簿よりずっと濃かった。


 石造りの長屋を回ると、洗濯物の間から湯気がのぼり、子どもたちが春泥を踏んで走る。なのに国勢調査の下書きでは、この一帯だけ大人の人数も子どもの人数も不自然に削られていた。


「こちらです」


 ヘルガに案内されて入った家で、ハンナ・バウアーは立ったまま頭を下げた。三十五歳。手の甲は荒れ、目の下には寝不足の影がある。けれど台所はきれいに片付き、生活を立て直そうとしている人の家だった。


「補償金が止まっただけなら、まだ我慢しました。でも……」


 彼女は机の上の紙を震える指で押した。


「この春から、エーミールを学舎名簿に載せないと言われたんです。養子だから数に入らないって」


 十三歳のエーミールは、部屋の隅で唇を噛んでいた。亡くなったマルクスが幼い頃から育て、昨年正式に養子縁組した子だと聞く。


「婚姻証も養子縁組証も、礼拝堂の火事で焼けたと?」


「はい。でも、民兵徴用の時も、配給の時も、ずっと家族として扱われてきました」


 私は国勢調査の仮台帳を開き、次に過去の配給簿を並べた。三年間、ハンナは『マルクス・バウアーの妻』。エーミールは『長男』。それが今月からだけ『同居人』『被保護児』へ変わっている。


「訂正した筆跡は一つです」


 私はヘルガへ頁を示した。


「同じ人がまとめてやっている。現場確認ではなく、机の上で消したんです」


 クラウスが静かに尋ねる。


「誰が得をする」


 私は家の権利書控えを見た。鉱夫遺族向け住宅使用権、学舎枠、坑道補償金、そして小さな採石地の共同持分。


「家と金、それに相続順位です」


 ハンナの肩が震えた。


「やっぱり、あの女のせいでしょうか」


「あの女?」


「王都から来た、きれいな服の貴婦人です。『書類の弱い家は春の整理で退去もありえます』って」


 私はクラウスと視線を交わした。命令書が届く前から、もう誰かが家を消す準備をしていたのだ。


「安心してください、ハンナさん」


 私はまっすぐ言った。


「あなたの家は、紙より先にここにあります。なら、記録も必ず戻せます」


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