信じる力⑧
公爵邸に帰ると暗くなったこともありロレンスも帰って来ていた。
公爵邸の前に騎士たちが集まっているのが見えるので、その中心であるロレンスは当然帰ってきているだろうと予想したのだ。
私は気づかなかったが、どうやら私を警護してくれていた騎士が付いてくれていたようだ。
それは私が公爵邸に近づくとレオンが合流して来たから分かった。おそらく遠巻きについてくれていたのだろう。
「お嬢!お疲れ様でした。流石の手際の良さでしたよ。バーンベルクのゴッドハンドは伊達じゃないですね」
「それ、ここで広めたら、タダじゃ置きませんよ。お嬢様が嫌がっているの分からないの?」
とマリーが代わりに言ってくれた。
昔私が薬師のシェルに付き合って実験を兼ねた実地訓練を重ねていた時にどこからともなく言われ始めた二つ名のようなものだ。
こういうのは褒め称えてくれている時は良いが、どこかで期待に応えられなかった時に悪口として使われることもあるのだから、喜んでばかりいてはいけないと感じるのだ。
だからどうせならそういうのを付けれたくはない。全ては自己責任でありたい。謂われのない高尚な名前まで背負いたくはない。
私はステファンという名前以上のことは出来ない存在でいいのだから。
「まあ、俺が何かしなくても、別の呼び名が付きますよ、その内、きっと」と言って笑いながら、悪びれもせずに目の前に見える騎士の集団に走って合流していった。
叶わいで欲しい予言を言われると呪いのように聞こえてしまうんだからやめて欲しい。
「お嬢様が嫌がることを笑って済ませるって・・・・、あいつは今後ジャガイモ刑に処しましょう」
ジャガイモ刑は食事がジャガイモしか出て来なくなるという処置である。
以前の山菜の件でも分かる様に、肉が無いと辛い、悲しいと感じる騎士が多いのだから、かなり嫌な刑罰に位置している。
マリーは私の為に結構怒ってくれているようだ。
何も言わなくても分かってくれる人がいるのは、どんな時でも心を強く、上を向かせてくれる。
そんな事を考えながら、公爵邸に入ると侍女頭を務めているラニが出てきて「奥様がお呼びです」と教えてくれた。
「分かりました」と返し、後ろをついて案内を受ける。
談話室に通されて、そこにはもう既にお義母様とロレンスがソファに座って待っていた。
ここにジュリアが通されていなかったのは、年齢ゆえの経験不足があったためだろう。
私が席に着くと早速本題に入った。
「二人ともお疲れ様。今日は本当にありがとう。あの人がいない時にこんなことが起こるなんて・・・、とても心細い思いをするかもしれませんが、私も何とか皆の為に手をまわしますので、引き続きお願いしますね。私が何か指示を出す前から、二人ともよく働いてくれたことに感謝していますのよ」
お義母様の様子はたった一日であるものの、酷く疲れているように見えた。
言葉からも、公爵が不在であることで責任者代行として振舞わなければならないことが、実務的にも精神的にも一番辛く感じ取っていたのだろう。
ちなみに、サリバンが精霊の力を使ったことや私がお願いしたことなどは、質問攻めにあうことは無い。というか他の人には記憶が曖昧になっているのだ。
精霊とは力を使っても分からない存在、いつの間にか居て、いつの間にか消えていて、いつの間にかそうなっている存在として受け入れられている。
だから、そういう『いつの間にか都合が良いようになっていたこと』はここの人は「ご加護があった」と表現にしているのだ。
こういうことをハッキリ覚えていられるのは私のようなちょっと変わった人間だけらしい。
「これから、まだ続く揺れと、食料の配給方法や街の立て直しなど、色々決めなければならないことが山積みで、それについて皆に相談しておきたかったのよ。もう私も直面している問題に手一杯で、そんな未来のことを考えるのはとてもとても・・・。早くアンドレアが返ってきてくれると良いのだけど・・・・」
ため息交じりで愚痴が漏れるほど疲れが表に出ているようだ。
普段ならば、笑顔絶やさず、上品で、ゆっくりと、そしてふんわりした人なのだが、今はトゲトゲした重苦しい印象が現れていた。
