4.7
自分と会話をすることを止める。
自己意識で自然と溶け合うように生きる。
なんとなく分かるが、もう一つ何をしなければいけない良く分からない。
何もしないことが正解なのか?何かできることを見落としているのではないか?
真剣に聞いていたからこそ、父上の偉大さに圧倒されて流されて自分を見失ってしまわずに質問することができた。
「具体的な行動としては、どうしていけばいいでしょうか」
「ふむ、そうだな。・・・・手始めにステフのように振舞ってみなさい」
また出た!ステフ好きだな。可愛がり過ぎだろ。
今まで高尚な存在に見えていた父上がいきなり、等身大というか俗物的な存在に変わったようにみえた。
実際顔が少し緩んだように思えた。
正直面白くないなと思ったが、切り替えて改めて質問した。
「というと、本を読んだりでしょうか?」
「フフ、確かによく読んでいたな、だが、そういうことではない。もっと根本的な・・・あまり言葉を使わないところだ」
「え、しゃべるなということですか?」
「自分が言いたいことの裏には欲望が隠れている、いや、隠されているのだ。人間とはそういう生き物だと思った方が良い。だから敢えて何も口にしない。それをしてみなさい。・・・そうだなしばらくは『はい』と『分かりました』だけで過ごしてみればいいのじゃないか?あとステフがよくやっていた、親指を立てるだけの振る舞いだけで生活してみたらどうだろう、きっとお前も何かを掴めるさ」
え、マジで?
「ああ、なるほど、沈黙は金て言いますしね」
とアントニオが訳知り顔で頷きながら言うと、人ごとのように話を聞いていたアントニオにも矛先は向かった。
「お前もだ、アントニオ。お前は私より長く生きた記憶があるせいか、凝り固まった醜悪さが見え隠れしている。言葉を減らすことでそれを幾分かマシにしろ!」
鬼の形相になった父上が激しく叱責した。
「え!なんでですか、急に!」
「前世の世界に不満があったのは分かる。悔しさや歯がゆさがあったのだろう。だが、その世界はその世界で良い所もあったはずだ。それを忘れ、ただ意地汚く告げ口のようなことを平然とやってのけるとは、己の醜さの証だと思え!悪いところを未だに根に持っていることこそ、お前の性根の現れだ。良い所は当たり前だと考え、悪いところを非難するのは卑怯だと思わないか?」
流石、父上。一発でアントニオを黙らせた。
「往々にして、全てには裏と表が存在している。そしてそれは本来二つで一つだ。それに言っただろ、自然に生きるということは、その社会に溶け合うように生きることだ。自分ではどうすることもできない力が自然の力というモノだ。社会の仕組みは自然そのものなのだ。それに対してとやかく言うなど、神々を冒涜し、先祖霊たちをも非難する行いだ。上から目線で物を言うお前は何様のつもりだ!その卑劣極まりない性根こそが、お前が今世ここに来る原因で、ここで改めるべきことだと理解しなさい!少なくともこの世界では、そういう風に生きることがお前には必要だ。お前には剣術をはじめ様々な良い面があるが、それを塗りつぶす悪い行いもあるのだと肝に銘じておきなさい!」
正直ここまでひどく父上がアントニオを叱ることは無かった。
というか、普段あまり人に対して叱責することは無い人だ。
それこそ全てを受け入れ、それに対して対策対応することが当主としての役割だといって、それを難なくやっていた。
しかし、事、自然や万物の神々、ご先祖への不満を言う事に対してだけは特別な一面を見せる。
長年一緒に居ても、数えるほどしか見せてはいないが、まさか前世の世界についてまで同じように怒るとは思わなかった。
「二人とも。言っておくが、自然に生きるということは簡単ではない上に、溶け合う事だけで終わりではない。それができた上で、己の道を決めることが重要なのだ。それは自然と出会う事で、自然に反する行動をすることになるだろう。まだわからないだろうが、それが出来て本当の人間になれるのだ。お前たちは長く生きた記憶があるだけの取るに足らない存在だ!まだ人間に成れていないと知れ!」
「「はい!」」
アントニオの叱責の雰囲気のまま、怒られるように俺まで被弾した感じがしたが、何か大切なことを言われた気がした。
父上のいうことはぼんやりとしか分からない言葉が多いが、今回のそれは特に矛盾に満ちた言葉だった。
