信じる力③
突然現れた初対面の精霊テオが己を信仰し、己の下で働けと言って来た。
それならば生かすが、それ以外は殺すというようなことを言っている。完全に無茶苦茶な要求と思えた。
しかし、それを聞いた民衆の反応はそれぞれだった。
多くの人はどうしようと考え相談しているし、中には簡単に賛同するから助けて欲しいという人も現れたように見えた。
勝手な行動で誰かが一線を越えその場の雰囲気がガラリと変わることを防ぐためにも、守りの態勢になっていた騎士を押しのけて公爵が一歩前に出て大声で言葉を出した。
「精霊のテオよ!あなたの神は本当に信じるに値するのか?」
「ん?どういうこと?僕の神を貶めようとしているの?」
「あなたの神は我らを作ったのが失敗だと思ったのだろう?間違いを犯したのだろ?そういう間違う神を君は信じている訳だが、君への好意もまた間違いだと思う日が来るのではないか?それはいつまでも変わらないと言い切れるのか?そういう癖のある神を信仰している君は、もし自分を嫌いだした時、その神を信じ続けられるのか?我々の神々は言葉こそ発しないが、それは我らの全てを受け入れ、用心深く行動しているからだと思っている。今まで天候不順や強風などの試練はあったが、我々は嫌われているなどと思ったことは無いよ。全ては我らの為に起こったのだと思っている。私は我らの神々を信じるよ。君を信じたと言っても今までお世話になった神々への信仰までなくすことは出来ないからね」
この言葉を聞いて今まで提案に悩んでいた民衆は心がまた動いたように感じた。
迷っていた顔が、それぞれの眼に光が入り、心が傾いたように見えた。
「おじさんは僕の信仰を試しているの?この精霊である僕がそんな言葉で動くことは無いよ。僕を信じないで、自分たちの神を信じるって、君たちになんにもしてくれない神をどうしてそんなに大事にするのさ。本当にそんなに大切なの?いつもは忘れているのに。僕たち精霊には、君たちの心の声が分かるんだよ。今だって多くの人が僕の話に賛同しながら聞いてくれているし、君の言葉にはどこか胡散臭い、偽善だと思っている人だっているんだよ。僕たち精霊は人間と違って嘘は言わないからね。疑う必要はないよ。そういう僕と比べて何にもしてくれない神と嘘をつく人間を本当に信じて自分の人生を決めていいのかな?」
何の悪意も感じさせない率直な言い方で、言っていることは間違いなく本当で本心であるように思えた。
だから精霊の言葉で民衆はまた心が揺れるように騒めきが起こる。
自分のことを小出しにして知らせて人々の信頼を集めたいと考えているのだろう。
表情は分からないが、ボディランゲージも別にこっちを馬鹿にしているつもりでも、罠を張っているようにも見えない。
ただただ真心からこちらを説得してくれているように思えた。
しかし公爵もこんな駆け引きは何度も乗り越えてきている。余裕ある表情でテオに言い返した。
「そうか、だがな、君が嘘を言えようが言えまいが、言葉には嘘を含められる要素があることを皆知っているさ。今の君の話だって、君の賛同している数は言わないし、私の反対者の数も言わないのだから、君の話が本当のことだけだとしても、全体を推し量り、私の意見が不利だとは思わないよ。それに私は皆が私に付いてきてくれると信じているからね。何もしてくれないから神々は大切ではないと言う奴がいるのであれば、それは君を崇拝したとしても同じように不満を持つのではないかな?何かをしてくれるから大切にして、何にもしてくれない奴は大切にできないなどと言う奴は、そもそも人間ではないさ。おっと失礼。君の言い分では何かをしてくれて、話を聞いてくれる存在が良いのだったな。それは精霊と人間の能力の違いからくる価値観の違いなのかもしれないな。人間は、いつもは忘れていたとしても、何にもしてくれなくても、大切なモノ、かけがえのないモノを蔑ろにした訳ではないんだ。人間は大切なモノ掛け替えのないモノを本当に信じていると、それを当たり前だと捉えて考えることを止めるだけなんだ。息を吸わなければ、数分も生きていられないからと言って、常に空気について思いを馳せている人間がいないのはその為なんだ。だから生きる時に神にいつも頼ることなどしないで、自分たちのことは自分たちの責任で、自分たちでやるのが人間なのだよ。その上で、誰かの為、何かの為に己を捧げることができるのが人間なのさ。近しい家族の為かもしれないし、好きな恋人の為かもしれない、主従関係や師弟関係という存在かもしれない。神からいただいた命をそういう大切な関係の為に己を懸けるのが人間だ。神に頼り、指示を仰がなければ動けない奴など、そんなのは人間ではなく、ただの人形だよ。我々は神々が何も言わなくても、何もしてくれなくても、今を作ってくれたという事実だけで、感謝しているし、それが在るから信仰は止めることは出来ないのさ」
「ふーん、おじさんの言っていることは立派だけど、心の中はそこまで立派じゃないみたいだね。今でも迷っているじゃないか。本当は不安で、自分だけで判断して口に出していることが恐ろしい、不安だと思っているじゃないか。国王に相談した方が良いかもしれないとか、民衆は自分に賛同してくれるか疑い、不安でいるじゃないか。僕は本当に全て分かっているからね。おじさんが願っているような言葉は言わないよ」
「ふふ、私の心中を代弁してくれてありがとう。精霊は違うのかもしれないけれど、人間であれば、誰もがこの不安や迷い疑念と共に生きるのだよ。そうやって不完全な自分を少しでも神々のような完璧な存在に近づけようとしているともいえるな。だから君の言葉で私は、いや我々は信仰や信じるモノを変えることは無いよ。君のような率直に言葉を伝えてくれる精霊は初めて見たよ。今後我らは信仰対象ではなく、友人として協力ならできるが、どうだろうか?」