「母上、街の方については私が代わりに指示を出します、配給方法などについてはお任せください。あと基本は元通りに建て直す方向で進めることを考えていますが、この期に街の皆から不満点を挙げてもらって、使いやすいように変えるのもありだと思っています。おそらくそこまで大きな変更にはならないと思いますが、港は変えることになったとしても問題ないでしょう。当面の問題は未来予想図よりも、流されたり、使えなくなった瓦礫の山をどうするかでしょうか。・・・私は海に入れてしまって、踏み固め地面が増やせないかと考えているのですが、どうでしょうか?」
この世界には電化製品というような物や、プラスチック製品という物はない。ある意味大体が循環できるようなものが多いといえる。
少し海を汚すようで気が引けるが、埋め立て地を作るのも手かもしれない。
「そうね。・・・・でも、こういうのは私も簡単に決断できないわ。それはアンドレアが帰ってきてから決めた方が良いのではないかしら。ただ瓦礫の置き場所としては港付近に置くことにしましょうか。どの道一番被害が大きい所ですからね。そこを集積場として集めて置くようにと通達を出しましょう」
「あとそれから亡くなった方達の対処ですね。葬儀を我々でまとめた形で執り行う方が良いと思うのですが・・・」
「今はまだ行方不明という形で、探し続けている人もいますよね。諦めず瓦礫を取り除いている人もいるでしょう。葬儀とするは、一つ区切りをつけて、諦めた形になる様に感じるでしょうから、線引きが難しいわね。・・・かと言って、アンドレアが帰ってくるのがいつ頃になるのかまだ定かではありませんから、少なくとも連絡が入った後、半月はかかるでしょう。そう考えるとそれまで探し続けるのが適切か・・・・、こういう問題はどう考えるのが良いのか、決められないわね。決めたい気持ちと、決めたくない気持ちが本当に半々で、本当にどうしたらいいものか、・・・辛い決断ね」
二人が考えあぐねている状態で硬直したからか、ロレンスが私に目を向けた。
「ステフ、君はどう思う?」
「そうですね、お義母様の気持ちはとても理解できます」と言って、判断材料として適当なモノを提供できないか、考えてから言葉を繋げた。「私の知識では多くの人は三日間が限界で、それを過ぎると助かる見込みが急激に減ります。つまりそれまでに発見できない場合は亡くなったと思った方が適当のように感じます」
「早くないか?」
「確かに、どこかに流されて無事生きている、ただただ辿り着けない人もいるかもしれませんが、埋まってしまっている場合や流されて発見されない場合は、水や食事など補給ができない状態ですので、多くの人は三日間生存できるかどうか・・・、ギリギリを踏み越えたとしてもおかしくない時間という事です。普段から特殊な修行をしている人で在れば、乗り越えて生きていることもあるかもしれませんが、いきなり起こった揺れに対して、万全の準備が整えられていた人などいる訳がありません。だからそれまでに助け出せるように夜を徹して捜索するのがよろしいと思います。夜は静かになって物音も響きやすいです。危険は付き纏いますが、今が無理をしても捜索する意味が在る時間だと思います。ですのである程度騎士を動員するなどして人をかけて捜索をすることが良いと思います。私もこの後また着替えたりしてから、治療に向かいたいと思っております」
「なるほど。ならば捜索もそのようにしよう。そして、見つからない者には気の毒だが、線引きをすることを納得できるように伝えるしかないか。それも私の役目だろう」
「今は夏と言えど、体には気を付けてね。そういう準備には手をまわしてありますが、完全に全員分があるわけではないモノも多いのです。今日周辺地域の領主にも応援をお願いしましたが、対応には時間もかかることでしょう。・・・もうそのことで今日は私、本当に忙殺されていましたのよ。手紙の文章から誰に当てて出すかまで全て一人ですし、応援が無理なく、重ならない様に調整して、頼れる人も限られておりますし、もう本当に、疲れましたわ」
「最後の責任、決定はこちらに意見を仰ぐことが多いですからね。ステフの話ではないですが、今は頑張り時だと思いましょう。実際住む所を無くした者も大勢いますし、家族さえ亡くした者もいるのですから・・・」
