4.3
「忙しさにかまけて、足元を疎かにしていたな・・・・」
団長たちの退職願を受け入れざるを得なかった、その後悔を夫人と私に夕食後の談話室で教えてくれた。
事情を聴いた後、引き留めなかったのかと夫人は言うが、それは決断をした人間に対してあまりにも酷なことになる。
おそらく公爵もそう判断したようで、「それができる段階を超えていた・・・」と口にした。
相談してくれたのであれば、まだ止めることができるが、決断をした段階ではそれをするのは、悪魔の囁きになってしまう。
決断を揺るがすような誘いは、自分の意志を弱め、軸がブレて定まらなくさせてしまう。
それはその人を助けること思ってしても、現実ではそうはならない方向へと事態が進みやすいのだ。
これは私も経験的に正しいと思う。
人間性を育てるというのは、こういう己が下した決断に絶対の自信を持つことから始まるのだ。
後悔や迷いを持つことは、今後の行動に必ず現れる。それが生きるか死ぬかの戦いの場に向かう騎士にとっては文字通り生命線ともいえる。だから彼らの決断を公爵は尊重し、謝りはしても、覆すような言動は見せなかったのだ。
団長たちから見たら、公爵の判断もそうだと感じたのだろう。
だから今回のような状態になったのだ。
私も公爵から騎士団の内情の話を聞き、ここの騎士団の人達を自分はどこか駒のように思っていたのではないかと反省した。
人には役職や肩書がついて回る。
それは社会との結びつき方を示す言葉であるが、それは決して自分という人間を全て表すことは無い。
私という人間は、生まれや行い、関わりだけでは、全てを表すことが出来ているとは言えない。
そこには、パラメーターは現れないし、秘めた思いや思想、意志力などは社会的な肩書に出ていることは無いからだ。
だから、そこには駒と人間の違いがある。
我々のような上に立つ者はそれを感じ取って、計画や行動を決めることが必要になる。
そう今回のことで教えられたように思う。
この人だからこそ、任せられる仕事がある様に、この人には任せてはいけない仕事もある。
それは仕事ができるできないではなく、その人を道具ではなく、一人の人間として見ていることが必要になる。
その人間の思いや思想、やりがいや理想まで把握しながら、それを踏みにじったり傷つけることなく、存分に力を発揮できるようなやり方を考えることがマネージメントする立場には必須といえる。
民衆のように、全てを理解することは難しい部分はあるのは分かるが、できうる限り広く、周りの人間を理解して置くことが自分に尽くしてくれている者達に対しての暗黙の証明になる。
基本的ではあるが、疎かになることがある。今回そういう教訓を得たように思った。
そんな事変はあったが、元団長たちが言うように騎士団としてはまとまっていった。
遠目に見る限り、問題や怠慢のような行動は無いようだし、ライオネスとかの話では世代交代のような形で、ロレンス世代が重要な役職に就き、周りに支えてもらいながらではあるが、上手く運営しているということだった。
いつかはしなければならない世代交代を早めただけになったらしい。
終わり良ければ総て良しなのだろう。今回のことは必要なことが起こったのだと私も結論付けた。
§
「はぁ」
ステフがログレス領へと旅立った。
妹が嫁ぐというイベントを終えると自分の現状が立ち上がり現れたように思えた。
それは辛く、目を逸らしたいものであり、逃げだせるものであれば、もう逃げだしたいと心の底から思っていた。
俺は25歳になった。
本来であれば、騎士に叙任されお嫁さんを貰い、子供が居ても可笑しくないのだが、それらが何一つ出来ないでいた。
弟が18歳で騎士に叙任されたことに焦り、ステフには俺も叙任されたと言いくるめはしたが、実は俺はまだ騎士ではない、従騎士のスクワイアのままだった。ステフは他人にそこまで興味ないから、俺がそうだと言えばすんなり信じたが・・・、信じさせることができたからと言って俺が騎士になれるわけではない。空しいだけだった。
俺と同じように何度も騎士試験に落ちる人はいるし、30歳で在ろうが、40歳で在ろうが、騎士を目指し、鍛錬している人はいる。
何なら従妹のガトーとジンもまだ騎士に成れていなかった。
