第21話 春の国勢調査命令
春の風は、ノルトハイム民政館の新しい窓をよく鳴らした。
開館から三ヶ月。私は二階の戸籍保管室で、新年度最初の命令書を開いていた。王都民政院より、春の国勢調査を全領地で実施せよ。記録された世帯数に応じて、学舎補助金と街道整備費を配分する、とある。
「ずいぶん気前がいい命令ですね」
私が呟くと、向かいの机で書簡を読んでいたクラウスが顔を上げた。
「気前がいい金ほど、誰かが先に掴もうとしている」
その通りだった。添付の戸数表には、気になる空欄がいくつもある。既婚女性なのに配偶者欄が空白のまま残された家、家族なのに続柄が『同居人』へ書き換えられた子ども、救恤名簿にはいるのに学舎対象から落とされた未成年者。
「しかも北門町と銀鉱町に偏っています」
私は赤鉛筆で該当欄へ印をつけた。
「火災で礼拝堂の記録を失った地区ばかりです。婚姻証と養子縁組の原本が弱い家を狙って、台帳から落とそうとしている」
「その先にあるのは補助金か、相続か」
「どちらもでしょう」
私が答えた瞬間、ヘルガが階段を駆け上がってきた。息を切らしているが、手にした帳票はきっちり揃っている。
「奥様、北門町の未亡人台帳です。今朝の窓口で、夫の死亡補償が止められたと泣きつかれました」
受け取った台帳には、ハンナ・バウアーの名があった。夫マルクスは昨冬の坑道崩落で死亡。ところが婚姻証未確認のため『同居人』扱いへ訂正、補償金停止とある。
「婚姻証未確認?」
「火事で焼けた礼拝堂の地域です。ですが、以前の食糧配給表ではずっと夫婦として登録されていました」
私は台帳を閉じた。
「始まりましたね」
クラウスが立ち上がる。外套を肩へ掛けながら、私へ自然に手を差し出した。
「どこから見る」
「現場からです。紙の上で消された家ほど、玄関先ではちゃんと生きています」
指先を重ねたまま、私は命令書を畳んだ。
もう王都の誰にも、勝手に名前を消させるつもりはない。




