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歴史の陰 無口が世界で愛されるのには理由がある  作者: かづ


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4.2



公爵から民衆に戦争について前もって話を伝えることにした。


勿論宣戦布告を受けた訳ではないのだから、今後起こらないという可能性もあることは伝えたが、国は戦争に備えて行動をしていると伝えたのだ。そしてそれが起こった時の行動を、今のログレス領の状態から公爵が決断した内容も合わせて伝えた。

「今の我が領は地揺れや津波の影響から立ち直れてはいない。そんな中、人手にしろ物資にしろ、多くのモノを戦地に送ることはできない状況だ。誰もが、今日を生きるのに精一杯だと感じていることだろう。その上に何かを背負い込むことは、自分が立ち上がれなくなるという恐れを感じていることは私が重々承知している。だから・・・私が戦地に赴くことにした。出せるモノは全て出し尽くしていると証明するために、私の命を戦争に差し出すことにした。・・・・そして、ここの守護には、騎士団長を置くことにする。だから心配はいらない。しかし、約束してほしい。我らに頼ることを考えるより先に、自分たちでこの領の為に何ができるのかを考えて、そして行動することを。それが、非常時では一番大切になるのだ。それを前もって味わったはずだ。頼ること、待つ事ではなく、己で何を成せるのか、どうするべきか、何が他の人を助けるのかを考え行動することが、憂いない行動につながるのだと噛みしめてきたはずだ。そういう皆が居ると信じるからこそ、私も戦地で集中できるようになる。だから、皆、後は頼んだ!」


民衆は驚き、不安な声を挙げる人はいたが、それでもやらねばならない事は分かってもらえたようだ。

そして公爵の心へ寄り添う事ができる者達は、公爵の決断に拍手で応えた。


この拍手は歓喜の拍手ではなかった。

沈痛な顔をし、鼻をすする音や呻き声と共に送られた拍手だった。


誰だって戦争や争いが正しいことだなど思う訳がない。

しかし、人間の歴史は戦争の歴史といえる。

そしてその歴史は仕掛ける側も受けて立つ側にも同等のある力が存在し、それが裏で支えている。

この世界も侵略戦争をこの国が起こしたことはないことになっているが、それは消された歴史かもしれないし、見えない様に隠されているだけかもしれない。それは時の為政者(いせいしゃ)にとって都合が良いようにそうされているともいえるが、それだけではないことがほとんどである。


歴史に隠れていたとしても、必ずそれに賛同する民衆という力があるのだ。

全体の半分以上が賛成しているから、その為政者は行動を推し進めることができるのだ。反対者だらけならば、隠すことなどできるはずがないし、全てを無くして逃げ出すしかなくなるのだから。

誰の協力もなしに、為政者だけで全てのことを成すなどできっこない。

つまり、民衆は悪いことでも正当化しているのだ、自分自身を、そして子孫をも。


必要な事だ。こっちの方が得だ。仕方がない。あっちが悪いからだ。

どんな言葉で納得するのかは人それぞれだが、流されながら自分の行動を肯定できる状態にしていく。


しかしこのログレス領の民衆はそんな事を考えて拍手をしたのではない。

今のログレス領の民衆は他人の痛みを自分のことのように感じることができるのだ。

誰もが望む訳ではない立場を受け入れ、誰よりも危険なところに自分を置くことを決断した公爵に拍手を送ったのだ。

それは誰かに従属することを求める民衆ではなく、自分たちが選んだ仰ぎ見る存在として、痛みや辛さを抱えながらも純粋に嬉しいと感じているのだ。


地震の時に多くの者が後悔し、悩み、今も苦しんでいる。

自分が生き残るという事は見捨てた、見捨てられた誰かが居たという事でもある。

偶々自分が生き残り、そうでない者があの時に理由が分からず生と死という違いが産まれたのだから。

見えないところで、分からないところで、そういう者がいたと知り、それを仕方が無かったと言い訳せずに、自分の責任だと、自分が思い至らなかったからだと、受け止めているから苦しみを感じているのだ。

それは自分が如何に卑怯で弱く汚い人間だったかを感じているという事に他ならない。

あの時の行動に最適なことができたと思える人間なんかいやしない、あの時までに最善の準備していたなんて人もいない。

だからその事実を自分の罪だと背負うのだ。

それらを人のせいにして、誤魔化し生きることもできるのだが、多くの人は自己責任として引き受け、苦しみながら次こそは前を向いて生きたいと望んでいた。


別に誰に強制された訳でもない。

それを感じ続けることが、今を生きることに繋がり、生かされていることを純粋に喜べるようになる。

喜びを感じながら、後悔を抱き続けることが、次を思考し、己を醸成させる。


だから公爵の行動に、そして、言葉に拍手を送ったのだ。

それは歓喜の為や応援の拍手ではなく、誇らしいと感じたから、公爵の期待に応えたいと思ったからに他ならなかった。

そういう思いが籠った拍手であった。




しかしこれが起点となって騎士団で大きな世代交代が進む話になるとは思ってもみなかった。



初めはポツリポツリと今まで力を尽くしてくれていた老騎士が、退職願を持ってきたそうだ。

今まで公爵に本当によく尽くしてくれていた立派な騎士で、年齢も公爵の一回り以上上から5歳くらい上の人たちで、理由は「もうそろそろ引退を考えていた」というありきたりなことを言ってやめて行ったらしい。



