信じる力⑦
人は人にできることをひたむきにやればそれで充分である。
その人にできる最大限の能力を発揮することで十分世界は上手くいくようになっていると感じた。
神々は限界を超えた能力を望まれていないのかもしれない。
最大限の能力と限界を超えた能力の境界線はどこにあるかを挑戦しながら学ぶことを求められているのかもしれない。
世界はそういう所でバランスを保ちながら上手くいくように回っている、逆に傲慢な願いはバランスを崩し更なる厄災しか生まないのかもしれないと感じた。
運のいい人は限界に挑戦し上に伸びようとしている、運の悪い人は挑戦せず安心安全に逃げ込んでいつの間にか下へ下へと下っていく。
挑戦する人はリスクと隣り合わせで失敗するかもしれない。ただ失敗は運が悪いから失敗するのではない。必要だから失敗を経験しているのだ。だから成功しようと失敗しようと運命はどんどん成長する。とどまっている人の分まで成長しているのではないかと思っている。
そういうバランスが世界には存在していると思う。
今回のことは本当に学びが多い出来事だったと思いながら、自分の万能薬などを揃えてマリーと一緒に特設の救護所に向かった。
バーンベルク領を出る時に持ってきた万能薬は私や周囲が一生困らない分量を持ってきた。
私はどちらかと言えば慎重派なので対策は万全を期すことが多い。
お母様は「過剰です」と言っていたが、それが逆によかったといえる。ずっと眠らせておくよりも今回使い切ることの方が有用だろうと思っている。
それでも足りなければ、また調合すればいい。
特設の救護所は街の真ん中あたりに位置する先日公爵が演説したところに作られていた。
そこにはあの時と同じくらい多くの人が集まっていた。年齢も様々ではあるが、皆痛みに耐えながら、静かに待っていた。
泣き叫ぶ人や自分を先にしてくれというような人は多くない。かなり小さな子ですら泣き喚かずに静かにしていた。
受付のようなところでは重症度を示すトリアージに近いことを現場の騎士隊や公爵家のメイドたちの中の貴族に連なる者が先に済ませているのも大きいのだろう。
こういう時に自分よりも重傷者を優先してくれと思えるその心がとても綺麗で美しいと感じるのだ。
私はすぐにトリアージでいえば赤色、要は重傷で、かなり危険な状態の人の治療に入った。
ここの治療は前の世界とは違い、大体が万能薬を施すことで事足りる。
しかし、薬の量を節約するためにも診察に近いことはする。
それでも施すことは塗ったり、薄めた液体を飲んだりするだけで助かる人は助かるというのがこの世界である。
この薬は不思議で、作った人が誰であるかとか、作った人がどんな気持ちの時に作ったかなど些細な変化で効き目に変化がある。
一番良いとされるのは調合した人が施すことにある。他人が作った物を施すとどうも浸透が遅いとか治りにくい結果を招くことは分かっていた。
それでも外国相手には大人気であるのは変わりないのだが。
そしてそれほどの実績はあるのだが、今回のように大量の重傷者を治すには自分が作った物で自分が施すことが推奨されていた。
私は実績として、腕や足程度であればくっ付けることができたが、内臓の部位を作ることは出来なかった。
不思議なことに切断された本体の四足であれば、多少中間部が欠けていてもそこを補いくっ付けることができた。勿論神経まで元通りになる。本体に連なる物であることが必要で、本体はまだ生きていることが重要だった。死体では起きなかったし、キメラのような合成は出来なかった。
どういう原理かさっぱりわからないが、この薬は必要な原子に変換することが可能であり、DNAからくる元の必要な部位を形成することまでできるのだ。
これらは薬師カミーラの息子シェルが実験をする際に付き合わされた経験であり、人間での実績ではなく、動物での実績だ。
かなり気が咎めることを腹をくくってやり切っただけで、決して楽しくはなかった。
半泣きで、吐きそうになりながら食らいついて学んだ。涙が流れ落ちそうになるのを必死にこらえ、5歳の頃にやっていた。
あの辛さがあるからこそ、今日の救護に活かせるのだ。
私は地面に清潔なシーツを敷いたところに寝かされた患者を片っ端から万能薬を使って治療を施す。隣にマリーが予備の万能薬や布などをもって控えてくれている。
倒れて寝かされている人の幹部に塗り、口に万能薬を少量突っ込み、鼻と口を塞ぐと人間は自然に嚥下する。
大体がそれで十分だった。
手足をくっ付けることができるが、取れそうなほどの重傷者はいても、取れてしまったものを持っている人はほとんどいなかった。
いつも通り黙々と軽い診察をして治療を施すの繰り返しをしばらくしていると、周りが少し騒がしくなったが、目の前の患者に集中する。
