4.6
自信満々の父上の姿になんだか裏技を教えてもらえるような気がした。
これは!人生をハックできる何か特別なモノじゃないの!
テンションが爆上がりし、ようやく俺の異世界ライフがスタートするんじゃないかと思って、詳しい話を聞こうと質問をした。
「でも、意識を育てるってどんなことをするんでしょうか」
「知らん」
「え?」
腕を組み、何か考え事をするように目を瞑ったきり、動かなくなった。
話は終わり?
本当に終わりのように部屋には静寂が下りて、若干室温も下がったように思った。
こういう時に場の空気を整えることが多いアントニオが堪らずに口を開いた。
「・・・・あ、あれじゃないかな。もっと家のことを知るとか、歴史を学んで誇りに思うとか。そういうことが必要なんじゃないかな?」
「改めて学び直すってことか?それで何か変わるのか?」
「多分。ステフも小さい頃から本を沢山読んでいたし、少しはマシになるかもしれないよ」
「ああ、なるほど。確かにいいかもしれないが、もっとこう、手っ取り早くできないもんかな」
父上はこんなしょうもない会話を黙って目を瞑り聞きながら、腕を組んでいる手の指をトントンと動かしながら思考を巡らせているように見えた。
そして俺の若干舐めた態度の言葉を聞き取ると、目を開け静かに呟くように俺に問いかけた。
「お前は何のために生まれて来たのかと考えたことはあるか?」
「え」
「自分がどうしてこの世に生まれ、ましてや前世の記憶とか言うモノを背負ってここに来たのか考えたことがあるか?まさか先日言っていた罪を背負ったからここに生まれて罰でも受けているつもりなのか?」
この問いに少し顔を引き締め、考えを巡らしながら答えた。
「え、いや~、でも、そうですね。罰を受けているのかもしれないとは思ったことはあります。ただそれだけだとは思わないですし、ましてやこういう身分で生まれたのはなんというか特別だと思っています」
この答えを聞き、指の動きが止まった。
「私も先程『特別』という言葉を使ったが、私が言う特別とお前の言う特別は本当に意味合いが一緒か?」
「え?」
「私が言った特別は唯一、他とは違うという意味だ。そこには優劣は存在しない。なんだかお前が言っている特別は幸せだとか優遇されているとかそういう気持ちが入っているのではないか?先程の差別もそうだ。優遇されることが見た目や生まれで分けられ決められていると思い込んでいるのではないか?それが前提にあるから、それを減らそうと口では差別をしてはいけないと言うように教え込まれたのではないか?」
自分の中ではまだはっきりとは分からないが、言われていることは間違っていない気がした。
「我々の家柄は特別だが、別に優遇されていることは無い。先程も言ったように、誇りはあれど、そこには重い責任と辛い役目が付いて回る。逃れることができない、回避することも許されない役割を引き受けなければならない。だから生まれは特別であろうが、優劣はないんだ。お前はそれをはき違えているように思う。もしかしたら、その前世で植え付けられた固定観念は何かを覆い隠しているのではないか?」
「それは、結構ありますよ」とアントニオが答え出した。「向こうは結構今父上が言った、責任とか役割とか果たさなければならないモノを社会という仕組みに全て投げて、個人や家には負わせない様になっていましたから」
「なんだと?それで社会が上手く行くのか?考えられない」
父上の顔から明らかに怒気が含まれているのを感じた。
「いや、上手く行かないから色々負債を抱えた社会になって、循環できない仕組みになっていましたよ」
「それではなぜ変えようとしない?」
「色々な人はもうすぐ滅ぶって警告していましたね。それでもあの世の中は変えることができないんですよ」
「なぜだ?」
「民主主義って言って、平民にすべての権利を与えているんです。だからみんな責任を取らないで、たらいまわしにして膨らみ続けます」
「愚かな。考えられん。まともな奴はいないのか」
「それでも勉強ができる、頭がいいと言われる人が色々な理論を仮定して試しているんですがね、利権があったり、法律があったりと結局あっちを立てればこっちが立たずと雁字搦めなんです。平民も権利を持ったら放そうとはしませんからね。選挙という制度で人気者が代表になり、権力をおもちゃにして、平民は自分たちが選んだことも忘れて非難するばかり。どうしようもありません」
「そんな中出てきた言葉が、差別とか平等という考えか。実にくだらない。自分たちが楽をしたいと言っているだけじゃないか」
「まあ、そうなんです。もとはそういう話です。誰かだけ利益を取っているのズルいから自分にも欲しいという欲望から生まれた考えです。そのくせ責任は負いたくありませんというのです。その責任を肩代わりするために税金という金さえ払えばそれで十分だろという考えが産まれたのです。だから民主主義とか言っていますが、実は拝金主義、お金を拝み神のように思っている社会です。お金があることで全ての罪が許されるように考え、己を守る盾にしているのです。お金こそが守護神だと考えているのです。でも実際お金では解決できない問題だらけなんです。お金はただ流れるだけですからね。問題を解決できるのは、人間だということを置き去りにしてみない様にしているのです。だから行き詰っていたように思います」
