4.8
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あの意味の分からない夢の告白から一週間が過ぎました。
いきなり大事な話があるというから、少し緊張して聞きました。あの時にレオナルド様の様子も本当に切羽詰まった思い詰めた雰囲気から、家出や自刃を考えているのではないかと一瞬頭を過ったほどでした。
ただあの方の性格からそこまで大胆なことは出来ないだろうとは踏んでいましたが。
そして話を聞いてみれば、何やら情景が良く分からない事の連発でした。
もう夢の話だと想像した方が良いとほとんど聞き流してしまったくらいです。
しかし、それを何故かあの時お義父様である辺境伯様がスッと受け入れたことに私は大変驚きました。
普通なら自分の息子の気が狂ったのかと心配するはずです。私だったら真っ先にそれを思い浮かべていたでしょう。少なくとも最近毒物が食事に入っていないか、薬物を摂取していないかを確認したはずです。
しかし、ここ辺境伯領では違うようで、お義母様もそういう心配よりも落ち着いて理解しようとしていました。
あれは親子の愛が成せる業かもしれません。
自分はここに来てもう10年くらいは経ちましたが、それなのに未だにここの人達の発想についていけていない気がいたします。
仕事や立ち回りとしてはもう十分できると思っていたからこそ、その根本となるところにまだ差があることを感じがして、ショックを受けてしまいました。
やはり精神的に強いのがここの特徴なのでしょう。
先日旅立ったステファンも涼しい顔で訓練や社交をこなしますが、顔を赤くしたり、青くしたりすることを抑えられるようになるまで、私は本当に苦労しました。なんというか本当に数十年の精神鍛錬をやってきている人間の様で、それを信じた方が腑に落ちるほどです。
案外前世とかいう夢をそれぞれ何十年も見て色々経験なさっているのは本当なのかもしれません。
そういうモノを引き継いで来なければ、ここですんなり生活などできないのではないかと思います。選ばれた特殊な人間がここでの生を与えられるのです。きっと、神々の計らいですね。
そう考えると私のような一般人、まあ王族ですが、10年でここに慣れたというのは素晴らしい成果ともいえるのではないでしょうか。
ふふ、前向き過ぎる考えですかね。
ただあの時から、なんだか屋敷の中も穏やかになり、今まではどこか荒々しい猛獣と隣り合わせな感じがどことなくしていましたが、本当に最近は静かで上品な雰囲気まで感じれるような気がして、屋敷の中はとても良い状態に変わったと思っています。
この気品を感じる雰囲気はどこからくるのか良く分かりませんが、屋敷の中が静かであるのは良いことです。
ここは自然も豊かで、のんびりしていて、この感じをとても気に入っております。
王都の、いえ、王城のような人の出入りが激しい所では、どうしてもそれぞれの思惑などがぶつかり、品はあっても、油断はできないという感じで、気の休める時が乏しいものです。その為私はいつも誰かを疑い、全方向に注意を向けて、いつも身構えていたように思います。
住めば都と言いますが、本当にもう王都には帰りたくないとさえ思っております。
そんな事を考えながら廊下を歩いていると、書庫の扉からレオナルド様が現れました。
「ごきげんよう。今日はもう読書は良いのですか?」
最近ずっとこの書庫で歴代の当主様の伝記のようなものをお読みになっていました。
チラッと見た時はただパラパラとページをめくり、本を読んでいる訳ではないようでしたが、かなり長い時間滞在し、頻繁に足を運ばれている様子から何か調べ物でもなさっているのだろうと思っていました。
声を掛けてしまいましたが、彼は最近「沈黙の行」というのをやっているのでした。
きっと親指を立てるか、「はい」と答えるかしかないのだろうと思ったのですが、意外にも言葉が返ってきました。
「ええ、もう終わりましたから。それより少しお話したいのですがお時間良いですか?」
と普段より少し他人行儀に感じる物言いで、なんだか別人からの言葉に感じながらも、「大丈夫です」と言葉を返しました。
もう彼とは長い付き合いになります。
だから公の場でなければ、もっと親し気に話をするタイプの人なのですが、ちょっと雰囲気が変わり、大人っぽくなった気がして、少しドキッとしてしまいました。
だって、いつもならわたくしのことを「まりーなたん」なんて変な呼び方をするのです。特に二人きりになると幼児退行したような振る舞いも見せる甘えん坊な一面がこの人には在るのですから。たとえ廊下であるとしても、なんだか意外な一面を見た気がしたのです。
最近育休から復帰をしてくれたレイナが入れてくれたお茶を嗜みながら、ベランダのテラス席で話を聞くことになりました。
わたくしは別に焦りも無ければ、蔑ろにされている気は致しませんが、レイナの赤ちゃんを見た時には、子を育てる喜びを少し羨んでしまいました。周囲からは気遣いを感じる声がかかりますが、ここの仕来りで、騎士になるまで結婚は出来ないのですから仕方ありません。わたくしは急いでいませんし、人はそれぞれのタイミングがくれば治まるところに治まると思っております。
わたくしはレオナルド様を信じているのです。
「今日理解したことを誰かに伝えておきたいと思ったのです」
彼が話始めようとしたところで、疑問に思ったことを最初に質問させてもらいました。
