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歴史の陰 無口が世界で愛されるのには理由がある  作者: かづ


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人生に自由がない⑪


更に待つ事一時間。

お茶などは出されたが、他は音沙汰がなかった。

部屋や庭を見ると、規律正しく、無駄がなく、今いる自分の所と比べると、確かに格が違うとしみじみ思った。

ここにいる時には気づかなかったが、そういう細やかな面が自分にもようやく理解できる目が備わったようだと気づいた。


そんな自分の成長とも現状への不満とも取れるモノを見い出した時にドアがノックされた。

許可を取り入ってきたのは、黒髪で目がクリっとしていること以外は平凡に見える少女だった。

「初めまして、わたくしがステファン・バーンベルクです」


バーンベルク?あの、バーンベルク?え、嘘、聞いてない!


その挨拶の言葉だけで、頭が混乱して、少女から目が離せなくなった。


こんな平凡に見える少女がそんなバカな。


婚約者について情報を得るために色々な人から話を聞いたが、名前とロレンスとの親密度、軽い見た目の話は聞いたが、家柄については誰も特別なことを話してはいなかった。


そもそもここら辺の民衆はバーンベルク領が遠いこともあって、伝説上の存在だったり、物語上の架空の血筋だと思っているところがある。私だって、知識として名前を聞き、武勇伝や物語を読んだことがあるが、血族の人と会うことは初めてだった。雲の上の存在であり、ある意味国王よりも遠い存在だと思っていた。それは国王はたまに視察でこちらにいらっしゃることがあったからで、私たちにはある意味身近に感じられる存在だった。


だからバーンベルクなんて言葉が出て来た時点で相手の強大さや特別性を感じずにはいられなかった。


バーンベルクと言ったら、国を守る要であり、武勇伝は数知れず、死よりも名誉を尊ぶと言われている。また女性は騎士たちをまとめ治療を施す腕の良さから聖女として尊敬されていた。ある意味この国の宝であり、憧れの存在だと教えられるのだ。

国王の偉大さよりも彼らが国王に忠誠を尽くす姿を教えられるから、国王とはそれだけの価値がある存在なのだと理解する人の方が多いと思う。

3万年無敗はそれだけ絶対的な印象を人々に与えていた。


そんな幻獣とも神獣とも考えられて崇拝されている存在がバーンベルクだ。距離的にも会えるものではないと思っていた。

バーンベルクが身近にいる人の気持ちなど、考える必要ないと思ってもいた。


しかしここは公爵家だ。それはこの国では国王の次の位を意味する。

そこに嫁ぐ家で、バーンベルクと名乗るのであれば、偽者ではないことがすぐに分かった。

もうすでに名前負けを感じた。しがない子爵家では最初から全く相手にならないと心底分かった。


気持ちが沈み、言葉が出ずに、俯いて固まった。


それを見て彼女が私の異変に気付き、少し顔を覗き込むように様態を確認しながら、声を掛けてくれた。

「お加減が優れませんか?お待ちいただく間に何かありましたか?」

「あ、いえ、大丈夫です。失礼しました。わたくしはキャロルと申します」

下を向きながら、最低限の言葉を吐き出し、頭を下げた。


今まで対決姿勢を取ってきたが、相手があのバーンベルクでは勝ち目がない。見た目も一見平凡に見えるが、よく見ればすべてが一級品であり、それをさりげなく身に付け、物に振り回されていない様子が分かると、彼女が超一流であることを感じ取れた。


偽者はいつも自分より目立つ物を身に付けて誤魔化さなければ、自分を誇り、自信を持つことができない。

隣りにいると自分が道化だと否応なしに区別される。

あまりにも自分がみすぼらしく、卑怯で、優位に立てるモノが何一つ見つからず、涙が込み上げてきてしまった。


名前を告げただけで、涙を流し、俯いてしまったので、ステファン様も慌てて指示をだし、メイドたちを走らせた。

「とりあえず、外傷や発熱はありません。落ち着けるハーブティーを持ってきてちょうだい」

「「畏まりました!」」

「立てますか?あちらで少し横になってください」


なんだか思わぬ方向に話が向かっていく。

まだ挨拶だけしかしていないのに、私は全てを出し尽くした気にさえなっている。


あまり固持しても相手の心配が解消される訳ではないので、言葉に甘えながら自分の心を落ち着かせ、これからどうするか考えた。


このまま何も言わず、帰ろうか。でもそうするとこれから私は何をして、どう生活したらいいのか分からなくなる。今までのことも全て無駄になる。貴族に舞い戻るというような夢を自分から閉ざすことになりかねない。だからと言って、彼女とことを構えて私に何が勝てるのだろうか。年齢はまさっているが、相手は伝説、いや神話級の家柄だ。ただの小娘だと見ていた自分が、家名を聞いただけでここまで相手が大きく感じるとは思わなかった。もう一層死んでしまいたい。