だが、なんだかそれが真理のように思えた。
失敗は成功の基であり、幸福の青い鳥は探すと見つからず、実は帰ってきた家にいた様に、現実とはそういうモノだと実感があった。
自然に合わせながら生きていると、自然に反する行動を取るようになるのは、漠然とだが、なんだかそれが自然であると思えたのだ。
それから俺たちは「沈黙の行」と格好いい名前を付けた修行をした。
周囲からは父の逆鱗に触れて、罰則でやらされていると勘違い?もされたが、どこかからこれが騎士試験対策だと噂されだし、皆もしゃべる言葉が掛け声と命令と返事だけになった時、全体に一体感が生まれた。
それは疲れて辛いはずだが、一人ではない感じがして、自分が全体の一部になり、全体で同じ呼吸をしているような、運動部などの部活動でもこういう感覚になるんじゃないかと思える、そういう感覚だった。
不思議と普段より疲れない、いや、疲れているがすぐにエネルギーが新たに入ってくる、そういう感覚。
一人ではおそらく生まれない、他の人がいるから入ってくるのだと分かる。
父上が言っていた言葉が少し掴めそうな気がした。
今まではこういう感覚に気付くことは無かった。
実際これは本当に小さく、気にして感じていなければ、気付くとこさえできないそういう僅かな感覚だ。
おそらく少ない感覚でしかないことや、現実に利益を得られていない事を理由に今までは脳が自然と不要だと判断して切り捨てていた感覚ではないかと思える。
脳科学ではRASというフィルター器官が取捨選択をすると言われているからそういうこともあるかもしれない。
しかし、俺は今回の騎士試験に全てをかけて望まなければならない。
この思いが、脳のそういう構造を全て取っ払ってくれたのかもしれない。
そして、これを続けていて分かるのは、こういう感覚を捉えるキャッチできるレセプターは自分で育てることができるということだ。
次第にこの受け取れる力が増してきた時にそれは良く分かる様になった。
体のエネルギーは食べ物からくるだけではないのだと分かる。
カロリーだけが人間の生命をつないでいるのではないのだと実感してきた。
e=mc^2
有名なアインシュタインのエネルギー方程式はみんな知っていると思うが、エネルギーとは、質量×光の速さの二乗で表されている。
だが今回の体の内から生まれるこのエネルギーは、未知のエネルギーのように思える。
自分と他人との間から生まれるこのエネルギーは、体の中の素粒子の回転エネルギーが同調することで生まれ、それが体内から少しずつ流れ込んできているように感じていた。
この体が特別なのか、他の人もそれをどこか感じ取っているのかは分からないが、昔から『一体感』という言葉の中には、このエネルギーの相互受給が含まれているように思えた。
また、不要な会話をしなくなると今まで自分が如何に無駄口を叩いていたか思い知る。
「疲れた」「暑い」「痛い」「苦しい」こんな事ばかりを平然と口に出していたのだと分かってきたのだ。
父上が言うようにこれは自我、欲望というかエゴというか、そういわれる所から出てきた言葉たちだった。
無駄口を叩かないから時間や体力が余る様になり、自然とステフが昔やっていたように書庫で歴代の当主の書籍を読む様になった。
本を読むのは昔から早かった。速読は技術だし特別ではないと思うが、この体の瞬発力というか、動体視力が生前のそれをさらに強化されていることに自分でも驚いた。書庫にある本の読破に一週間足らずで終えてしまった。
内容は感動するようなことや名言や格言で感銘を受けたという訳ではないが、改めて読むと、多くの人が繋いだ歴史というモノを理解で、その末の一番端に自分がいるのだと分かる。
今まで歴史とは、事件や出来事の年表で覚えればお終いという感覚だったが、そういうことではない生きた人の思いの部分に触れて、自分の中の血肉が本来の役目を思い出したような、目が覚めたように感じた。これもおそらく、自己意識でいるから分かるのだろう。
なんだか自分がようやくこの地に根を伸ばし何処に向かって生きていくべきか分かったように思えてきた。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
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