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歴史の陰 無口が世界で愛されるのには理由がある  作者: かづ


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人生に自由がない⑩


プランBはほとんど役に立たないと分かっていても、(すが)りつく思いで進めた。

自分の精神性と上級貴族の精神性が全く違うと分かった今、これを推し進めたところで相手は全くグラつくことは無いと思えるのだが、そうはいっても揺らぐかもしれないという僅かな希望だけで進めた。


だってあんな綺麗事を誰もが持ち続けることができるなんて信じられないのだから。

もっと()()()()()汚くて、弱くて、欲望まみれな人がいるはずだ。いない方が可笑しいのだ。だって世間にはそういう人が(あふ)れているのだから。


そのプランの内容は周囲の人間による印象醸成である。

所謂(いわゆる)外堀(そとぼり)から埋めるというやつだ。


ある意味そのために一ヵ月近くロレンスと街中をぶらつき、民衆にそのイメージをすり込もうと必死にあがいたともいえる。

だから民衆は皆私がロレンスの恋人であると、恋人といかなくても、想いが通じ合っているないしは親密な関係であると印象付けることで、周囲のそういう事かという了解を醸成したのだ。


人目を気にすることなく、堂々と二人きりでいたのだから、全く無関係な人間とは思わない。きっとそれなりの関係だと噂になる。そしてこの年齢の人間であれば、誰もが察することができる関係は一つしかない。だって男女の間に友情など存在しない。利害の関係も含め肉体関係は必ず想像されるのが当たり前なのだから。()()()()は必ずそこに行き当たる。


私は必死に大丈夫だと自分に言い聞かせた。



これに対して今度来る婚約者が嫌気をさして、もしかしたら婚約を破棄して帰ってくれたりするかもしれないという思いで少しのお金を使いながら噂として広まる様に手をまわした。