「そうれもそうね。忙しい位で文句言うなんて、・・・幸せよね」
その後も少し細かな話を詰めた後、軽食を食べた後仮眠を取り、救護所へと向かった。
それからは忙しいが、濃密な時間だった。
翌日には来るときに出会った、あのハーメルン商会の商会長ルカ・メルカンテ自らが衣類や食料などの物資をわざわざ運んできてくれた。
数台の馬車一杯に物資を届けてくれる様は、出会ったときの弱々しい老人の姿ではなく、目に力強い光を宿したやる気に満ちた頼もしい姿をしていた。
その後も方々から物資が届く。
多くの地から届く品には、必ずと言っていいほどに励ましの手紙が添えられていた。
ジュリアもキャロルも炊き出しの手伝いをしてくれている。
大人や子供という区別なく、全ての人が自分のできることを他人の為に働いてくれている。
多くの人が今目の前のできることを手伝って動き回っている日々になっていた。
街の皆が一つの生き物のように動いているのだと気づいた。この動きは生命の営みのようだと強く感じたのだ。
こういう困難な状況が人の在り方をもう一度見つめ直し、思い起こさせてくれている気がした。
それは損得とかではなくて、人間の中心にある信じるモノが真ん中に立ち上がれば、自分が何をしなければいけないのかを感じ取れるようになるのだろう。
信じるモノとは確証がある訳でなくても、付き従える、己を預けられるモノのことだ。
そしてそういうモノをこういう困難な状況で改めて皆が確認できたからこそ、一つになれるのだ。
街の人と触れ合うというのは、いつも多くのモノを齎してくれる。
来たばかりで、知り合いもいない状態であったのだが、今回の出来事で私は役目を果たしていく内に、多くの出会いと共に街に根付かせてくれる切っ掛けにすることができた。私の存在を認め、受け入れる環境が整ったと言ってもいい。
勿論民衆にとっては受け入れないという選択肢は存在しない訳だが、それでも身近な実体のある存在に感じられるか、良く分からない雲のような存在として見られるかの違いは大きいといえるだろう。
結局、人は触れ合える存在にしか信頼を預けることは出来ないのかもしれない。
神々を信じることも大切だが、目の前にいる人の方が信じる力が大きいのではないかと感じた。
だからかもしれない。
ここでは神々はどこにでも宿っていると言われているのだ。
ありとあらゆるモノに神々は宿っている。
そういわれている。
それはつまり、人にも宿っているのだ。
それをぞんざいに扱うのか、丁寧に扱うのかが重要になるのは当たり前で、だからこそ、因果応報があると信じられている。必ず自分に返ってくるのだ。情けは人の為ならず、自分の為だという事にもつながっている。
目の前の人には神が宿っていて、それを通して自分を見つめることで、更に自分は上の階段へとステップを踏み出すことができるようになっている。
一期一会というのを大切にしていくのはこういう事かと思える時間となっていた。
そういう時間を過ごしていると、公爵閣下も帰って来て、公爵邸の皆は勿論、街の民衆も皆、心強さが増して、笑顔も増えた。
まあ、その時にはもう既に事態も沈静化してきていたというのもあるし、街を作り変えることも視野に入れた話し合いも行われるようになったというのもあるだろうが。
全てが上手くいく流れが出来上がっていたのだ。
誰かが頑張ったのではない。皆が作り上げた流れだった。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
精鋭の読者のお陰で続けられています。
本当にありがとうございます。
今回は大分時間がかかってしまいました。書く時間が取れないこともありますが、なんだか物語から外れた言いたいことを詰め込んだ話に感じたので、修正するのに時間がかかりました。
これでも言いたいことを書いただけにならない様にしたつもりです。読みにくいようであればすいません。
本当に読んでくださる皆さんには感謝しております。
この章はこれで終わりにして次に向かいます。また読んでくださると嬉しいです。
どうぞよろしくお願い致します。
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