アントニオが早すぎるだけだ。
それに「早いからと言って良い訳でもない」と周りの人も言ってくれている。
しかし、俺は由緒正しいバーンベルクの人間だ。しかも父上が現当主だ。
その長男がこの体たらくは格好がつかないと思っている。
周りはもう既に俺が廃嫡すると噂している者もいるようだし、勿論当主を引き継ぐのは弟のアントニオになるとふれ回られていた。
確かに騎士でもない従騎士が騎士を率いるってことは実務上無いし、騎士団のパワーバランス的に言ってもあってはならない事だ。
騎士団ではトップダウンの命令系統が絶対だし、歯向かう事は勿論、意見を挙げることでさえいい顔はされない。
「俺はどうしてこんな世界に生まれたんだろうな」
最初は異世界転生でもっと自由にできると思っていたのに、前世の影響か、いつの間にか親の敷いたレールに上手に乗ることが全てだと思って疑わず、そのまま走ろうと思っていた。実際上手く走っていたと思うよ、俺は。
ただ自分が蒸気機関車だったのに比べ、弟と妹は新幹線かリニアモーターカーで物凄いスピードだし、ここから不遇からの一発逆転を狙うにしても、何にも切っ掛けが無い。もう引き出しには何も入っていなかった。
誰も自分に対して物を隠したり、いたずらしたり、直接的な嫌がらせをすることは何もなかった、むしろ皆俺に対して優しい位だった。
「焦ることは良くない」とか「自分のペースで成長すればいい」と言葉をかけてくれさえいたのだ。
ある日、夢でカエルになって「ゆでガエル」のように、いつの間にか熱くなった水に気づくことなく死ぬ、そんな夢を見た時に、先が見えなく、腐り始めてきている自分に気付いた。
俺は表向きは頑張っている振りをして、笑いながら、空しさを抱えて終わるのかもしれない。
そう思った。
そして年に一度の騎士昇格試験がもうすぐやってくる。
昇格試験はバーンベルクでは筆記などというモノは本当に些細な事だ。
基本的な文字を書き、手紙を書き、計算ができればそれでいい程度。正直一般常識程度の簡単なモノだ。
平民から騎士を目指す者にとってはそれなりに時間がかかることかもしれないが、ここで落とされる者はほとんどいない。
次の実技もそこまで難しくはない。
剣や槍、弓、ナイフ、全てをどれだけ使えるかを見る。一つでも一人前に使えれば、合格が与えられる。
騎士を目指している者で全てが駄目だと言う奴などいないのだから、何かでは必ず合格できるだろう。
多人数対一でやらされる最後のテストだけ少し難度が上がるが、何年も鍛錬をしていた人間にとっては問題ない。
実際ここで落とされる人間はそんなに多くは無い。
だから問題は最後の精神テストだ。
これは三つあり、全てで合格しなければならない。
一つ目は足を縛り崖上から飛び降りる、所謂バンジージャンプだ。
だが、これはアトラクションではないから全く安全ではない。試験であるから、下手をすると大怪我、死すらある。
出っ張った岩肌に当たりそうになるところを手や武器でクッションを入れて、無事に生還できれば合格である。
怪我をしたら次にはいけないし、武器を壊しても次には進めない。
これは慣れれば大したことは無い。危険だが、落ち着いて対処すれば何とかなる。ある程度の重さを片手で支えることができるのであれば、問題ない。
運悪く、ぶつかるところが丁度尖っている場合は別だが、私はこれもクリアできると踏んでいる。
ただ次からが上手く行かなかった。
二つ目は虫の巣の中で一定の時間過ごすというモノだ。
この虫が前の世界にもいたような小さいなモノであれば・・・・、イヤ、それはそれで厳しいかもしれないけど、まあ、この試練の虫はムカデのような姿形で、女性や子供の腕くらいの大きさな訳で、それを耐えるというのがもう・・・、虫について恐怖心や嫌悪感が無い奴が羨ましいよ。
そして最後の一つは3日間の座禅だ。
毒蛇の巣の前で、飲まず食わずの座禅。
こんなのインドやチベットの聖者レベルの修行じゃないか?
それらすべてが出来て騎士に叙任される。
こういう虫や蛇があるから年に一回しか試験が行われないのだ。あいつらが元気でお腹が減っている春先のタイミングしかできないそうだ。
なんて性格が悪いことを考えるんだ、馬鹿じゃないか?
