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歴史の陰 無口が世界で愛されるのには理由がある  作者: かづ


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信じる力⑤


祭りの二日目以降は大きな出来事もなく順調に進んでいく。


公爵邸では公爵閣下が王都へ出張になった後は至って平穏だったし、国賓の対応はあったものの、それほど忙しいという訳ではなかった。

何度かお茶会を開いて臣下の婦人子息令嬢たちと共に話した時には、先日の精霊騒動の話にもなったが、私が考えているよりも皆前向きに捉えているようだった。少しの不満を感じさせる者すらいなかったのだ。


皆公爵の高潔な思想に感銘していたし、自分たちの忠誠を尽くす相手としてとても誇りに思うという話まで聞こえて来た。


自分の考えた状況が杞憂に終わるのであればそれでいいのだ。


そう考えつつ、本当に順調に予定が消化されていった。

全てが導かれているかのように何の問題もなく時が流れて行った。


対してロレンスの方は、情報収集と人の記憶を上書きするような方法に出ていた。

ロレンスが好んで使うあの喫茶店はそういう情報の取り扱いもする特別なお店だという事をつい先日教えてもらった。


そこでは噂を通してあの時の美談を少し変えるような方向で話を持っていくようにしてもらっているそうだ。

かなり話をしっかり分かってもらわなければ、聞きかじりでは中々上手くいかないような気がしたが、そういう事も含め言葉を操るプロだとロレンスは絶対の信頼を置いている集団らしい。

そこに出入りする従業員は勿論仕入先や客として来ている人間もほとんどがエージェントとしてやってくれているらしい。



人の記憶というモノはかなり曖昧である。


大勢が同じものを見ていたとしても、全てを完璧に記憶することは出来ない。向こうの世界のように映像記録装置というモノが無いのだから、多くの人が「こう言っていた。これに私は感銘を受けたんだ」と自信満々にいう事になるとそう言っていたように感じさせることもできるようになる。


そしてそれが悪意ある間違いとか方向違いの言葉であれば、容易な事ではないが、今回のように公爵の精神性を褒める方向性であれば、少し言葉が違う形になったり、尾鰭背鰭がくっつく程度の内容の物であれば、そこまで抵抗なく受け入れられていく。


そういうボタンを掛け違ったくらいの変化を上手く訂正してつなぎ合わせることがあの喫茶店関係の人間はできるのだそうだ。

それぞれの領地ではそういう独自の情報機関を持っているのは当たり前だとロレンスは言っていた。


やはり血筋だけではなく、優秀な人を囲うような仕組みをしっかり持っているのだろう。



そして祭り期間も終わり、貿易船の面々もそれぞれの岐路に着いた。


賑やかで華やかだった期間が終わりを告げ、後片付けと共に日常の雰囲気も戻り、私はどこかホッと一息つけるタイミングに感じていた。

あれからあの精霊は戻ってくることは無く、街の皆も農村部の民衆たちも大きな問題を起こしたり、不満を言う人間が出てくることもなくこの一週間程度無事に過ごせていたからだ。


何はともあれ普段通りの生活ができるとは有り難いことだ。




だが、この気が抜けたタイミングで起こるのは用心し準備していたところでない、無防備な方向からやってくるものだ。




それは明け方の一番暗く静かなタイミングで起こった。



全身を突き上げるような縦揺れが起こって目が覚めた。


久しぶりというか、この体になって、つまりはこの大陸で経験する初めて感覚。

地震だ。しかもかなり大きい。


それが分かった瞬間に対応できるのは、元日本人の特徴かもしれない。


私はとりあえず、窓から離れた位置にあるテーブルの下に身を隠す。

すると次の瞬間先程とは違う、横の大きな揺れが起こった。そしてこれは長い間揺れ続けた。体感で1分くらい。中々揺れが収まらない事で大災害を予感した。

窓ガラスなどもガタガタ言って(ひび)が入り、下の方から悲鳴や叫び声も上がったが、まだ揺れ続けていた。


そして時間と共に揺れが小さくなり、収まると同時に私は行動する。

幸い公爵邸はこの揺れで崩れることはなかったようだ。勿論並べてあった絵や花瓶などは落ちたり扉が開いたりという事はあったが、大体がきちんと整えられていた為、被害は小さいように見えた。

扉も歪んでなかったようで開くことに安心して、廊下に出るとマリーが駆け寄ってくるところだった。

来てくれたマリーに自分は大丈夫だと伝えた後、公爵邸の皆に声を掛けるように指示を出す。

「急ぎ皆に庭に出るように言いなさい!次の揺れは間もなく来ます!」

「え!また来るのですか?」

「早くしなさい!それから火は消す様に言いなさい!急いで!」

これは命令だと分かるように強めに指示を出した。マリーは駆け出し大声で皆に知らせる。

私も取り敢えず上着を羽織り庭に出る為廊下を急ぐ。こういう災害時、ちょっとした傷でも後々面倒になることもある。月明りのお陰で真っ暗ではないにしても足元のガラスなどには気を付けなければならない。