正直バーンベルクでは騎士が退職を言い出すことはほとんど聞いたことが無かったから、私は驚愕しながらその報告を聞いていた。


それは貴族と一緒で、騎士とは職業というモノではないからだ。


騎士とは生き方である。


生まれてから死ぬまで己が騎士であったことを誇りに思い、死ぬ。

より素晴らしい騎士で在れるように生涯、切磋琢磨し、鍛錬を重ねる者を騎士として叙任するのだ。


だから年老いても己のできることを探し騎士として生きる続ける。


だからやめるというような取っては付ける付属品ではないと思っていた。


それでも退職するものは確かにいたが、それは四肢の損傷がひどく、もうできないことが決まった場合が多かった。

そしてそこで満足し、やり切った思いから己で最後を決め、また亡くなる人もいたのだ。


つまり、騎士とは精神でもあるのだ。

その精神が折れた時、自ら退職を願い出ているのだ。

自分は曲がってしまったと気付いて退く。


そういう者が騎士だと思っていたから、今の状況が異様なことだと感じずにはいられなかった。




そして騎士団長と副団長たちが退職を申し出た時に、流石に公爵も何かが起こっていると感じたのだ。

それは公爵が執務室で、書類と格闘している時に三人がやって来て、退職願いを出したことから始まった。

「おいおい、お前たちまで退職を言い出すなんて、一体どうなっているんだ?」

そう公爵が声を挙げたのも無理もない。騎士団長や副団長たちは大体公爵と同年代だったからだ。

「そりゃあ、こっちのセリフです」

同年代からくる少し軽い調子の言葉は騎士団長であるドメニコ・レオーネから発せられた。

彼は男爵家の生まれで、実力で騎士団長にまで上り詰めた人間だった。

見た目もひと際大きく、無精髭を生やした荒々しい印象の漢である。

「長年一緒に居たのに、俺を置いていくってどういう了見ですか!そんなの俺は認めません。俺はあんたと共に戦場に向かいます。そう決めて生きて来たんです。だから騎士を辞めて志願兵として行きますよ」

歯に衣着せぬ物言いで、建て前を知らず、己の思いを全てさらけ出した答えを怒りのままに言い切った。

「もう、それは最後まで秘密にするって言っていたのは自分だろうが、ったく」

「ハハハ・・・・、まあ、団長らしいけど、だからそういう事ですよ。閣下。・・・・下の者達にはしっかり伝えてますし、心配ありません。多少経験不足はあるでしょうが、それは我々も色々なところでぶつかりながらやって来たのですから、奴らもそれをしながら上手くやってくれるはずですよ」

副団長のリッカルド・バルビエリとロレンツォ・コルテス も団長の言葉をつないで公爵に事態を説明した。


「では、最近退職を願い出た騎士たちは・・・」

「ほとんどが、戦地に向かいたいと思っている者たちです」

「バーンベルクへ行ってみたいという憧れがあるやつも多いですしね」

「まあ、我々がこうすると決めたから、自分にお鉢が回ってこない様にしたというのもありましたがね」

「ふふ、そうそう、先に俺たちが出しに行くから、お前たちは待てって念推されたしな」

「だから、これ以上は退職願は出てこないはずです」


公爵が戦地に行く時に、連れて行く騎士もそれなりに居るが、あまり大勢行くことは出来ない。

そんなロレンス領の情勢を(おもんぱか)って、公爵自身が(おもむ)くと決めたのだ。

最高権力が来たとなれば、惜しんでいることは何もないという証明になると、そう他の領の人達に伝えることができるからだ。


でもそれを騎士として受け入れることは、自分の本懐ではないと考える者もいた。

つまり、守るべき人を守らず、自分は後方で待機するという形になるのは、騎士として生きていることにはならないと思ったのだ。

器だけ守っても、自分の大切な中身が入っていなければ、守ったことにはならないと考える人だ。


騎士団での命令は絶対である。

お前は残れと上から命令が下れば、自分の思いを捨てて、命令を遵守しなければならない。

それが組織の強さにもつながるのだから、乱す者には厳罰を与える。

自分たちもそうしてきたし、これからもそうあるべきである。


だから騎士団を退職すしか自分の本懐を遂げることは出来ないと考えたのだ。

公爵と共に、戦場に立ち、公爵を守るために戦うことは、騎士団に属する場合、それができないと考えたのだ。


退職すれば、給与は得られない。

無職になる。

でもそんな事よりも、自分の生きる指針の方が大切だと判断した者が、退職を願い出たのだ。


騎士団が街を守ることも重要だが、自分が騎士になった時に抱いた、「公爵を守るために己の全てを捧げる」と誓った者たちにとっては他のモノは二番目三番目のモノでしかなかったのだ。

一番目は公爵を守ることであり、それ以外の己の立場や体、大切なモノ全てを投げ捨てる覚悟を誓ったのだから。


彼らの決断は、公爵ですら、もう止めることができなかった。


「・・・そうか、私が至らなかったな。悪かった」

そういった公爵の眼には光る物が(たた)えていた。



最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。

大変うれしく思います。

読者の皆様が幸多からんことをお祈り申し上げます。


面白ければ、評価やブックマークをつけていただけると大変ありがたいです。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

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