第2話 勇者の剣は銃刀法違反です
歌舞伎町一番街のゲートをくぐった先、ネオンに照らされた路上で、それは起きていた。
金色の鎧。純白のマント。そして背中に背負った、全長二メートルはある光り輝く大剣。
どこからどう見ても異世界の勇者だった。
「我が名はレオン! 光の勇者レオンである! 邪悪なる魔の者どもよ、この聖剣ライトブリンガーの錆となるがいい!」
周囲の酔客たちは半分スマホで撮影し、半分逃げ惑っている。キャッチの兄ちゃんたちは既に店の奥に引っ込んでいた。
パトカーが到着した時、勇者レオンは交差点の真ん中で聖剣を天に掲げ、なぜか街灯に向かって斬撃を放とうとしているところだった。
「あの街灯の中に魔族の気配を感じる! 隠れても無駄だ、出てこい!」
街灯はただの街灯だった。
「はいはい、お兄さん。ちょっといいかな」
鮫島がトレンチコートのポケットに手を突っ込んだまま、のっそりと近づく。
「その剣、すごく立派だね。よく出来てる。で、これ本物の刃ついてる?」
「愚問だな! 聖剣ライトブリンガーは魔王すら両断する神器である! 刃のない剣など剣ではない!」
「だよね。じゃあ銃刀法違反ね。刃渡り六センチ以上の刃物を正当な理由なく携帯したらアウト。お兄さんのそれ、二メートルあるから、もう圧倒的にアウト」
「なっ……聖剣を、刃物扱い……?」
「刃がついてる時点で刃物だよ。聖だろうが邪だろうが関係ない。あと、公共の場で振り回したら暴力行為等処罰法にも引っかかる。ついでに金属鎧は軽犯罪法の『人を不安にさせる装い』に該当する可能性がある」
レオンの顔から、勇者の威厳が音を立てて崩れ落ちていった。
「カイル、確保して。刃物だから気をつけろよ」
「了解です」
カイルが一歩前に出た。
その瞬間、勇者レオンの表情が変わった。
カイルの身のこなし、構え、気配。それらが伝えるものを、レオンは瞬時に読み取ったのだ。
「お前……剣士か? いや、違う。騎士だ。それも相当な使い手だな」
カイルは一瞬だけ沈黙した。
「元、です。今はただの巡査です」
「騎士が巡査だと? なぜだ。なぜお前ほどの者が剣を捨てて――」
「聖剣を置いてください。抵抗するなら、制圧します」
カイルの声は静かだったが、有無を言わせぬ重さがあった。
レオンは数秒間カイルを見つめた後、ゆっくりと聖剣を地面に置いた。それだけで路上のアスファルトにヒビが入るほどの重量だった。
カイルがビニール袋越しに聖剣を押収し、鮫島がレオンの両手に手錠をかけた。
パトカーの後部座席に座らされたレオンは、窓の外を流れる歌舞伎町のネオンを、所在なさげに見つめていた。
署に着き、取調室。
鮫島が向かいに座り、カイルが横に立つ。定位置だ。
「さて、レオンさん。まずは落ち着いて話を聞かせて」
鮫島がいつものカツ丼を差し出す。レオンは訝しげにそれを見下ろした。
「毒か?」
「カツ丼だよ。うまいぞ」
レオンが恐る恐る一口食べた瞬間、目が見開かれた。
「う、うまい……。何だこれは。この衣のサクサクとした食感、甘辛い汁を吸った米の……これが、この国の食事なのか」
「な? うまいだろ」
鮫島が満足そうに頷く。横でカイルが小さく微笑んだ。彼にも覚えのある反応だったからだ。
カツ丼を半分ほど食べたところで、レオンの口が重く開いた。
「……俺は、好きであんなことをしたわけじゃない」
「知ってる」鮫島はあっさりと言った。
「え?」
「歌舞伎町で暴れてたのに、一人も怪我させてない。斬りかかったのは全部街灯とかガードレールとか、人のいない方向だけ。お前、わざと外してたろ」
レオンが唇を噛んだ。