自分にやれることをひたむきに続けるだけである。一瞬あの時見た子供が瓦礫を運んでいる姿が浮かんだが、すぐに今に集中する。
自分がここにいるのは治療を施す為であるのだから。
次第に重症に見える人が減ってきた。
それは私が動いて治療を施すのではなく、私の前に患者が来るようになってきたことで分かった。
軽傷の患者は自分から喋ってくれるので、それを聞いて患部に塗るだけでいいのだからとても楽だ。
偶に、それ以外の所に原因がある人もいるので、それは経験と勘で施す内容を変えるだけだ。
私には今まで多くの人を実際に診察してきた実績もあった。シェルに付き合わされたのは実験だけではないのだ。
日が暮れてもある程度できるのだが、重傷者が今いないこともあり、手元が見辛い状況になったところで終了にした。
黙々と治療を施していただけだったこともあり、視界を広げると来た時の救護所の雰囲気とは全く変わっていることに漸く気がついた。
大勢いた怪我人は大体いなくなっており、広場は広々とした空間になっていた。
しかし、地震の瓦礫の下から、港で引き上げられる人はまた出てくるだろう。向こうの世界で言われていた72時間の壁まではやり切ることが必要だ。
ここには10人近く治療に当たっている女性が見えた。
人が疎らになったので、患者に隠れているようなことなく見分けられるようになった。
この世界では医者が白衣を着ているような決まったユニフォームがないから、一見すると誰がそれなのかと見分けにくい。
むしろ、騎士やメイドのようにある程度決まった服を着た者の方が分かりやすい。これは改善した方が良いだろう。
未だ暗くなっても治療に当たっている人に声を掛ける為に近くへ行った。
丁度その人に並んでいた怪我人が途切れ、彼女も凝り固まった体をほぐす仕草をしていた。
「あの、少しお話宜しいかしら?」
私が話をかけてきたことがよほど意外だったのか、物凄く目を見開いて、座っていた椅子から転げ落ちて尻もちをついている。
え、何?私はバケモノか何かなの?
そこまで驚かなくてもいいじゃないと思いながら、話を聞くためにさらに詰め寄った。
「な、なんでございましょう!」
「私はステファン・バーンベルクと言います。初めまして。お名前を伺ってもよろしいかしら?」
「あ、アイエーリアでございますです、はい」
「アイエーリア様は今日はいつまで治療なさりますか?」
「え!えーっと」今まですごく緊張していた感じがしたが、この質問を考えた時初めて彼女は落ち着きを取り戻したように落ち着いた声で答えた。「私の持ってきた薬がなくなるまで居ようかと思っています。こんな被害者が多いのは初めて見ましたから。これを見過ごしたりできませんよ。本当に酷い状況でしたからね。今まであった日常がどれだけ大切なモノかようやく分かったというか、情けありませんよね。無くなってからでないと分からないなんて。家族は全員無事だったんですが、いてくれるだけで本当に有難いと心の底から思えました。ここにいるとそれが本当に良く分かりました」
誰もが近すぎるものは見えにくい。だからそれが大切だとは気づかなくなってしまう。
でもそれは悪い事ではない。
見えないほど近いモノというのは信頼している証だ。信用して、安心して、当たり前だと思っているのだ。
信じていると離れてしまう事、大切にしなければいけない事、手をかけ目を配って慈しむことをついつい忘れて、気づかなくなってしまうのだ。むしろ些細な気になる点を指摘してみたり、もっともっとと要求してみたりしてしまうモノだ。
それをこういう機会で思い出させてくれるというのだから、全てに意味が在るのだと思えてくる。
きっとアイエーリアもそれに今日気づいたのだろう。
「なるほど。わたくしはこれから一度休憩に入ります。もし良ければ他の方と相談したうえで、皆さまも交代で休憩を入れてください。そして手に負えないような重傷者や大量の患者が現れたのであれば、公爵邸まで人を寄越して下されば、参りますので、頼んでもよろしいでしょうか。おそらく数時間で戻りますので」
「え、は、はい!畏まりました!みんなにも相談して休憩します!流石バーンベルクですね」
別にバーンベルクは関係ないだろうに。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
大変うれしく思います。
読者の皆様が幸多からんことをお祈り申し上げます。
集中ができず、更新が遅れてしまいました。情けない。
天候が良いと色々やることが増えるので、雨が待ち遠しいと思っています。
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