予算としてはもっと多くのお金が必要だと思っていたが、案外簡単に済ませることができたことに私は笑みを浮かべた。

それだけ一ヵ月という期間は有効に機能したといえる。噂を出そうとしなくても多くの人は私が思う通り、それを見て、想像して邪推してくれたのだ。


屋敷の旧メイド仲間に少しお小遣いを渡し、一緒にお茶でもしながら、噂を聞かせてあげれば勝手に広がることになる。そういう人選をしたのだ。


この状況に対して婚約者がどういう反応をするのか、祈る様に結果を待った。


じりじりした気持ちが焦りや短気という形で表面に現れ始めた頃、噂の火消しにロレンス自らが動き出したと聞こえて来た。

噂というのは決して消せない臭いのようなものだ。

時間が消したり、当たり前だと思うようになると分からなくなるが、その噂を消そうと試みている間は、逆に燃え上がる炎のように纏わりつき絡みつく。

だから私は愉しくなり(わら)いがこぼれた。


この捉えどころのないモノが情報というところの(たの)しい所である。


騒げば騒ぐだけより強く燃えてくれ、臭いはその騒いだ分だけ濃く強烈に感じさせてくれる。


そしてこれは民衆から見たら次期領主のスキャンダルだ。誰もが関係のある大事なことだといえる。


領主夫人という立場は直接的に関わることは無くても、大切な人であるということは誰もが分かっている。

次期領主であれば、完全に自分たちに関わってくる。

ある程度領主の裁量で様々な変更が可能であるのだから、常に気に掛ける存在といえる。

他の領地運営を知らないが、ここの領地では良いと思われる外国の文化や取り組みを積極的に取り入れることがあるのだ。

それに振り回される形で影響を受けていた民衆はそれなりにいる。だから次期領主夫妻の為人(ひととなり)や精神状態、機嫌は自分たちの生活に無関係とは言えなかった。

だから次期領主の振る舞いには皆どことなく気にかけているのだ。


あと、幸いなことに、この噂のお陰で私を抱こうとする人間は減ってくれた。

店としてはどう思っているのか知らないが、別に何にも言ってこないので問題ないのだろう。

表向きはウェイトレスの仕事もしているのだから、働いていない訳ではないのだから私も気兼ねはしなかった。


ただ私は世間の噂のほうが気になって気になって、あまり仕事が手についていないことが多かった。



時間が経つにつれ、噂は下火になったようだ。


本人の周りには噂という臭いは強烈に付き纏ってくれていた分、世間一般の様子には疎かになりやすい。いつの間にか消えているなどザラにある。


そうなったのは婚約者がこちらにやってきて、ロレンスと一緒に街に出ていたという目撃情報が出回っていたからだ。

偽者は本物の威光には抗えないのだと痛感したが、そんなことは最初から分かっていたことだ。

ここでお手上げだと降参するくらいならば、最初からプランBなどに託そうなどと期待を持たない。

ここから揺さぶりをかけ、抗う覚悟があるからこそ希望を見い出しているのだ。


ロレンスとその婚約者が一緒に出掛けたのは一日だけで、それ以降は姿を見せていないらしい。

その時の様子などを聞いても、あまり気にかけてもらっていない様子が耳に入る。そして何か特別な対応もしてもらえていない様子を聞くにつれて、まだ私にチャンスがあるのだと思えてきた。


二人の仲が深まっていないからこそ、そこに勝機を見いだしたい。


それには手をこまねいている様では逃してしまう。だから勇気を振り絞りこちらから攻める為、行動に移した。

攻める時にやることは一つ、相手の弱い所を突くことである。それを徹底することこそ、弱者の戦い方だ。

どんなに大きな相手であれ、弱点は必ずある。弱者は手を緩めたり、手加減する必要などない。殺す気でかからなければ弱者は勝者になり得ないのだから。


相手の弱点は勿論婚約者である。

まだ来てから日も浅く、ロレンスとの仲も深くない。15、16歳の小娘であり、精神的にも肉体的にも一番脆いはずだ。

ただ、ここへどうやって接点を持つかという事が一番難しい問題であった。


しかし、幸運なことに彼女はジュリアの離れに出入りしているという話を聞くことができた。

何をしているかまでは分からなかったが、あそこに出入りしているという事は裏道を使えば、本館の人に気づかれることなく会うことができるかもしれない。

ジュリアとも関係は悪くないはずだ。こちらの味方になってくれるだろう。


そんな憶測を基に今日婚約者のステファンという小娘に会いに行くことにした。


裏道は以前と変わりないようで、そこを通って離れまで近づくことができたのだが、離れまであと少しというところで、騎士見習いと思われる人に会った。

何食わぬ顔で「ごきげんよう」と挨拶を交わし、離れに向かおうとしたが、通用せずに誰何(すいか)される。

「えーっとどのようなご用件でしょうか?」

「私はジュリア様の元乳母で、偶に顔を見に来ているのです。あの子は寂しがり屋ですから、それが募り募ると気性が荒くなることもあります。だからこうして偶に来るのですよ」

こんな出任せではあるものの何とかそれが通じたようで、「そうですか、ご苦労様です」と言われ別れた。


こんなところを警備している人は以前はいなかったから驚いた。

良いことをしている訳ではないと自覚している分、染み出る汗を感じて急ぎ足で離れへと向かった。


離れに着くとそこの入り口にはメイドがなぜか出迎えの為ずらりと並んでいた。

「「いらっしゃいませ」」

「!」

連絡もせず来たのになぜここに6人もメイドがいるのだろうと気味の悪い気分になって言葉を失ってしまった。

しかしよく見ると、そこには見覚えのあるメイドが何人もいたので、少し砕けた感じで聞いてみることにした。

「あなた達、久しぶりね。元気だったかしら?」

「お陰様で、充実しております」

「ジュリアは元気?中に入らせてもらってもいいかしら?」

「ジュリア様はただいま予定が詰まっておりまして、お会いするのは難しいかと存じます」

「最近のジュリア様はとても一生懸命学習されているので、どうか再度、お日を改めてください」


このメイドたちは私を中に入れさせないためにここに待機していたようだ。

ジュリアがそんなことをいう訳がないと思って、ちょっと強い態度で出ることにした。


「あの子は私が会いに来たと知ったらきっと喜ぶわよ。それなのに確認もせず私を追い返そうとするのは、メイド失格ではないかしら」


メイドたちは互いに顔を見合わせて何やら相談している。

「メイド失格」の言葉がどうやら効いたようだ。


なんだか馬鹿っぽいが彼女たちは平民のメイドだったはずだから、こういう応対には慣れていないのだろう。

そして示し合わせた結果、出された答えが、「では中でお待ちください、確認してまいります。ただ先程も申し上げましたように、今取り込み中なので、お時間を取ることができるかどうかわかりません。ご了承ください」だった。