「……妹がいるんだ。一緒にこっちの世界に来た。だが、はぐれて、気がついたら『黒の結社』とかいう連中に捕まってた。妹を返してほしければ、街で暴れて警察の目を引けと。そうすれば、その隙に連中が何かの取引をするから、と」
鮫島とカイルの目が合った。
「あー、陽動か」鮫島が呟いた。
「すまない。俺は勇者なのに、妹一人守れなくて……お前たちにも……」
レオンの拳が震えていた。金色の鎧の下の肩が、小さく揺れている。
カイルが口を開いた。異世界の言葉で。
鮫島には意味はわからない。だが、カイルの声の調子が変わったことはわかった。いつもの敬語でも、巡査としての声でもない。かつて聖騎士だった男の声だった。
レオンが顔を上げ、カイルを凝視した。
カイルが異世界の言葉で何かを語り、レオンが短く答え、また語りかける。
やがて、レオンの目から涙がこぼれた。
鮫島は黙ってそれを見ていた。火のついていないタバコを指先で転がしながら。
二人の会話が途切れた後、鮫島はゆっくりと口を開いた。
「カイル。こいつ、被疑者じゃなくて被害者だな」
「はい。間違いなく強要罪の被害者です」
「よし。レオンさん、聞いてくれ」
鮫島は手錠の鍵を取り出した。
「あんたの身柄は被害者保護に切り替える。銃刀法違反の件は正当な理由の有無を精査する。で、妹さんのことだけど」
手錠が外れる音が、静かな取調室に響いた。
「取り返してやる。それが俺たちの仕事なんだ」
レオンが目を見開いた。
「しかし、結社は強大な組織だ。魔力も武力も――」
「こっちには六法全書がある」
鮫島はニヤリと笑った。
「お前の妹を人質に取って脅迫した時点で、連中は強要罪と逮捕監禁罪を犯してる。組織的にやってるなら組織犯罪処罰法も適用できる。あいつらがどんな魔法を使おうが、日本の裁判所が発行した令状には逆らえないんだよ」
レオンは両手を見下ろした。手錠の跡が赤く残っている。
「あんたたちは、本当に俺の妹を助けてくれるのか。剣も使わずに」
「剣で人を救えるなら、警察はいらないだろ」
鮫島がカツ丼の残りをレオンの前に押しやった。
「まずは全部食え。話はそれからだ。結社の連中がどこで何をしてたか、知ってること全部聞かせてもらう」
カイルがメモ帳を開いた。
「レオンさん。取引があると言っていましたね。それが行われる場所に心当たりは?」
レオンは最後のカツ丼を飲み込み、低い声で答えた。
「ある。歌舞伎町の地下だ。人間の目には見えない入り口がある。結社の連中はそこを『闇市場』と呼んでいた。異世界の品物を大量に売買している」
鮫島が椅子の背もたれに体重を預けた。口元に、獰猛な笑みが浮かんでいる。
「闇市場ね。無届け営業、薬機法違反、関税法違反。どれだけ罪状が積み上がるんだか」
鮫島はポケットからスマホを取り出し、短い番号を押した。
「あー、本庁? 鮫島だけど。ちょっとデカい案件になりそうでさ。明日の朝、組織犯罪対策課の誰か、うちに寄越してくれない?」
電話を切った鮫島は、カイルとレオンを交互に見た。
「さて。騎士と勇者がいて、悪い魔王がいて、囚われのお姫様がいる。話の筋書きとしては完璧だな」
鮫島は立ち上がり、トレンチコートの襟を正した。
「ただし、この物語の武器は聖剣じゃない。令状と調書だ」
第2話をお読みいただきありがとうございます。
笑いから一転、勇者レオンの事情が明らかになりました。
鮫島が被疑者を被害者に切り替える判断、いかがでしたか。
次の第3話は本日17:10に投稿予定。
歌舞伎町の地下に広がる異世界闇市場への潜入です。
帰りの電車でぜひ。




