第19話 偽装婚約の終わりと本物の求婚
監査会の翌日、王都戸籍局から正式な復職命令が届いた。
しかも役職は書記官へ戻るどころか、補正記録監督官への昇進付きだった。失われた名誉を埋め合わせるには十分すぎる条件だ。
アグネスは鼻を鳴らした。
「当然よ。あんた以上に台帳を読める人間はいないんだから」
その言葉は嬉しかった。けれど私は、紙の上の肩書きを眺めても心が動かなかった。
夕方、宿のバルコニーでクラウスが言った。
「契約は果たした。君の名誉も回復した。ここから先は、君が自由に決めればいい」
「公爵家へ戻ってもいいし、王都に残ってもいい、と」
「ああ」
彼はそこで一度、言葉を切った。
「ただし、次の言葉は契約とは無関係だ」
私は息を止める。
「私は君に、もう偽装ではなく隣にいてほしい。婚約者としてではなく、私が望む相手として」
クラウスらしい、回りくどさのない告白だった。
「公爵夫人の席は大変ですよ」
「戸籍係の机ほどではないだろう」
思わず笑ってしまう。笑いながら、私は復職命令書を折り畳んだ。
「王都に居場所がないわけではありません」
「知っている」
「でも、帰りたい場所は別にあります」
そう言って一歩近づくと、クラウスの目がわずかに揺れた。私は自分から彼の胸元に手を置く。
「契約は終わりにしましょう」
「では?」
「本物の婚約を始めます」
今度は私の方から、彼の唇へ軽く触れた。
公爵らしからぬ顔で固まるクラウスを見て、私は少しだけ優越感を覚えた。




