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歴史の陰 無口が世界で愛されるのには理由がある  作者: かづ


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4.9

虫が出ます。お気を付けていってらっしゃいませ。


騎士試験は年に一回しか受けられない。


ただ毎年受験もできない。二年に一度だけ。


21の時に初めて受けて、その時には、途中で怪我を負った為、失格になった。ほんの些細な傷をバンジージャンプの時に岩に肘が当たって、かすり傷程度であったのだが、たったそれだけであっても駄目だと言われた。そこまで厳しいとは思わなかった。

随分厳密な審査だと思ったものだ。


そして次の23の時には一緒に受けた弟アントニオがどんどん合格していくことに焦った俺はつまらない所でミスをした。

それは実技試験で10人相手に挑んだ際、勢いが空回りして、体の反応と気持ちの反応がバラバラになって崩れていたところを一本取られたのだ。思考が早く回るあまり、行動の遅さを理解していなかったのだ。

あの時の心理状態ならば、虫がいようが蛇がいようが、乗り越えることができただろうが、あんな簡単たところでミスするとは思わず、自分でも相当落ち込んだし、茫然とした。


それから悔しくて悔しくて、毎日後悔と自分を責める気持ちで己を痛めつける日々を送った。

毎年この時期が嫌いではあったが、より一層苦手に感じるようになった。


やっぱり、人の落ち込む姿や泣く姿は周囲にも、いや、俺に纏わりつくような嫌な印象を与えていたのだと思う。それによって自分の感情が揺れ動かされることが多かったのだ。自分の視覚や周囲の感覚が、自分の感情を引きずり動かすことが嫌だと感じていたのだろう。


書庫の本を読んで、分かったことは、歴代の当主は誰も一緒ではない存在だったということだ。

まあ、当たり前の話ではあるのだが、親子でも、勿論養子として来た人間であっても誰もが、誰かの真似をしようとはしていなかったということだ。


それでも全員共通に唯一同じだったものが、この家の精神をその身に宿していたということだった。


それは、この地を守り、絶対的な存在であり続けるということだ。


それさえ守れれば、少し色を好む人がいたり、芸術、園芸を好む人だったり、研究家タイプの人がいたりと武術以外にも特徴を持っていた。

何が何でも武道を極めないと上に立てないと思っていたが、そうではなかった。


勿論、下の者はそれを望む者もいるだろう。


では上の者は下の者の要望に応え続ける存在でなければ、いけないのか?と言われれば、必ずしもそれが良い訳ではないと分かる。

必要なのは、精神が動かない人間であるということだけだ。

変わらぬ精神が皆を安心させ惹きつけることができる。そういうことを理解できた。


今まで『不動の精神』を宿すことなく、感情に振り回されるから俺は一人前の騎士になることさえできなかったのだと理解した。


これも多くのことを民主主義の考え方を元に考えていたのだとつくづく思う。


リーダーとは、多数に支持されるからリーダーシップを持つことができるのではなく、リーダーシップがあるから選ばれる存在である。

そのリーダーシップはどこからくるかと言われれば、『不動の精神性』だ。

意見を変えるとか変えないとかではない。精神を変えない事だ。その信念が必要なのだ。


前世の僅かな営業経験で言っても、一代で創業した社長と、二代目三代目の社長の印象の違いはこれである。

自分の会社理念というモノにその考えが沿う行動かどうかを本当に大切にしていた。


どんなに新しく出た優れたように思えるものであっても、そこに会社理念が合っていないモノであれば、目先の欲望や打算計算を捨ててでも振り切るのが、創業を成した社長であり、長い伝統を持っている会社の社長だった。


その変わらない理念が良いかどうかは、社会が評価する。


そしてそれは今は3万年もの間、社会に支持され続けている絶対的な理念があるのだから、俺はそれに沿わせればいい。

そう分かったのだ。


逆に今思えば、俺の営業は計算打算を全面に出して、利益損得を強調したごり押し営業で、相手の思いや理念、精神を考えていない、独りよがりの営業トークだったなと反省する。もう遅いけど。


でも、「相手の気持ちになって営業しろ」とは口で言うほど簡単ではないと振り返っても感じるから、分かっていてもできたとは言えないだろうな。


どの道、俺の道はそこにはなかった。エリート営業マンの俺は絶対にいないのだ。


皆の要望を聞くような真似をして己をコロコロ変えるところが、俺の良くないところだ。

頭が良いとか、器用だとか、呑み込みが早いと言われれば、そう取ることもできるのだが、単に芯が無いともいえる。

精神の土台が整っていなかったのだ。



「何が自分か」と考えていくと、視野やこの目線が自分なのだと分かる。

だからここに多くのことが刻まれている、もしくは隠されていると感じるのだ。

そしてこの自分目線で見たことが、全てになる。あるのはなく、なるのだ。


関係的量子力学

俺の導き出した理論はこれに一番近いと感じた。


まあ、俺のは細かな定理もない、実験もない、スッカスカの理論だから偉そうに語ることは出来ないが。


相手の目線になろうと思えば、それを受け取ることさえできるのだ。誰でも。

ただそれは本当の意味で相手の目線に成れているかどうかはまた別だ。どこまで行っても自分の主観で想像する「相手の目線(仮)」なのだから。

それを近づけるには何が必要か。




だから今もそうである。


今年は全て整った精神状態で臨んだからこそ、順調に些細なミスも冒すことなく、筆記、実技を無事クリアし、バンジージャンプも落ち着いて対処ができたのだが、次に進んだ時点で、想定が崩れた。