黙っているとどんどん自分が落ち込んでいくようだったので、もう一層のこと、懺悔して全て自分の思いも吐き出して、身軽になろうと思った。だってもうその方が新しい自分に成れると思ったから。自分で考えて自分で良いと思ったことをやるとどんどん深みに(はま)っていくのだ。占いでもなんでも頼りたいと思うのが人間だろう。


大きなソファの所で体を起こして「あの突然ですが、私の話をお聞きください」と断わって話を始めた。

ステファン様は頷き、私の側で椅子に座り話を聞いてくれていた。


「実は私は・・・」と今までのことを全て話した。

ここでメイドをしいて、公爵に色目を使い、乳母へと左遷され、ジュリアの宝石を売っていることがバレて辞めさせられた事。

今は娼婦として働いている事。

最近ロレンス様に近づいて誘惑しようとした事。

ここに来たのはステファン様を動揺させようかと思っていた事まで話した。


「しかし、バーンベルクというお名前を聞いて、諦めました。もとから私は何をやっても上手くいきません。世界に嫌われているのだと、そう思うほどにどうしようもないのです。だからロレンス様の妾や愛人になって貴族社会に復帰できるのではないかと期待したのも、きっと叶わない願いなのだと思います。本当にお恥ずかしいのですが、もうどうしたらいいか分からないのです。私は何が悪いのでしょうか」


長々と一気に喋って、自分が上手く伝えられたかどうかも分からないが、ステファン様は黙って最後まで聞いてくれた。

そして一旦目を瞑り、息を吐き、私の質問に答えてくれた。


「キャロルの悪い所は一つです。自分のやることを真剣に見ない事です。おそらく真剣だった時もあるかもしれませんが、それを維持できない事です。それさえできれば、あなたは世界から嫌われると感じることは無いでしょう」


私が長々と喋ってたことに対してあまりにも簡単に答えられて、頭が追い付かなかった。


「やることを真剣にしていないという事ですか?」

「そうです。あなたは今ここに来たのもそれが理由です。あなたは毎日初心に返る様に心掛けた方が良いです。あなたは違う事を志していたはずなのにそれを忘れるのでしょう、もしくは野心や欲望に囚われてそっちに引きずられるのだと思います」

「では、それを治せば私は思い通り生きることができるのでしょうか」

「それは・・・違います。あなたの思い通りに世界が動くのではなく、世界の動きにあなたが合わせることができるようになると、全てが上手くいくだけです。あなたは嫌な思いをすることもあるでしょう、損をすることもあるでしょう、ぶたれたり怪我をすることもあるかもしれませんが、それで世界が上手くいくようになっているというだけです。あなたが思い描いた未来が常にやってくるという意味の話ではないという意味で違います」

「え」

「気づきにくいですが、世界に合わせることが本来の動きになります。考えてみてください。あなたが産まれたのはあなたの意志でもなければ、あなたの思いを汲んだわけでもありません。突然何故か自分ではどうしようもなく、必要とされたから産み落とされたとみる方が適していると言えます。だからあなたが自分の都合で動くのではなく、世界の都合で動けばその力を最大限に生かせるという意味です。そうなる様に生まれているはずだからです。だからあなたが決めたことをただ真っ直ぐに行動することを心がけてみると良いのです」

「え、・・・でも、それで今の現状になった、と思うのですが・・・」

決めたことを行動しているのはいつでもしている。

何が言いたいのか話の筋が見えなかった。


顎に手を当てて目線を下に落とし考えて、もう一度私に向き直り話を始めてくださった。

「分かりにくいですか。そうですね。ではこういいましょう。今の現状は悪くないのです」

「え?」

「あなたは薬草と雑草の違いは分かりますか?」

「はい。薬草は傷や病気に作用してくれて、雑草はそういう効能がない植物です」

「そうです、人間の都合で決めただけの違いです。つまり、植物同志でいえば、種類の違いがあっても仲間なのです。あなたは自分が薬草であったとしても、他の薬草になりたいとか雑草の方が良いとそれに成れないか右往左往しています。本来の薬草であるという事を忘れて。つまり、あなたのままで良いのだと分かれば、全てが上手くいきます。そうなるように生まれてきていると言えます。誰かの代わりになる様に行動するのは貴方を不幸にしたと分かりませんか?」