「そうか。ではお前たちは、そこでおかしいと思いながらも飲み込みながら暮らしていた訳か?」
今まで饒舌に語っていたアントニオも押し黙る質問だった。
問題や原因が分かっても、本当の意味で自分の責任として受け止めきれていないことが明らかに分かる、間が空いた。
暗い表情に変わり「・・・そんな世の中でも、まっとうに生きようとはしていましたが、後ろめたいことはいくつも冒してきたと思います。見て見ぬふりをして生きてきたと言ってもいいでしょう」と言い訳を吐き出すように言った。
「俺もです」
アントニオが暗く反省する様子を見せたので、自分も社会の本質を見ない様にしていたことを思い出した。
実際頭が良くてもどうしようもできないことが沢山あった。それに途方に暮れるような負債や問題が山のようにある社会だった。
「分かった。お前たちに足りない、見えていないモノが何かようやくわかった気がする」
そういって父上は立ち上がり部屋を出て行く。
なんだかついてこいと言われた気がして、二人で後を追った。
父上が向かった先は家が管理する平原だった。そこは屋敷からかなり歩いたところであり、自然豊かで近くには小さな川が流れている。今日は天候も良くて、吹く風はとても柔らかく心地の良い冷たさがあった。
「お前たちは自然というモノをどう捉えている?」と先を歩いていた父上が振り返った。
「人が手を加えない状態でしょうか?」と俺が言うと、アントニオが「あるがままという感じだと思っています」と言った。
それを聞き、一つ頷くと父がゆっくりと分かりやすく、子供に言い含めるように教えてくれた。
「私は、全てが自然だと思っている。・・・・それは自分も含めてだ。だから私はステフが可愛いと思っている」
最後の言葉が腑に落ちなかったが、何と言って良いのか分からずに、言葉に詰まっていると付け加えるように言葉が繋がれた。
「唯一自然ではないモノがあるとしたならば、それは私の自我だ。この自我意識だけは自然ではない。私が思考し、考え生み出しているように思える。欲望にまみれ、堕落しようと促したりな。私はそれと絶えず闘っている。・・・・それは誰もがしていると思っていた、事実、騎士も貴族や王も信念をもってそれに抗い続けている。そして、お前たちがそれについてまだできていないのは未熟だからだと考えていた。未熟で抗い方が上手くないのだと思っていた。・・・でも今日の話を聞いてようやく分かったのは、お前たちはその欲望を吐き出させる世に生まれた記憶を持っているからできないのだと分かった。・・・・つまり、お前たちは体の声を聴くよりも、己の思考と会話しているのだ」
自分たちと父上の間に一陣の風が吹き、そこには見えない大きな隔たりがある様に感じた。
「自我と会話することを楽しみ、欲望を叶えることを人生としているのだろう。レオナルドの前世で抱えた罪はその延長線上で起こったのだろ?最初は弱い人間が陥りやすい問題のように感じたが、おそらくあれはお前の世界では良くあることではないか?形は違えど、欲望の為に身を亡ぼすような生き方をしている人が多い世の中ではないか?」
「大勢という訳ではないですが、問題が顕在化しているのは欲望が下にあったからだと思います」と俺が言うと付け足す様にアントニオも「おっしゃるように社会の仕組みが欲望で回るようになっていましたからね。全員が身を亡ぼすほどではないにしろ欲望を恥ずかしげもなく出すことを推奨している社会だと思います」
それを聞き、父上は心を鎮めるために一つ息を大きく吐き出した。
「その前世の思い出が如何に楽しく心地の良い物かをハッキリ理解することは出来ないが、凡そは分かる。快楽に溺れ、麻薬に嵌まる人間と似たような事だろう。それよりは一歩手前で落ち切らないから続くのだろうな。なお質が悪い」
憤然とした表情で言葉を吐き出し、拳が固く握られた。
そして拳を開き大きく深呼吸をしてから、俺が何をしなければいけないかを教えてくれた。
「レオナルド、お前がこれからしなければならないことは、何かを学ぶことよりも、お前の体の声を聴きなさい。そしてそこから自然とは何かを分かる様にならなければいけない。だから自分と会話を繰り返すのを控えるようにしろ。・・・・これはすぐにできる訳ではないが、そうすれば、自分がなぜ生まれたのか、何をしなければいけないのか気づけるようになるはずだ」
「それが意識を育てるということでしょうか?」
「そうだ、自我ではなく自己の意識だ。お前の体には我が家の先祖伝来の血が流れている。その体は自然から生まれているのだ。その体と溶け合うように自己意識を磨きなさい。自分の役割や己の使命、己の生き方をどうすればいいのかは、そこに在る。この土地や空気の一部にお前の体は嵌る様になっているのだ。お前の自我がそれを邪魔しようとするのを自己意識でねじ伏せ、世界の一部になることが本当のお前の生き方になる。そして世界と一体になれば、お前は騎士試験はおろか、越えられない壁など存在しないと気づけるはずだ」
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