「うーん、ああ、もういいや、大勢いるところからやった方が効率的だと思ったけれど、こういう相手がいると上手くいかないね。他の所で信者が増えてくれなければ、また来るよ。もう少し伝える内容を変えた方が良いのかな。でもね最初に伝えた、神が人間を滅亡させても構わないというような話は確かだから。僕は助けたいと思っているのも本当だよ」
「そうか。気持ちだけもらっておくことにするよ。神々が人間を滅亡させるつもりであれば、一瞬で出来るだろうし、そうなる様に世界が仕組まれているのであれば、我々は甘んじて受け入れるべきだろうね。ここで逃げようと考える者は神の理を超えられるとか神々にどうにかしたら勝てるとか騙せると思い上がった者だともいえる。本当に信仰している者であるならば、どうであれ神々の決定を感謝をもって受け取るさ。君が手を尽くせば助けられるというのであれば、そうなのかもしれんが、私はそれを信じるよりことより、自分の神々が世界に必要なことをしてくれているのだと思う事にするよ。神々から逃げた事実を抱えて、神が作ったこの世界を君を信仰して生きるなんて不遜にもほどがあると私は感じるからね。もとより神々に不可能はないし、逃れることは出来ないと思っているのだがね。誰がどうにかしても、必ずなるからこそ、神々は偉大だともいえる。因果のような神がしたとしか思えない巡り合わせはこれまでも見て来た。だから君の申し出は有難いが神が望むのであれば、我々は受け入れることで以って、神々への今までの感謝と神の期待に応えられなかった不甲斐なさを謝罪することにするよ」
「本当に手強いね。おじさんは」
「ちなみに精霊のテオはそこまでして我々を生かし、何をさせたいと思っているのだい?神が滅亡させると言っているのに残そうなどと考えるのはどう考えても不義理だと思うのだが」
「別に何をさせるかなんて決まってないんだ。ただ君たちの好きなように生きてもらおうと思っている。だって君たちは自分たちの欲望を叶える為であれば、世界を壊すことも正義にできるじゃないか。そんな生物人間しかいないんだよ。そういう人間がいなくなったら、神だって世界を見るのをつまらなく感じるに決まっているのだから。どうなるか分からないハラハラドキドキすることが無くなったらつまらないだろ。それならば僕が代わりにこっそり残して、神たちを楽しませなくちゃいけないって思ってね。それじゃ、じゃあね!」
これでいう事がなくなったのか西の空へと飛んで行った。
多くの者が茫然とそれを眺めていて、次第にざわつき出す者が現れ始めたところで、公爵が大きな声で皆に呼びかけた。
「みんなの者!聞いてくれ!そして今日ここに居なかった者にも伝えて欲しい!」
この声に多くの者が己の声を潜め、聞く姿勢に変わった。
性格がバーンベルク領とは違っても、上位の者への忠誠度はそこまで違わないのかもしれない。
「今日来た精霊の話は私が急ぎ、国王へと報告に上がる!」
こんな類を見ない事態は流石に公爵自ら報告に上がる必要がある。
街の情勢が変わったわけではないのだから、皆納得の様子で話を聞く。
「そして、皆は今日の話のような甘い話には騙されないような心を作ってほしい」
公爵がいなければ、バラバラな行動を取っていただろうと思える。
実際、バツの悪い顔をしている者もチラホラ見受けられた。
「神々がなぜ我々を作ったのか、我々に何を求めているのか、考えることをやめてはならないのだ」
今までの精霊テオとの対話を聞いた者は神妙に頷いた。
「答えは人それぞれ違うという事もあるだろう。真逆の者だっているかもしれない。しかし、神がその者を作ってたことに変わりはない。だからそれぞれがそれぞれのペースで考え続けて欲しい。一人一人の役割は相応に用意されているのだ。そして忘れないで欲しい。所詮我々は神の作った世界にお邪魔している存在であることは変わらない。自分のことだけを考える人間を悍ましいと感じるようになっているのも、欲深い人間をけがわらしいと感じるようになっているのも、全て神がこの世界で生きる者に与えた必要な能力である。であれば、我々はそうならない生き方をするべきだ。そうならない様に自分を制御しなければならない。今まで我々が平和に暮らせていたのは、きっとそういう事が出来ているからだと思う。今まで通り生活しながら、日々自分の行動を省みて改める、これの繰り返しをこれからも励んでくれ」
公爵の言葉に皆納得し、頷き、拍手が送られた。
満足そうに公爵は民衆を眺め、再度手を挙げ静めたあと口を開く。
「今回の夏祭りは例年通りとはいかないこともあるだろうが、祭りを奪う事はしない。祭りとは本来神々に感謝をささげる為にあるのだ。だからいつもよりも盛大に祝い、感謝の祈りを捧げて欲しい。珍しい客人の話と共にこの日を新たな記念日にして楽しもうではないか!」
公爵が拳を突き上げると民衆もそれに応じて、今までの様子を一変させて歓声と歓喜の拍手、指笛が鳴り響いた。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
精鋭の読者のお陰で続けられています。
本当にありがとうございます。
何とか思った通りの着地ができましたが、時間がかかりました。反省しています。
中々まとまった時間を確保できず、苦慮していますが、最後まで楽しんで書いていきたいと思います。
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今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。