「あの、沈黙の行とやらは、もう宜しいのですか?」
「はい、あれは必要でしたが、それが目的ではありませんでしたから。今は気にしなくて大丈夫です」
「そうですか」
こうして話しているのに、未だにちょっと他人行儀を感じます。やっぱり何か変な感じがしてしまいます。
「以前皆の前で前世の話をしましたね。それについて今まで気づかなかったのですが、あの世界はどこか行き過ぎてしまっていたのだと漸く腑に落ちて、やっと自分の人生に向かえるようになったので、なんだか誰かにその話をしたくて、でも誰でもいい訳ではなくて、丁度偶然マリーナ様がいたから呼び止めてしまいました。きっとうまくは喋れないと思いますが、質問があれば聞いてください。まあ、聞き流してもらっても構いませんが」
と少しハニカミながら話始めました。
「前世の世界は科学信仰というか、客観性を重視した世界でした。誰もが使える技術を作って、皆が均一に能力を発揮できることが求められていたといったらいいのかもしれません。それでも人は使う側と使われる側に分かれます。私は使う側にまわりたいと考えていました。だからその世界が変だと思いませんでしたし、このままが心地よいと思っていたのだと思います。まあ、社会も人は客観的で平等であるべきだと言っていましたから、それに乗せられていた部分もありますが。そして自分がいざ使われる側にまわった時に世界が面白くなくなったように思ったのだと考えていました」
またあの夢の話かと思って、少し聞き流してしまいました。
正直どういう世界か見えないところが多すぎて気持ちにしか寄り添えませんので。
「しかし、重要だったのはそこではなかった。本当に自分の人生がつまらなく感じたのは、使われる側にまわったからではなくて、長い間客観的にしか物事を判断しないあの世界には、自分という一個人は必要ないように感じてつまらなくなったのだと思います。だって客観的な世界観ではそこに居るのは本来誰でもいいと言っているようなものですから。自分の居場所という特別なモノは最初からありませんと言っている世界なのです。それでは遅かれ早かれ多くの人が、私と同じようにそういう病にかかるのです。きっと」
客観的にしか判断できないという意味が少しわかりかねますが、自分のことも他人のように感じるということであれば、納得できます。
まあ、そうだろうな。と思って頷きました。
「そして量子論と一般相対性理論を結びつけることが難しいのはこの観点で可笑しいのです」
ん?一気に分からなくなったのですが、解説されることを願って話を聞きます。
「量子論では観測者が見るまで物事が決まらない、あれは本来誰もが、自分の主観という舞台から降りることができない現実を見ずに、客観的な立場でしか説明することは許されないという科学の立場を取り続けることに無理がでたということです。そしてその教育を受けた私も何事も客観的に物事を見ることを当たり前だと思っていましたが、そうじゃない。だって世界は主観からしか見ていないのだから。主観的に自分で見たモノを自分の判断で行動することが必要だと分かったのです。ブラックホールの境界面の面積の増え方がエントロピー増大を表しているのも主観が大切だと、見えているところがこの世のすべてだと教えてくれているのです。AdS/CFT対応が有効だというのも別に変ではない。視界の広さは限られているし、ブラックホールという特殊なモノがあればそれで完結した空間を示しても可笑しくない。dS空間が広がり続けなければ説明を終えられないと考える客観を主体に置いた物理学が、己の知覚空間を超えてしまい過ぎた現れです」
まずいですわ。分かるような分からないような、後半は全く分かりませんが、何を質問したら自分で納得できるのかも分からなくなってきました。
「実はこの世界は前世の世界と物理法則だけではなく、天体運行もほとんど同じ、いえ、全く同じなのだと思います」
こっちの世界の話になりました。ここで巻き返しましょう。
「だからこの星の公転周期や時間の長さ、月の満ち欠けあらゆるところで共通です。暦は太陰暦を採用していますので、私が使っていたのとは少し変わっていますが、本当にあらゆるところが前世の星、地球と同じなのです。月の自転とこの星を周回するのがピッタリ一緒で、月が同じ面しか見せないところまで同じなのです。こんなことを全て偶然で片づけるには都合よすぎます」
なるほど、似ているではなく、同じということは確かに偶然と受け入れるにはあまりに都合が良いと、そうですわね。
ふんふんと頷きました。
「しかし人間が産まれるには環境がほとんど同じで無ければならないとも言えます。空気を吸い、水を飲み、食料が必要。それらの条件を満たす環境を用意するためには、他の惑星軌道までもピッタリ一致している必要があるのだということです。そういう世界でなければ、人類だけでなく、生命というモノは生まれないのだと思います」
なるほど、ほんのちょっとでも違うことがあれば、同じ環境にならないというのはなんとなくわかります。
お日様などのお陰で生きていますから、流石にここは分かります。
つまり前世もこの世界と同じようなモノばかりということなのでしょう。
「だから巨大なムカデは存在しないということ!地球に居なかった生物などいるはずがありません。それに気付いたのです」
ん?現実逃避かしら?