「めっちゃ、おるやん」


俺の眼はとてもいい。ほとんど光が届かない新月の夜のような暗がりで満ちた洞窟であったとしても、ほとんどが見える。

ただそれは今はとっても欲しくなかった能力であった。


巨大ムカデはいないかったはずだ。だって地球では見たことなかったんだもん。


でも落ち着いて考えれば、自分が見たことなかっただけで、探せばいたのかもしれないという簡単な話を見落としていた。


そしてそれが目の前に現れたのだ。


ここの気候がそうさせたのか、はたまた誰か育成している者がいるのか、大家族?大国家?を作り上げていた。


大きさは50センチほどで、太さは指二本か三本分くらい。

それが数えたくないから分からないが、いっぱいいる。それは自分の皮膚からも分かるようで、全身の毛穴から何かが入っていている気がする。

そんな事を考えると余計に気持ちが悪くなってしまう。



しかし想定が崩れた程度で、もう自分の感情は大きく崩すことは無い。


たかが虫だ。無視すればどうということは無い。


自分の精神の置き場所、預け場所がどこなのか、決められた場所がハッキリ分かったのだ。その置き場所から自分で動かさなければ、大きく感情を乱すことはない。感情は分かる範囲にしか行かずに済むようになるのだ。


この巨大ムカデの住処としてある全長が一キロほどある洞窟を渡り歩くことがこの試練である。

松明(たいまつ)などで明かりを持つ者もいるが、成功した事例は聴かない。

まず、二本しかない手元が一つふさがってしまう。これも一つの理由だろう。


元来虫は、目があまり良くないと言われている。虫の複眼は基本周囲の全て360度を見ることに特化しており、一つの物体をよく見ることには優れてはいない。ただ素早く動くものに対して敏感に反応することが出来たりするのだから優秀でもある。多くの虫は触覚や嗅覚で世界を判断していると言われている。

そして洞窟で暮らし暗い所が主戦場のこいつ等は、目はさらに良くないはずである。

だから基本明るさは嫌っているし、怯えていると表現してもいいかもしれない。


そんな奴らに対して明るさを近づけることは最初は良いが、どんどん自分たちのテリトリーを犯されて行くに従い、攻撃的になるのは当たり前だろう。こいつらだって切羽詰まれば、覚悟が決まる。仕方なく攻撃してくるのだろう。


であれば、俺が動かなければ、急いでさえ動かなければ、襲い掛かるような存在ではないはずである。


俺とこいつ等は共生できるはずだ。


そう自分に言い聞かせ、油断なく周囲の虫と対峙する。


周りには虫がいるが、やはり自分に対して攻撃することは無かった。


父上がなぜあそこまでに自然や万物の神々について畏敬の念を抱いているのか分かったように感じた。


虫の動きを見ると、奴らは全く動じず、己の生きるために必要な行動をしているだけだ。

おそらく夜行性なのだろう。多くのモノがじっとしていて無駄な動きはせず、俺が入ってきた時だけ警戒したが、俺が敵ではないと分かると、あとはそれ以上のことはしないようであった。大体は隅の方にじっとしている。

自然とはただ合わせることで上手く回るようになっているのだと、争いは誰も好まず、誰も闘う必要はないのだと教えてくれるように思う。


捕食関係はあるのだろうが、人間目線でのみ語るそれは、本質ではないのかもしれない。

もっと大きな枠組みで見ると違う理由があるのではないかと思えてきた。


油断はせずに、少しずつ、一歩ずつ、奥へ奥へと進んでいく。


最後まで気を抜くことなく、自然に、こいつらの呼吸に合わせながら奥へと進むと、人骨と思えるものがチラホラ目につき始めた。


ここら辺で、気が抜けるのかもしれないし、何かがあったのかもしれない。

そういう思考が頭を過った。


そんな変な思考が入った瞬間、一瞬あいつ等がいっせいにこっちへ視線を向けたような気がした。


ゾクリと全身のありとあらゆる場所の肌に何かが突き刺さるような思いを感じ、一瞬足が止まってしまった。

頭の先から背中、足の先まで電流が流れたような、細い針が何万本も突き刺されたような感覚だった。


だが、自然体で、今まで通り行動することが正解であり、そうしなければならないと感じる。

ここまで来れたのだから、これからもこれまで通り進めばいいに違いないのだ。


息をゆっくりと吐きだし、呼吸を整え、ゆっくりとまた歩を進め、慎重に歩き出す。


あいつらは人間のそれとは違う感覚で生きているのだ。

こちらの何に反応したのか知らないが、油断を見せていないつもりでいても、あいつらは攻撃されたと思うのかもしれない。


ここは人間の世界ではなく、あいつらの世界なのだ。


人間の常識をどこまでも持ち込んで、振りかざしても意味がない。あいつらの世界のあいつらのルールを受け入れることが今の自分には必要なのだ。


光が見えた。


運が良かった。

大きく道が塞がれる様な、ジャンプしなければ超えられないようなこともなかったので、出口が見えて来た。


そこまで来ると、もうあいつらはそこまで多くはいない。

それでも変な想像であいつらを刺激しない様に精神の位置を安定させて、感情を乱すことなく進む。


無事生還し、洞窟を抜けた時、監督官である騎士二人が俺の状態を確認した。


「おめでとうございます。レオナルド様、よくぞご無事で」

「ああ、ありがとう」

「次が最後です、気を抜かず準備してください」


最後の試練は翌日から始まる。


最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。

大変うれしく思います。

読者の皆様が幸多からんことをお祈り申し上げます。


今回は自分でもあまり想像したくなく、時間がかかりました。

なんでこんな設定にしたんだろうと後悔しました。


次の蛇もちょっと。。。

時間がかかるかもしれません。


熊本の地震で災害にあわれた方々にはお見舞い申し上げます。


面白ければ、評価やブックマークをつけていただけると大変ありがたいです。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

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