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第1話 その召喚、不法投棄です

聖剣より六法全書が強い国へ、ようこそ。

本作は【全10話・完結保証】の短期集中連載です。

金曜昼〜日曜夕方の三日間で完結しますので、安心してお読みください。

異世界の脅威を日本の法律で事務的に処理する凸凹バディ警察コメディ。

カツ丼と六法全書をお供に、お楽しみいただければ幸いです。



「さあ開け、次元の門よ! 我が血の盟約に従い、深淵より来たりて現世を焼き尽くせ!」


秋葉原、中央通りから一本裏に入った雑居ビルの屋上。


電子部品のジャンク屋やメイドカフェが放つ極彩色のネオンも届かない、暗がりのコンクリート。その上で、黒いローブをすっぽり被った男が両腕を天に掲げていた。


足元には直径五メートルの魔法陣。真っ赤な塗料で描かれた幾何学模様が、脈打つように不気味な光を放っている。血のような赤が、男の青白い顔を照らし出していた。


「ついにこの時が来た! 伝説の魔獣ケルベロスよ、我が魔力を喰らい、この地に降臨せよ! ビル群をなぎ倒し、愚かなる人間どもに絶望の悲鳴を上げさせよ!」


魔法陣の中心から黒い竜巻のような瘴気が噴き出した。


空気が急激に冷え込む。室外機がガタガタと異音を立てて震え、次元の壁が削り取られる鋭いノイズが鼓膜を刺す。


世界の危機。人類存亡の瀬戸際。


誰もがそう直感する、荘厳にして絶望的な空気を――


バンッ!


錆びた鉄扉が蹴り破られる金属音が、完膚なきまでに台無しにした。


「はいそこまで。動かないでね。手、挙げて」


現れたのは、くたびれたベージュのトレンチコートに無精髭の中年男だった。


口に火のついていないタバコ。手には金色の桜の代紋が輝く警察手帳。


「警視庁異世界生活安全課の鮫島です。近所から『屋上で変な声出してる不審者がいる』って通報があってね」


緊張感のかけらもない、間延びした声。魔法陣の異常な光に照らされながらも、鮫島の表情は近所のコンビニに夜食を買いに来た程度のテンションだった。


「何奴だ貴様! 我は暗黒ギルド『黒の結社』の高位召喚師なるぞ! なぜ下等な人間ごときに――」


「あー、ギルドね、はいはい」


鮫島は面倒くさそうに頭を掻いた。


「あのさ。ここ東京都千代田区外神田。日本ね。で、その床の赤いやつ、成分何? 水で落ちる?」


「……は?」


「水で落ちない塗料で他人の敷地に模様描いたら器物損壊。あと光ってる煙、有害物質含んでないよね? 異臭もするし、東京都の環境確保条例に引っかかるよ」


「魔力という崇高なエネルギーを環境汚染物質扱いだと!?」


男が激昂した瞬間、魔法陣から噴き出す瘴気が一気に膨張した。


ズンッ。重い衝撃波が屋上を駆け抜ける。


瘴気が晴れた後に出現したのは、体長三メートルを超える漆黒の巨獣。


三つの首。六つの血走った眼。灼熱の炎と涎を滴らせる三つの顎。


地獄の番犬、ケルベロス。


その咆哮だけで周囲の窓ガラスがビリビリと悲鳴を上げた。


「ハハハハ! 見よ、この圧倒的な絶望を! 行けケルベロス、この不敬な人間を食い殺せ!」


召喚師が高笑いを上げる。


鮫島は、ポケットからスマートフォンを取り出した。


「あー、もしもし。東京都動物愛護相談センター? 夜分にごめんね、生活安全課の鮫島だけど。千代田区で特定動物の無許可飼育が発生してさ。うん、かなりデカい。トラよりデカいかな。麻酔銃と特大の捕獲網お願いできる?」


