信じる力⑥
「がは」
サリバンにお願いした奇蹟の副作用で、吐血した。
サリバンが言うには寿命も縮んでいるらしい。昔そんな話を聞いたことがある。
サリバンは普段は影が薄い物静かなメイド姿の人間に見えている。
しかし本来は土の精霊だ。
私は見える人であるがゆえに、サリバンが急に現れるなんて感じたことは無いが、多くの人にはいつの間にかいた、なんていう風に感じるらしい。精霊とはそういう存在が多い。
認識から外され、いても不思議とは思わないし、いなくても不思議には思わない。
そういう存在が人間と共に生きている精霊の在り方である。
目立つことがなく、心を読めるためか誰とでも調和しながら暮らすことができる。
特別な力はあるが、それを使う事を滅多にしない。それは人間には不自然その物に映るからに他ならない。
別にどうしても力を制限している訳でもない。
しかし人間とそれほど変わらない物理法則の中で暮らし、同じ喜怒哀楽を持ち人間と交わりながら暮らしているのだ。
奇蹟の力は使おうと思えば使えるが、その代償は必要なこともあり、使うほど何かを欲することがないだけである。
食べ物だって食べようと思えば何でも食べられるが、食べなくても大丈夫らしい。
だから普通の人とそれほど大きな違いはなく人間社会の中で紛れて暮らす精霊もいるという事だ。
というか、先日のあの精霊が特別で、多くの精霊は今も人間と共に分からない様に暮らしているとサリバンは先日言っていた。
だから精霊はいつも共にいるのだ気づかれないだけで。
そして精霊にお願いするというのは、誰でもできる訳ではないが、するときには己の命を捧げる必要があるそうだ。
勿論簡単なモノであればここまでの副作用はなかったが、今回の大規模な公共事業と変わらないことを一瞬で作ってもらったのだから相応の負担が体に来たのだ。
実際寿命が尽きるということもあるとお爺様は言っていた。お爺様のお父様つまり曾祖父様は公共事業でそういうことをしたがためにかなり早まることになったのだそうだ。それでも己が使命に沿ったものに使ったのだ。お爺様はとてもいい使い方だと誇りにしていた。
私には「使い方は覚悟をもって願いなさい」と言って送り出してくれた。
私も全ての人に感謝される使い方をしたいとずっと思っていた。
だけれど。
駄目だった。失敗した。無駄にした。
私が願った消波ブロックはある程度効果があったのかもしれないが、街はいま海に飲み込まれ、そしてそれが引くと共に一部街も人も持っていかれてしまっているように見えた。建物に船がぶつかり、両方を破壊して海へと引き下がっていった。
私は命をとても詰まらない使い方をしてしまったようね。
そう思い、疲れもあって、膝から崩れ落ち倒れ、昏倒した。
目を覚ますと自分の部屋で寝かされていた。
すぐに目に入ったのはマリーだった。私の部屋で丁度花を飾り直している所だった。
「マリー、私は、どれくらい眠っていたのですか?皆は、街はどうなりましたか?」
私は体を起こすと、少し頭痛がして頭をおさえたが、体の何処にも障害などはなかった。
マリーは私に駆け寄りながら、「ご気分はいかがでしょうか」と気にかけ声をかけてくれた。
「私は大丈夫。どこも痛くないわ、それより皆は、街はどうなりましたか?」
私の懇願にマリーは優しく落ち着きを払ってゆっくりと説明してくれた。
「ログレス家の皆様はご無事です。怪我などもないのでご安心ください。街の方は、今少しずつ皆で瓦礫の撤去作業をしています、復旧にはそれなりに時間がかかるでしょうが、様々な加護もあるようでゆっくりですが、順調に進んでいます。そちらについては我々や民衆にお任せください」
お任せくださいという言葉を聞いて、自分が民衆たちを信じていない事に気づいた。
全てを自分で背負い込み、自分が動かなければ世界は動かないのだと思い込みすぎていることに思い至った。
私は自分以外の人の力を取るに足らない、上から目線で見下しているのだと気がづいた。
あの時ももしかしたら皆の力を信じて任せても良かったのかもしれない。
私が無理をしてまで何かをしなくてもそれでも上手くいくようになっていたのかもしれない。
そんな後悔ともいえる反省をした。
だけど、もうやってしまったことだ。これからは気を付けようと決心して前に進むことにした。
「分かったわ。それでロレンス様や他の皆様は何をしてますか?私も何か手伝えることあるかしら」
「まずはお嬢様の体を整えていただくことが大切です。もうしばらくお休みただいて大丈夫ですから。お食事はいかがしましょうか?召し上がれますか?それともまずはお休みになられますか?」
