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第3話 闇市場は無届け営業です


歌舞伎町の路地裏、風俗店の看板が並ぶ一角に、それはあった。


「ここ、ですか」


カイルが怪訝な顔で見つめる先には、潰れたスナックのシャッターがあるだけだった。錆びた看板に「スナック夢幻」の文字が辛うじて読める。


「レオンの証言だと、このシャッターの裏に異世界の転移陣が隠されてる。人間の目には見えない入り口ってのは、物理的に隠してあるだけだったな」


鮫島はシャッターの端を指で弾いた。安っぽい金属音。だが、その裏側から微かに風が吹いてくる。地下の空気だ。


「令状は?」


と、後ろに立つスーツ姿の女性が聞いた。組織犯罪対策課から派遣された応援、桐生警部補。切れ長の目に黒縁眼鏡。鮫島とは対照的に、シャツに皺一つない。


「もちろん取ってあるよ」


鮫島が封筒から書類を引き抜く。


「裁判官を朝六時に叩き起こしてね。怒られた」


「当たり前です」


カイルがシャッターに手をかけた。聖騎士の膂力で軽々と持ち上げると、その奥に、淡い紫色の光を放つ石段が地下へと続いていた。壁面には異世界の文字が刻まれている。


「行くぞ。カイル先頭、桐生さん中間、俺が殿。足元気をつけて」


石段を降りること約三十段。


地下に広がっていた光景に、桐生が息を呑んだ。


天井の高い洞窟のような空間に、所狭しと露店が並んでいる。異世界の布で作られた天幕、瓶に詰められた色とりどりの液体、獣の皮や牙や鱗、見たこともない金属の武具。そして行き交う客は、人間もいれば、尖った耳の亜人も、フードで顔を隠した異世界人もいる。


秋葉原のジャンク通りと、中東のバザールと、ファンタジーのRPGを全部混ぜたような混沌だった。


空気には甘い香草と獣脂の匂いが混じり、どこかで異世界の楽器が単調な旋律を奏でている。地上の歌舞伎町の喧騒が嘘のように、ここには独自の秩序と活気があった。


「これが闇市場」


鮫島は感想を漏らす代わりに、ポケットからメモ帳を取り出した。


「さて。ざっと見ただけで何個法律違反があるか数えようか」


最初に目に入ったのは、露店に並ぶ小瓶の群れ。ラベルには異世界文字で「回復薬」「解毒薬」「魔力増強剤」と書かれている。


「カイル、あれ何?」


「回復薬です。異世界では一般的な治療薬で、傷を癒し体力を回復させます。副作用もほぼなく、私も騎士時代に常用していました」


「ふーん。日本では薬機法違反ね。医薬品の製造販売には厚生労働大臣の承認が必要。成分検査も臨床試験もしてない薬を売ったら、三年以下の懲役もしくは三百万円以下の罰金」


「あの薬は、異世界では多くの命を救ってきたのですが」


カイルの声に、わずかな苦味が混じった。


「わかってる。いい薬なのかもしれない。でも、安全だっていう根拠がこっちの基準で証明されてない以上、売っちゃだめなんだよ。それがルールだ」


鮫島はカイルの肩を軽く叩いた。


「法律ってのは意地悪でやってるんじゃない。面倒くさいが、人を守るための仕組みなんだ」


カイルは小さく頷いた。


次の露店には、巨大な爪や牙が並んでいた。竜の鱗、魔獣の角、大蛇の皮。


「ワシントン条約違反の可能性大。希少動物の部位の国際取引は原則禁止。異世界産でも輸入扱いになるかは判例がないけど、少なくとも税関に届けてないから関税法違反は確実」


桐生が眼鏡の位置を直しながらメモを走らせる。


さらに奥には、呪文が刻まれた短剣や、触れると幻覚を見るという水晶球が並んでいた。


「不正競争防止法違反。品質や効能について虚偽表示がある場合に該当する。あと幻覚を見せる水晶球は、薬物と同等の精神作用があるなら麻薬取締法の射程に入る可能性もある」