それこそ死ぬことを覚悟せずには騎士にはなれないという事でもある。
実際、この騎士試験で死ぬ人は毎年何人かいるから、全く大げさではない。
だからこそ、バーンベルクでは騎士になった人間にはそれだけ尊敬の眼差しで見られている。多分向こうの世界でいう所の憧れの職業アンケートがあれば、必ず上位になる職業だと思う。
そういう諸々が、俺を騎士になるように強要していた。
だから毎年この時期が嫌で嫌でたまらない。
絶対に何とかしなければならないと魘されながら、この日を待つことが多かった。
しかし今年はそれに加えて、自分を追い詰めるものがもう一つある。
25歳という年齢は女性にとっては非常に大きい。この世界では一般的に行き遅れと揶揄されることを意味する。
今までマリーナをずっと待たせている。父にも「今年が最後のチャンスだと思って挑戦しなさい」と言われた。
だからこそ、俺は焦っていたし、今年にかける思いがあった。
今まであまりやってこなかった「人に教えを乞う」事を決断できたのも、外的要因のお陰かもしれない。
恥を忍んで、弟のアントニオに相談することにしたのだ。
弟は2年前にすでに騎士になっていた。あいつは一発で合格してしまったのだ。
お爺様と同じ18歳という若さで到達したことを周囲は驚いているが、俺としては「あの人、精神的にもう100歳くらいだよ」と皆に教えてやりたかった。堪えたけど。
俺が何を言おうが、全て負け惜しみになってしまうし、実際凄いことをしているのは変わりないし。
とはいえ、弟に相談するというのは恥ずかしいというか、今まで大したことない奴と見下してきたこともあって、プライドといえる物が邪魔でできなかった。
結局俺は以前も今も奥底にある汚らしい部分は全く触ることなく生きてきたのだと気付いた。
それの少し上澄み部分にあるプライドを乗り越えて、弟に相談することにしたのだ。
俺としては成長したといえるのではないかと思っている。
「騎士試験でどんな裏技使ったんだ?」
弟の部屋で少し談笑交じりに話を始めた。
部屋には二人きりで、お付きの者も外してもらって、お茶を飲みながら始まった。
こういう二人だけの相談は普段はほとんどしないが、年に一回くらいはしていた。
俺の焦りを気づかせないように少し軽い調子で聞きだすことを考えて始めた。
「は?」
俺の開口一番の言葉に対し、トニーの奴、眉間に皺を寄せ、怪訝な顔で聞き返してきやがった。
「いや、だからなんかコツとかあったら教えて欲しいんだよ」
少し余裕を見せつつ、ニヤリと笑いながら聞こうとした。
「はぁ・・・あのな、そんなコツがあるんなら、皆騎士になれるんだよ、もう少し真面目にやれば、レオ兄にもできるって」
二人きりだからトニーも砕けているが、普段はもう少し俺に敬意を払った言葉を使ってくれていた。
騎士が従騎士に敬意を払った言葉を使うのは、縦社会では良くあることで、年齢というのはそれなりに重要視されるからに他ならない。
訓練や本番では違うが、それ以外の時間は年齢の方が重視される。
だが二人きりだからトニーは友人のように警戒せずに話してくれた。
トニーの言葉は少し突き放された感じがしたから、俺はすかさず下手に出てお願いした。
「俺ももう後が無いんだよ。頼む。なんでもいいから、教えてくれよ!」
腕を組み、俺を見下しながら、トニーは黙り込んでいた。
俺も本当に必死なんだということが伝わる様に、頭を下げ、「そこを何とか」と言って、譲らずにお願いし続けた。
その甲斐あってか、仕方がなさそうに教えてくれた。
「・・・・レオ兄は、般若心経って知っているか?」
「へ?お経ってことくらいしか知らんけど」
ここでお経の話って何?と思いながらも、何か異世界特典のように簡単にできることが秘められているんじゃないかと少し期待した。
「そうか、これはな、弘法大師が一番重要なお経だと言っていたんだ」
「弘法大師って、空海だったけか?それが何か関係あんのか?」
「弘法大師については何か知っているか?」
「高野山で、真言宗とか、その辺くらいかな」
「そう、真言宗ってのはさ、読んで字のごとく真実の言葉を発するとすべてが拓くと言われているんだ。諸説あるけど」
最後の方は小声だったが、しっかり聞こえた。なんだか胡散臭い話になってきているように感じるのは俺だけだろうか。
「それで、そこで大切なお経として般若心経を唱えることが推奨されている訳だ」
ドヤ顔でトニーは言ってくれているが、全く話が見えてこなかった。
「え、お前それ覚えていて唱えている訳?」
お経って結構長いイメージだけど、そんなの覚えてこっちに来ていたのか?ズルい!と思ったがすぐに否定された。
「いいや」
「へ?」
「でも俺はそれにかかれている意味をいつも思い浮かべて、事に当たるんだ。騎士試験の時もそうだった」
「はぁ、ちなみになんて書いてあるんだよ」
「全ては空だと、色即是空、空即是色って聞いたことくらいあるだろ」
「ああ、あれね。それは知っている」
なんとなくだが、知っている。
全ては幻影だとか、幻影と思ってもあるとか、どっちなんだか良く分からないのがこの世、みたいな感じだと。
仏教の教えの一つだったと思う。
「あと、最後の一節が有名で、羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶って聞いたことないか?」
「んー、知らん、どんな意味なの?」
全く知らん一節だった。初耳だ。そんなの何処の教科書に書いてあるんだよ。古典?漢文?歴史?見たことないな。
全く悪気もなく当たり前の雰囲気で答えたのだが、アントニオには常識の範疇だったらしく盛大にガックリしていた。
「えー!知らんのかい!ここが一番大切な一節なんだけど!・・・・進め進め、ただ前に向かって進め、そこに悟りはあるんだって意味だと思う。意訳だけどそんな感じ」
なんだかトニーもあやふやだけど、それで教えている気になっているのか?それでいいのか?