「では食事をしたいです。眠ってばかりいると私も調子が戻ってきませんからね」
「ふふ、そうですね。眠られているお嬢様を見ていたら私も不思議な感じがいたしますね。お嬢様はいつも何かをされているイメージなんですもの」
起き上がり、着替えをして廊下に出ると、やはり地震の爪痕は至るところに出ていると実感した。
窓や花瓶が割れたり、美術品が傾いたり倒れたりと廊下の至る所に跡を残していた。
使用人のみんなが手分けしながら片づけをしている風景が広がっていた。
ただ、意外にも皆の顔はそこまで暗くなかった。
むしろ、楽しそうに片づけをしているように見える。
何故かしらと思ってマリーに「なんだか皆の顔が明るいわね」と小声で伝えると「そうですね」と明るく返された。
私が以前の世界で見ていたような暗さがなかった。
自分の世界が震災に見舞われ、津波の被害もあったはずなのに、そこで暮らす人間はそこまで暗くないのだ。
カラ元気で無理して明るく振舞っている訳ではなく、ただ体の芯の底からやる気に漲り、皆できることをテキパキと溌溂としながら行動をしているのだ。
とても清々しく、突き抜けた軽やかさで、むしろ今までよりも重さもなく行動出来ているようにさえ見えた。
だから、少し荒れた公爵邸でも、とても強いエネルギーに満ちた場所に思えた。
私もそのエネルギーに感化されたのか、普段ならしない、近くにいたメイドに声を掛けていた。
「お疲れ様、皆こんな時でもなんだか明るく元気ね」
「あ、ありがとうございます」急に声を掛けられてびっくりしながら振り返り、緊張しながら言葉を探す様に教えてくれた「先日、公爵様がおっしゃっていた話が、大きいのだと思います。あの揺れから我々は守られましたし、色々なことを考えているよりも、今こうやって体を動かしていると、なんだかこれだけで、幸せを感じることができるのです。私は怪我もなく生活もできるので、もうそれだけで十分素晴らしいのだと分かったのです。こういう時になって初めて思えたのですよね。自分は今のままで十分恵まれているのだと。もっとできることをとにかくやりたいと思っていると、今の状況を楽しめるのですよ、不思議ですよね。こんな時なのに」
「いいえ、それが分かるようにしてくれたのでしょう。もうあなたはどんな時も全てにきっと感謝できるようになりますよ。それが一番です。きっと閣下もお喜びのことでしょう」
「はい!」
笑顔の素敵なメイドだと感心した。
それから簡単な食事を済ませ、街の様子を見に出かけることにした。
ロレンスも騎士たちと共に復興に尽力していると聞いたからだ。
余震はその間も何度も起きたが、最初の地震と比べてるとそこまで大きいものは起きず、終息には向かってくれているのだと思えた。
公爵邸の近くでは、仮設テントというかタープのようなものが設置され、そこに騎士が情報をもってきて、ロレンスに報告をしてまた出て行くという事を繰り返していた。慌ただしい仮設テントの様子を遠目に見て、街の人たちの様子に目を向けると、そこにも大声を張り上げ、皆が力を合わせ瓦礫を動かしている様子が見られた。大人は大きなものを、女子供もできることを少しずつ運んで片づけをしている。祭りの時のような笑い顔ではないが、生き生きと生気に満ちた顔をしており、度々起こる余震にさえ怯える様子はなく、何かアトラクションのような気持ちで受け入れているようだった。
みんな前向きに今を受け入れているのがとても印象的であり、子供もそれぞれの役目を果たすために一生懸命それをやっている姿はとてもやる気に満ちた精悍な顔つきで、それだけに大人への階段を一歩進めた成長を見て取れる気がした。
所変われば品変わるというが、現代日本と全く違った精神、価値観がここにはあるのだとしっかりと噛みしめた。
おそらく一見しただけでは見えない、苦しんでいる人もいるのだろうが、そうではない人も大勢いるのだ。
敢えて苦しんでいる人に目を向けることも時には必要だろう、だが今もっと前向きに自分の運命を好きになり受け入れ、それに対して積極果敢に挑戦する姿は、私が思っていたモノ以上の素晴らしい光景であり、それが他の人に活力を与えているのだと分かった。
私ももっと人の役に立ちたい、そう思わせてもらった。
「よし!元気が出てきました!私のできることをやりましょう」
そういうと私は救護室の方に足を向けた。
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