ジュリアの立場も大分変わって、私がいた頃よりも色々制約があるのかもしれない。


こっちとしては今日は時間はたっぷり余裕があるのだから、問題なかった。むしろ、長時間でもなんでも待って、何としても婚約者と遭遇したいとさえ思っているのだ。

だから「構わないわ。私はあの子の邪魔になりたいわけではないのだし、都合がいい時に会えればいいのよ。今日は暇ができたから来たの。何時間でも待たせていただくわ」と答えた。


時間は昼下がりから夕方に変わる時間帯。

私のいた頃であれば、ジュリアはお昼寝を終えて起きて、お茶でも飲んだりする心の緩む時間帯だった。

そこを狙って来たのに、ジュリアは一向に私の所に来る気配がない。


一時間近く待った時に、若いが目つきの鋭いメイドが入ってきた。

この子は見たことが無かったので、少し気圧されたが、丁寧に挨拶された。

「初めまして、この離れの管理を任されております侍女のマリーと申します。キャロル様で間違いございませんでしょうか?」

「ええ、そうよ」

「本日どういったご用向きでしょうか」

「久しぶりにジュリアに会いたいと思って来たのだけれど、お邪魔かしら」

「そうですか。それならばこれからはご一報くださいませ。こちらから招待状をお送りいたします。それを持ってきてくださるとスムーズにお会いできるかと思います」

とても威圧感のある対応に少し気持ちが押されてしまう。でもこちらは昔馴染みという間柄なのだ。少しは強気に出てもいいだろうと思い、「随分な言い草ね。私はジュリアの元保護者だったのよ。ジュリアにあなたのことを言いつけるわよ。昔はこんなことする子ではなかったのに、随分変わったのね。悲しいわ」と言って向こうを引き下がらせたかったが、逆に出てきた。

「ジュリア様は公爵令嬢でございますので、元保護者ともあろうお方がその身分差を認識せずに現れるなど聞いたことがございません。悲しむ前に立派になられたと感銘するところではございませんでしょうか。もう花嫁修業も始まっておりますので、気軽にお会いできると思われるのはいかがなモノかと。元保護者であればご理解いただけるものだと思っております」


とても冷静に、こちらの不手際を突き、ぐうの音も出ないような正論が突き刺さる。


婚約者と会う前に大ダメージを負ってしまった。それでもここで下がっては何のために来たのか分からない。建て前はジュリアであるが、本音は婚約者に会って話をすることだ。だから話を変えることにした。

「あなたの言う通りね。もう立派な公爵令嬢になったのだもの、喜んで上げないといけないわね。ところで、こちらにロレンス様の婚約者が顔を出すと聞いたのだけれど、いつ頃来るのかしら。ぜひご挨拶したいのだけれど」


すると目つきの鋭さが増したように思った。一瞬背筋に電気が流れたような、室温が下がったような感覚に襲われた。

「お嬢様に何か?」

少し低くぼそりと尋ねられた。


「え、ええ、ロレンス様とも知らない間柄でもありませんでしたから、お祝いの言葉やちょっとしたアドバイスを差し上げようかと思ってね。私はロレンス様に色々なことをお教えした経験もあるので、お役に立てると思っているのです」

少し引き攣った笑みではあったが、善意を全面に出して答えると、メイドがスッと頭を下げた。

「左様ですか。しばらくお待ちください」

そういうと礼をして、後ろに下がっていった。


なんだかわからないが、あのメイドなら婚約者を上手く呼び出してくれる気がした。



最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。

大変うれしく思います。

読者の皆様が幸多からんことをお祈り申し上げます。



面白ければ、評価やブックマークをつけていただけると大変ありがたいです。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

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