桐生のメモ帳が埋まっていく。


市場の最奥、一段高くなった場所に、豪奢な天幕の店があった。


太った男が、金糸の刺繍が入った異世界風のガウンを着て、巨大な椅子にふんぞり返っている。周囲には屈強な護衛が四人。


「あれが元締めか」


「間違いありません。商人ギルドの装束です」


カイルが低く言う。


鮫島は堂々と正面から歩み寄った。


「どうも。警視庁の者です。この市場の責任者さん?」


太った男が、鮫島を値踏みするように見た。


「私はただの商人ですよ。異世界と日本の架け橋として、ささやかな商いをしているだけです」


流暢な日本語だった。


「ほう、日本語お上手ですね。じゃあ話が早い。営業許可証は?」


「は?」


「食料品を扱ってるなら食品衛生法に基づく営業許可が必要。薬品を扱ってるなら薬局開設の許可が必要。この場所で商売するなら、少なくとも消防法に基づく防火管理者の届出も必要。全部ある?」


「我々は異世界の商人ギルドの認可を受けて――」


「ここ日本だから。異世界の認可は日本では無効。はい、捜索差押令状ね」


鮫島が封筒から令状を取り出した瞬間、護衛たちが動いた。


腰の剣に手をかけ、鮫島を囲もうとする。


カイルが割り込んだ。


一歩目で最も近い護衛の手首を取り、剣を抜く前に関節を極めて崩す。二歩目で背後から迫る護衛の膝裏を蹴って転倒させ、三歩目で残り二人の間に滑り込み、双方の襟を掴んで頭同士をぶつけた。


四人が地に伏すまで、三秒。


カイルは乱れた袖口を直しながら、倒れた護衛たちの腰から剣を回収した。四本。全て実剣だった。


「銃刀法違反が四件追加です。あと公務執行妨害で四名」カイルが息一つ乱さずに報告した。


桐生が口を開けたまま固まっていた。


「……あの人、本当に巡査ですか」


「元聖騎士だからね」


鮫島は平然と答え、太った男に向き直った。


「さて、帳簿を見せてもらおうか。売上帳、仕入帳、在庫管理簿。全部だ」


太った男の顔から血の気が引いていった。


帳簿の押収には二時間かかった。異世界文字で書かれた分厚い台帳が十数冊。カイルが片っ端から翻訳メモをつけていく。


署に持ち帰り、鮫島と桐生が深夜のオフィスで帳簿を広げた。


「鮫島さん、これ見てください」


桐生の声が硬くなった。


帳簿の末尾に、毎月定額の支出が記録されていた。カイルの翻訳によると、項目名は「上納金」。


「額がデカすぎます。闇市場の売上の三割が、毎月どこかに送金されている」


「送金先は?」


「日本の銀行口座です。名義は……株式会社マオウ・ホールディングス。所在地、港区六本木」


沈黙が落ちた。蛍光灯の微かな唸りだけが聞こえる。


鮫島の手が止まった。


火のついていないタバコを指先で弾く。無意識にライターを探す仕草。鮫島がそれをするのを、カイルは初めて見た。


「六本木の合法企業に、闇市場の金が流れてる、か」


鮫島は帳簿を閉じ、椅子の背もたれに深く体を沈めた。


「マオウ・ホールディングス。名前まんまじゃねえか」


天井を見上げ、長く息を吐く。


「カイル、桐生さん。これ、思ってたよりずっとデカい案件だよ」


窓の外では、歌舞伎町のネオンがまだ瞬いている。その光の下に、六法全書では太刀打ちできない何かが潜んでいるのかもしれない。


いや、と鮫島は首を振った。


太刀打ちできないものなど、この国の法律にはない。


「明日、六本木に行くぞ」


深夜のオフィスの蛍光灯が、三人の顔を青白く照らしていた。

第3話をお読みいただきありがとうございます!

帳簿から浮かび上がった「マオウ・ホールディングス」。

六本木の合法企業の裏に、何が潜んでいるのか。

本日の更新はここまでです。

明日(土曜)朝7:10に第4話を投稿します。

魔王、まさかの名刺交換。いせあん、初めての「敗北」です。

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