第20話 もう戸籍は閉じません
三ヶ月後、ノルトハイム公爵領の新しい民政館が開いた。
一階は戸籍窓口、二階は救恤台帳と土地台帳の保管室。火に強い石壁、湿気を避ける棚、閲覧履歴を残す記名台まで用意した。誰かが勝手に頁を抜けないよう、私が最初から設計した。
開庁初日、町の人々が花束ではなく申請書を持って列を作った。いかにも私らしい祝い方だと思う。
「リーゼロッテ様、婚姻届はこちらです」
ヘルガがにやりとしながら、最後の一枚を差し出した。
提出者はクラウス・リヒター、三十八歳。リーゼロッテ・ヴァルター、二十九歳。証人はヨハンとマルタ。全員成人、全員手続きに不備なし。
「問題ありません」
私は公印を押した。
「受理します」
窓口の向こうで、クラウスが珍しくわかりやすく頬をゆるめる。外ではディーターたちが勝手に拍手を始め、マルタはもう祝宴の献立を考えていた。
「自分の婚姻届を自分で受理する気分はどうだ」
「二度と訂正がいらないと信じたい気分です」
そう返すと、クラウスが私の手を取った。
「王都から手紙が来ていた」
「オスカーのですか」
「未開封のまま戻しておいた」
「正しい処理です」
窓の外では、春の風が記録簿の頁をやさしく鳴らしていた。ここではもう、誰かの都合で名前を削らせない。生きている人の暮らしを守るために、台帳は開かれていなければならない。
私は新しい署名欄へ、自分の名を書き加える。
リーゼロッテ・リヒター。
もう偽物の役は終わった。だから私は胸を張って言える。
この先も、誰の戸籍も勝手には閉じません。




