第11話 偽装婚約者としての初舞踏
査察の締めくくりとして、ノルトハイムでは商人と役人を集めた晩餐会が開かれた。
私は淡い灰青のドレスを着せられ、胸元には公爵家の狼と鍵のブローチを留められた。鏡の中の自分は、王都で婚約者だった頃よりよほど背筋が伸びて見えた。
「緊張しているか」
迎えに来たクラウスが問う。
「仕事の会議なら平気です。でも舞踏会は資料が少ないので」
彼が短く笑う。
「私が資料になる」
会場に入ると、案の定、王都側の席にオスカーとセラフィナがいた。セラフィナは慈善会の名誉代表として、オスカーは監査立会人として出席している。どちらも肩書だけは立派だ。
「リーゼロッテ」
乾杯後、オスカーが人目を盗んで近づいてきた。
「まだ間に合う。余計なことを公表しなければ、王都で静かに暮らせるよう取り計らう」
「誰の名で? あなたの愛人の慈善会の寄付金で?」
彼の顔が強張る。
「君は昔から融通が利かなかった」
「だから今も、あなたの嘘に署名しないんです」
その時、クラウスが私の手を取った。
「婚約者を借りる」
有無を言わせない声音だった。音楽が始まり、私はそのまま彼と踊る形になる。
「助かりました」
「本心だ。あの男に二歩以上近づくな」
低く言われ、胸が妙に熱くなった。偽装婚約なのに、守られていると感じてしまう。
踊りの最中、王都から来た銀行家がクラウスへ耳打ちした。救恤金と白曜慈善会への寄付が、同じ中継口座を通っていたらしい。
私は笑顔を崩さず、ただ足だけ正確に踏み換えた。
舞踏会も、台帳の一部に過ぎない。見栄えのいい嘘ほど、後で崩しやすい。