「え、つまり、お前、俺にただやれって言っているの?」
「そういう事、それだけだ」
トニーの奴、腕を組みながら偉そうに、頷きやがった。
流石にそれには俺もキレて、声を荒げざるを得なかった。
「はああああ?それだけ?ふざけんなよ!マジで⁉」
この俺が、頭を下げて、大人しく聞いてやってんのに、何なんだマジで!
この荒れた感じになることを予想していたようにアントニオは腕を組むのをやめて、真剣に優しく話を始めた。
「でもさ、きっとレオ兄はさ、これで死んだらどうしようとか、こんなの耐えられるわけがないとか、そういうクダラナイ事考えているんだろ?・・・そういうの俺たちもういいだろ。一回死んでんだから。次に何があるか知らんけど、次は無くて、終わりかも知れんけどさ、ただそれだけだって・・・。ただやれって言われていることをやるだけだって、そこに気付けばできるんだよ。第一誰もできなかったことをやれって言われている訳でもないし、出来る人はいるんだから、それをやるだけだろ。簡単だろ?」
確かにそうだ。そうなんだが、それでもできないことを出来るようにするために何かを得たいと思って話を聞いているんだ。
馬鹿なトニーにはそれが伝わっていない様に思えてならない。
「・・・・でもさ、死んでる人いるじゃん、痛いの嫌じゃん、苦しいのも、もう嫌だよ」
「うん、うん、俺も思ったよ、それ」
「だからさ、そんな思いするの何とか回避したいんだよ!もう嫌なんだよ、辛いのは嫌だよ」
自分の口から出たのは、先程思っていた何かを得たいという言葉ではなく、本音だった。
いつしか感情的になって、涙が込みあげ、泣き虫のように、顎が震え、プルプルさせながら言葉を出していた。
そんな取り乱した俺を見て、全てを受け止めてトニーは話を始める。
「レオナルド、いいか、人はいつか死ぬんだ。必ずな。それまでどんなにいい思いをしていても、死ぬときは来る。俺は死ぬとき後悔しない生き方が良いと思うんだ。死ぬときには何にも持っていけないんだ。レオ兄が死んだときのことよく知らんけど、今回の人生で騎士になることを決心して、この騎士試験に全てを懸けるのであれば、全てを懸けるとはどういう事か考えてみろよ。自分の命を天秤に乗せずに、全てを懸けたといえるのか?おそらく騎士に成れた人と成れない人の差は、全てを懸けるという意味が分かった人かどうかだろうと思う。確かに死んだ人はいるけどさ、その人は自分の限界を本気で超えた人なんだよ。無駄死なんかじゃないんだ。その人にとっての人生は最高の人生に決まっている。俺はよくやったって、最後までやり抜いたって、絶対に胸を張っているに決まっている。全力を出せずに死んでいく人のほうが余計可哀想だろ」
そういわれた時、最近自分が「ゆでガエル」のように死んでいきそうになったことを思い出した。
このまま腐り果てることが、怖かったのだ。時間だけが過ぎていき、本気の出し方が分からない人生を生きることが怖かった。浪費した末に何も得ることもなく、死んでいくことが怖かった。
物質は死ねば、全く意味がなくなる。思い出だってどうなるか分からない。ただ全てを出して生き切ったという感覚を持てないことがとんでもなく空しいという事だけは知っていた。
自分のプライドの下に潜む、汚らわしい部分を浄化することを決心した瞬間だった。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
精鋭の読者のお陰で続けられています。
本当にありがとうございます。
舞台が戻ってきました。
しばらく、レオナルドとアントニオの話です。
男だらけの話になるかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します。
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今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。