「都合よく、他の生物はそのままに、ムカデだけ巨大化するなんて都合よすぎです。それならば、そのムカデを生んだ環境が変わっていなければならないというモノです。同じ重力環境下で、育んだ星のありとあらゆる数値が一緒であれば、同じ生態系が作られるはずなのです。ドラゴンやゴブリンのような動物は空想だけで存在し、現実には現れることはありません。そう、だから恐るるに足らず。ということです」
前向きになっているのであれば、良いということにしましょう。
「母上に前世の経験を夢と言われて、自分とは何なのかをもう一度考えていました。何が自分であるといえるのか。自分はなぜ虫を嫌いになっているのか。確かに前世の記憶からくるものです、ですが経験を持っている訳ではありません。この体はここで経験したこと以外は経験していないと言えます。では記憶は自分で、体は自分ではないということになります。でも記憶を司るのは脳です。少なくとも前世の医学では脳が記憶を蓄えていると言っています。そうなると都合が悪くなる。体は違うのに脳ミソだけ一緒になって転生したなど不自然極まりない。前世の記憶があるとか、幽体離脱の経験があるとか、そういう人が現れることを前世の世界は嫌っていました。なぜならば、共通するものではないから、いや、客観的ではないから。そういう事例があっては困るのです。特例が無い、全員同じが土台を作っているからです。でも実際は矛盾に目を瞑る、今だけはと言い訳してそれを押し通しているだけになります。それを研究している人は知っていても、一般の人は無いとして無理やり頷かされているのです。でも今はその矛盾が手元にあります。記憶は脳ではない、でもある。だから、脳だけで記憶している訳ではないといえるのです。そして同じところはどこかと考えると、確かに魂という概念に飛びつきたくなりますが、それはどういうモノか説明はできません。共通認識があるようでないモノですからね。そこで私が考えたのはこの視野です。視界です。この見えているということに記憶が折り畳まれてはいっていると理解することにしたのです。そしてこれは主観でできているモノであると先程の量子物理学の話になるのです。そして視界を考える時に欠かせないのは光です。我々の視界は光と影が必要です。それと私を形作っている何かが共振して記憶を浮かび上がらせている。視界は貴方と私という共通の所で世界を見ることもできますが、見え方に関しては私とあなたは一緒ではない。そこに記憶が入っているのです。他にも言語や感情、思想や考え方も隠されているように思えてきます。こんなこと論文に書いたところで、前世は妄想と言われておしまいですが、この主観からくる視界からは誰も脱出できたことはありませんから仕方ありません。そしてそれは死んでもこの視界を永遠と持ち続けるということを示唆しています。幽体離脱や前世を持った人がいるのはそういうことです。逆にそういうモノを持っていない人は、感じる力が弱いのか、隠されているのか、必要が無いのかのいずれかでしょう。実際、持っているからと言って、特別良いというモノではありませんからね。世界になじめず、価値観の違いに戸惑い、自分の固定観念が邪魔して行動や決断が鈍ることを経験しました。でも、ようやく自分の本来の置き所がどういう所なのかを掴めました。まあ、だからと言ってすぐに変わるか分かりませんが、この視界と今の体は思い通りに動きます。次の騎士試験は必ず合格できるでしょう。その前にあなたに誓いを立てて、宣言したかったのです」
ここで彼は席を立ちあがり、わたくしの足元で跪きました。
「私は貴方の騎士になります。この命はそのためにあると漸く分かったのです」
そういってわたくしの手をとり、甲に口づけをして、見上げてます。
「今の私はこの世界のすべてと繋がっています。その力であなたをどんな危険からもお守すると誓います」
正直今までの話は飛んでしまいました。
ただ、彼が大人になったのだと、それだけは感じることができました。
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