庭に出るとすぐに案の定次の揺れが来た。先程とほぼ同じくらいの大きさの揺れだ。

まだ室内にいた人達から悲鳴が聞こえてきた。


庭に出ている者に声を掛け、鐘のような街中に響く物はないのか聞いて、あるならそれをしばらく打ち鳴らしなさいと伝えた。

「しばらく揺れは何度も来ます。揺れが小さくなるまで建物からは離れておくように、崩れる恐れがありますから」


本来ロレンスやお義母様がやった方が良いのだろうが、緊急事態だからそれを促し待つのも勿体ないと思えたからだ。


しばらくするとロレンスとお義母様も庭へと出てきた。

格好は私よりはしっかりした格好だが、そこまで準備した格好でないので、急いで出てきたのは分かる。

私が陣頭指揮を取っているのを見て、特にお義母様がなんだか意外そうな顔をした。


しかしお義母様は「ステファン、無事だったのね」とすぐに安心して私を抱き寄せてくれた。

「はい、こういう事には慣れているので」というと流石に首を傾げたが、そこにロレンスがやって来て、「君がまだ地震はあるといったと聞いたが、本当か?」と聞かれた。

「おそらく、動き出したものが急に止まらない様に小さくなっていくとか揺れと揺れの間が空いてくるなど緩やかな変化を感じてくれば収まったと判断するのが妥当でしょう。それより住民に公爵邸の方に上がって来るように伝えた方が良いと思います。足の遅い者もいますから、すぐに伝えることをしなければいけません。とにかく高い所に行くように伝えて欲しいのです」

「それは何故だ?」

「津波が来る恐れがあります。あれだけ大きく地面が揺れたのですから海の方でも波が出来て、陸を飲み込む様な大きな波が来る可能性があります。しばらくは低い場所にいるよりは高い所に避難するために移動をするように伝えてください。片付けや日々の仕事は数時間後に波が来ないことを見た後で十分です。それからお義母様、この公爵邸周辺で民衆が過ごせるように水や食料の確保の指示をお願いします。私が出すよりもお義母様に出していただいた方が速やかに心地よく皆安心して行動できるでしょうから」


ここの使用人たちは私が慣れた感じで事態に対処し指示を出しているから、皆どこか安心してそれに合わせるようにしてくれているが、内心来たばかりの小娘に任せて大丈夫なのか責任とれるのかと引っかかっている所があるだろう。

慣れている人が慣れていることをすることが一番安心できると思う。


しかし街の方ではよりパニック状態になりやすい。

おそらく誰もが初めての体験に違いないだろう。それを誰が落ち着いて事態を把握し、誰が適切に行動をすることができるだろうか。


寝静まった時間帯だったので、火事は今のところないが、もしかすると日が明けてこれから火を付けようとする人なども出るかもしれない。勿論ここの建物はレンガ作りだからそこまで火には弱くはないが、度重なる余震に驚いて火傷の恐れはある。建物も今は崩れなくても今後の揺れには耐えてくれないこともあるだろう。

そういった諸事情と未だ余震が予想されるのだから、いつもの生活を始めるのではなく避難を始めて欲しいのだが、その声は遠くの方まで届くには時間がかかる。


少し太陽が昇ると見えていなかった物が見えてきた。


見たくないモノが見えてきた。


それは崩れた建物を含んだ様変わりしてしまった光景だった。何度も見ていたここから見える街並みが至る所で崩れてしまっていた。

またよく見ると泣き叫ぶような人もいれば、暗く項垂れた人もいると分かる。


呼びかけの声、名前を呼ぶ声、子供の泣く声が、警鐘が鳴り響く隙間から聞こえていることに気づいた。


太陽が昇り切った時にはここが地獄に様変わりしたと誰もが感じただろう。


そしてそこに白波が迫ってくるのが見える。私の眼はかなりいい方だが、公爵邸から見ている私以外の人もおそらく海の異変には気づいたかもしれない。

私が思っているより波の到着が早い、もうそこまで時間がない。今からロレンス達が騎士を率いて移動を促す様に声を掛けても避難できる人数もたかが知れている。


泣き叫ぶ子供の姿や、崩れた壁の下敷きになっている人、急いで助けようとしている人や、茫然と崩れてしまった建物を眺めている人が私の頭でグルグル回る。波はもう間もなく来てしまう。

私だって人間だ、こんな絶望の状況で全てが丸く収まるような正解を出し続けることなどできる訳がない。


パニックからもう茫然となり、時間と共にやってくる波を受け入れ、民衆が押し流されるのことを覚悟することも頭を過った。


だけど、最後の最後までもがき、やれることを全てやるのが私の主義だ。

そう決めていたからこそ、止まろうとする頭を殺し、後先考えず行動に移した。

「サリバン!港に消波ブロックを作ってください!」

「消波ブロックですか?」

「私の思考からそれを再現してください」

「なるほど。分かりました。でも、お嬢様良いのですか?」

「構いません!後のことはその時考えます」

「畏まりました」


サリバンの体が発光し、ふわりと宙に浮いていく。

サリバンはある程度の高さまで上がると海に向かって手をかざすと、海に今まで無かった消波ブロックが海底からいくつも湧き出して列をなした。


第一波の波がそこでぶつかり、勢いを削がれたがそれでも港を超えて海水は押しあがっていく。一部ブロックも押し流されるほどの勢いで津波の破壊力を実感した。そして港を乗り超えた海水は街へとどんどん入り込んでいく。どこまでも上がっていくのか分からない水位の上昇で人々はさらに混乱を極めた。空の木箱以下の重さの物であればなんでも流していく。一部馬車さえ流されて行くのも見えた。街はとんでもない混乱状態になっていった。



最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。

大変うれしく思います。

読者の皆様が幸多からんことをお祈り申し上げます。


面白ければ、評価やブックマークをつけていただけると大変ありがたいです。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

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