ケルベロスの三つの頭が、揃って首を傾げた。


「あとさ、狂犬病の予防接種、絶対してないと思うんだよね。首輪も鑑札もないから野良犬扱いで。じゃ、至急ね」


電話を切り、鮫島はケルベロスに向き直った。


「保健所の人来るまで、お座りしててね、ワンちゃん」


「ふざけるな! 地獄の番犬を保健所だと!? 焼き尽くせ、ケルベロス!」


命令を受け、三つの口が大きく開いた。喉の奥で地獄の業火が赤黒く渦を巻き始める。アスファルトが溶けるような熱気が放たれた。


「鮫島警部、お下がりください!」


背後から長身の青年が飛び出した。


金髪碧眼、端正な顔立ち。紺色のスーツだが、身のこなしは洗練された戦士のそれだ。


「三頭の魔獣、冥界の門番クラス。私が盾になります、その隙に警部は応援を!」


元・光の聖騎士にして、現・警視庁巡査。数年前に異世界から来日し、苦学のすえ地方公務員試験を突破して警察官になった、鮫島の部下。名をカイル。


彼は反射的に、腰のあたりへ手を伸ばした。かつて聖剣を帯びていた位置だ。だが、そこにあるのは警察官の装備品である警棒だけだった。


「くっ、聖剣ガラティーンさえあれば……」


「カイル。剣なんかいらねえよ」


鮫島は全く動じることなく言った。


「火気使用の許可なし。消防法違反で現行犯逮捕だ。やれ」


「了解です!」


カイルが地を蹴った。


元・聖騎士の身体能力はスーツを着ていても健在だ。瞬きの間にケルベロスの懐へ潜り込み、炎を吐こうとした中央の顎の下へ強烈な掌底を叩き込む。


中央の頭が大きく仰け反り、口の中に溜まっていた炎が霧散する。左右の頭の噛みつきを軽やかなステップで躱し、そのまま召喚師の背後に回り込んで両腕を背中に回し拘束した。


「鮫島警部、被疑者確保しました!」


鮫島がゆっくりと歩み寄り、腰のホルダーから手錠を取り出す。チャキッと冷たい金属音が響き、召喚師の手首に鋼の輪がはまった。


「公務執行妨害と消防法違反ね。あと一番重いのがこれ」


足元の魔法陣を靴底でポンポンと叩く。


「廃棄物処理法違反。いわゆる不法投棄だね。特殊清掃の業者呼んで消臭作業までやったら数十万かかるよ?」


「不法投棄……? 魔法陣、が……?」


召喚師の思考が完全に停止していた。世界を滅ぼす壮大な儀式が、ゴミの不法投棄と野良犬の放し飼いとして事務的に処理されているのだから。


「覚えておけ! 我ら『黒の結社』は強大な組織だ! 魔王軍の残党を束ねた巨大な裏組織なのだ! いずれこの国は結社に支配される!」


「おっ、マジで?」


鮫島の目が、この夜初めて輝いた。


「組織的に活動してるんだな? アジトがあるんだな? 活動資金源があるんだな?」


「当然だ! 我らの資金力とネットワークは、貴様ら矮小な国家権力など足元にも――」


「カイル、聞いたか!」


鮫島がカイルの肩をバンバン叩く。


「指定暴力団として認定できるぞ! 暴力団排除条例で銀行口座全部凍結、アジトの賃貸契約も強制解除だ! 一網打尽にする口実ができた!」


「素晴らしいですね警部! 物理的な討伐より経済的に兵糧攻めにする方が遥かに効率的です。さすが法治国家のシステム!」


カイルの碧い目がキラキラと輝いていた。


「指定暴力団……口座……凍結……? 強制解除……?」


召喚師には、異世界にはないそれら言葉の恐ろしさがまだ理解できていなかった。


伝説の魔剣よりも。禁忌の呪文よりも。日本の法律と行政手続きが、いかに冷酷に、いかに徹底的に生活基盤を破壊する力を持っているかを。


「さ、署に帰ってカツ丼でも食いながら、お前の組織の資金洗浄の手口について、たっぷり聞かせてもらおうか。黙秘権はあるけど、税務署は怖いぞ」


鮫島がニヤリと笑う。


赤色灯の光がビルの壁を舐め、パトカーのサイレンが夜の秋葉原に響き始めた。


「あ、あとケルベロスちゃんのフン、そこに落ちてるから。飼い主の責任として拾ってね。放置したら軽犯罪法違反追加だから」


かくして、世界を揺るがすはずだった大事件は、所轄の生活安全課による鮮やかな指導と摘発によって、あっけなく幕を閉じた。


「さてカイル。戻って始末書と調書だ。保健所への引き継ぎも頼むぞ」


「はい。……あ、警部。無線が入りました」


カイルがイヤホンを押さえ、表情を引き締めた。


「新宿・歌舞伎町にて武装した不審者が暴れているとの通報。目撃証言によると、光り輝く巨大な剣を背負い、勇者を名乗っているそうです」


鮫島はタバコを携帯灰皿にしまい、大きく伸びをした。


「やれやれ。行くぞカイル。次は銃刀法違反の現行犯逮捕だ」

第1話をお読みいただきありがとうございます!

ケルベロスは狂犬病予防法違反。召喚魔法は廃棄物の不法投棄。

このテンションで全10話、駆け抜けます。

次の第2話は本日13:10に投稿予定です。

歌舞伎町で暴れる「勇者」に、鮫島警部が銃刀法を突きつけます。

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