漸く分かった。

ロレンス様が貪りが悪だと言っていたのも、これと同じかもしれない。

自分はヴァネッサの代わりになろうして駄目になり、乳母という役目をせずに物欲に溺れ、婚約者の代わりになろうとして今に至るのだ。

方向をただ真っ直ぐに自分の目指す方向に向いていたら全く違う現状があったはずだ。


そして、今はマスターと約束していたのだ。あの時娼婦として生きると決めたはずだった。

それを色々なことがあり、自分で向く方向を変えてしまっていた。死ぬ思いで生き方を決めたはずが、違う道があると思い込みつられてしまった。それでまた失敗だと騒いでいただけだった。なんて身勝手なんだ自分は。

生き方はマスターの面接に合格した日に決めていたはずなのに、それを全くすべて忘れて落ち込んでいただけだった。


「分かりました。ようやく分かったのですが・・・でも、私はそれが、今の現状が、嫌で、辞めたいのです。勝手かもしれませんが、嫌なのです、どうしたらいいでしょうか」

泣きながら思いの丈を伝えた。(すが)る様に願いを込めて伝えた。


ステファン様は少し溜息を吐き、腕を組んで、目を横に逸らされた。


おそらく、自分勝手なことを言っているのだと自覚している分、対応に困っているのだろう。

自分勝手だと思うのであれば、(あらた)めろと言いたいのを我慢しているようにも見えた。


「あなたは他に何かやりたいことがうまれたという事ですか?それとも逃げたいから嫌だという事ですか?」

「どちらかというと後者です。親に謝りに行きたいとか今まで迷惑をかけた人達に謝罪したい気持ちはありますが、それよりも現状を続けたくないという気持ちの方が大きいです」

「はぁ。そうですか。であれば、続けなさい。そしてもっと自分の行動や仕事にやりがいや楽しさを見い出す努力をしなさい。自分の仕事はどうやったら喜んで貰えるかを考え行動しなさい。厳しい言い方に感じるでしょうが、そういう眼を養わない限り、どんなことをやっても全てが嫌で面白くない、退屈だと逃げ続けることになります。そしてこの眼を養う行動は一生続くものです。それを常にできるように養い続けるのです。そうすれば、あなたも世界の素晴らしさに気づくでしょう」


そういわれると逃げたくなる気持ちが湧いてきた。


だけど、それで逃げるのであれば、話を聞いた意味がない。

話が自分の都合のいい言葉を得られなかったから、聞かなかったことにするのであれば、これは迷惑をかけただけになる。今までそうやって迷惑をずっとかけ続けてきたのだ、私は。

そこまでしっかりと受け止めて、「分かりました、言われた通りしてみます」と言って頭を下げて離れを後にした。




私はその後帰ってから両親に手紙を書いた。

今まで迷惑をかけたことを謝罪し、今はそれでも元気にしていると書き、お金を添えて送った。

仕事の方も真剣に取り組んだ。


嫌々やるよりは確かに何かが変わったように感じた。

いきなり凄い結果も得られるわけではないが、続けることで目に見えない信頼とか実績だとかが積み上がっていくのを感じた。


これが言われていた事の効果かなと思っていると、ある日私に結婚を申し込む人が現れた。


それは公爵邸に居た時からの知り合いで、度々私に情報を持ってきてくれたり、旧メイド仲間に連絡を届けてくれた人だった。

彼は騎士団に勤めている男爵家の人だったと思う。

昔は私と付き合うには家格が合わないと思っていたらしいが、今ならという事で声を掛けてくれたらしい。


これはどうしたらいいのだろうか。

またステファン様に聞きに行くべきだろうか。


しかし簡単に会える人ではない。そこでマスターに相談した。

ここの責任者は彼なのだから、私がどうしたらいいか迷うよりはまず相談しようと思ったのだ。


「全てを知った上で君を欲する人がいるのであれば、君の好きにすればいい。どの道、年季は世間一般では結婚するまでだ。ここもそうする者が少ないだけで、ない訳ではない。君の場合ならば結婚と共にここを退職しても構わないさ。相手や家族を思って、幸せにしてあげなさい。それさえ忘れなければ、きっと君も幸せになりますから」


とんとん拍子で、退職まで決まってしまった。


ステファン様が言っていた話はこういう事だったのか?

それともロレンス様のいう運命とはこういう事なのだろうか。


人生に自由があるかどうかは知らないが、自由がなくても別に良いと思えるようになっていた。

だって目の前のことに向かうしかないのだから。



最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。

大変うれしく思います。

読者の皆様が幸多からんことをお祈り申し上げます。

漸くこの章を終わりにできました。

ここまで読んでくれている方には本当に感謝しかありません。

ありがとうござます。

次の章も含めて最後まで書き続けたいと思いますので、これからもどうぞよろしくお願いします。


面白ければ、評価やブックマークをつけていただけると大変ありがたいです。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

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