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歴史の陰 無口が世界で愛されるのには理由がある  作者: かづ


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人生に自由がない⑦


ロレンスからデートに誘われた結果となった。


昔の私ならば、ようやく自分の順番が来たと喜び浮かれていただろうが、今の私にはそんな気には全くなれなく、とても不安定になるのを感じた。



昔の私は、ヴァネッサが妊娠して妾として扱われるようになった時に、次は私の番だと喜んだものだが、違っていた。

妊娠して公爵の欲望のはけ口として役に立たなくなったヴァネッサの代わりとして、次こそは私が選ばれるべきだと考えて、少しずつ公爵に近づいて行ったのだが、それが在る時公爵夫人の目に留まったようで、私は離れのヴァネッサの側仕えとして送られることになってしまった。その恨みを少しずつ少しずつジワジワとヴァネッサにぶつけていたのだが、ある時()()してしまった。


こんな程度で死んでしまうなんて、どれだけ甘やかされていたのだか。


そしてヴァネッサの子供から宝石を貰いながら悠々と生活していたことが、ある時バレて追い出された。ある程度証拠も揃えられていたからどうすることもできない状態だったし、反論しようにも誰も助けてくれるような状況に無かった。そして家に帰ったのだが、子爵家として公爵家を追い出された私は当然居場所などあるはずもなく、勘当を申し渡された。子供に対して何の愛情もなく、冷たい親だと思った。

皆自分のことを心配して、自分の生活で手一杯になり、誰も優しさなんて分け与えようなど考えない。私は世界に冷たくされているのだ。いつも世界は私に冷遇を強いているのだ。


私だって落ち着いて考えれば、どこにもおかしいところはないと思う。

しかしやっている時はそれが正しいと思っていた。それが正義であり、私の自由の為に()()()()()()()()と思って疑わなかった。


この世界には二種類の人間がいる。ヴァネッサのように上手くやった人間と、私のように上手くやれなかった人間だ。


上手くやったやつは幸せになり、上手くやれなかった人間は私のようにどんどん下に落ちていくことになる。

いつも次は上手くやろうと思って挑戦しているのだが、どうあがいても上手く運ばない。そしていつしかどうすることもできない窮地に追い込まれるのだ。

どうして上手くいかないのか、何が上手くいかない原因なのか、さっぱりわからなくて、私は人生を呪っていた。


宝石だって、ジュリアから貰ったモノであり、私が()()()()奪い取ったことはない。ただ私に下げ渡すように促しただけだ。そうすることが良いことだと教えただけだ。そうすることができる主になれるように育てただけだ。

清貧を教え、着飾ることよりも素直に他人に利する行動ができる人間に育てただけだ。悪い事なんてしていない。そのお陰でジュリアはいい子になった。私にとっても都合のいい子になっただけだった。

それが公爵夫人の令嬢像と合わないモノだっただけだ。

私の計画は何の不備もないはずだ。



そしてまた次こそは上手くやろうと心に決めることになった。


ただ家を追い出された私を雇ってくれるところは中々ない。

考えた末に、娼婦になる決意をした。

それこそ崖から飛び降りる様な気持ちで決意をしたのだ。


今の私に選べる人生の中で一番良い物がそれであると思えた。


私に平民と一緒になり、暮らすなんてことは選べないと思ったから。それであれば、娼婦になった方がましだと思ったのだ。


それで一番品格のある娼館としては、表は喫茶店を営んでいるここが良いと思った。


ここは品の無い輩は出入りできるようなところではないからだ。いくら落ちたといっても、こういうところでなければ私に相応しくない。そう思ってここを選んだ。


そう思っていたのに、マスターから言われたのは「あなたの決意は分かりました。ですが、それは本物だと証明できますか?」だった。


私は勿論、絶対に揺るぎのない物だとはっきり答えてやった。


「では窓の外にいる、あの男と寝てきなさい」

そうマスターから告げられた。

窓の外には、ボサボサで明らかに数か月洗っていない事からくる妙な光を帯びた髪で顔を隠した無精ひげの男が、建物と建物の間に挟まって蹲っていた。


あいつと枕を共にしろと言ってきたマスターの話を聞いて、頭に血が上り、机に両手を叩きつけた。

「なんでですか!ふざけないで!」

「あなたの決意が本物であると証明するためです。どうですか、できますか?」

マスターは相変わらず、涼しい顔をして何の変哲もない様子のままに応えた。


証明したいが、それは嫌だと心の中で何かが引き裂かれていき、涙がこぼれた。

「あなたの決意はその程度の話なのです。本物の決意が固まったら来なさい」

そういってマスターから追い払われることになった。


私は追い出され行き場を失い、トボトボと歩きながら考えた。


本物の決意。


確かに本物の決意と呼べるものが私にあったのかと言われると分からなかった。


一体本物の決意って何?どうしたらそう呼べれる物ができるというのだろう。


そう考えた時に、ヴァネッサの顔が頭を過った。



ヴァネッサは()()した。

その時の様子は知らないまでもおそらく本物の決意を持っていたのだろう。

本物の決意が無ければ、あのような真似できる訳がない。


決して『楽をしたい』、『幸せになりたい』、『穏やかになりたい』なんてことで選べる選択肢ではないのだから。


そう考えると自分が取っていた態度は、どこか自分の決意を邪魔していることに気が付いた。

ヴァネッサを思い浮かべたので、自分の決心との違いが良く分かった。


だから私はそれをハッキリと見せるためにもう一度マスターの所へと向かった。


「本物の決意を見せることができるようになりましたか?」

そう少し笑みを浮かべたマスターの顔を見ながら、真剣に冷静に射殺すように睨み付けながら答えてやった。

「ええ、出来たわ。だけど、平民と寝るなんて、真っ平ごめんよ」

腰に手を当てて、堂々と胸を張り宣言してやった。


だがマスターは軽く頭を振って、話にならないという。

「では、ここでは雇えませんね」


だから私はニヤリと笑い、行動に移した。

「だからもし雇ってもらえなければ、ここで死んでやろうと思って来たの。私はここに命を懸けてきたのだから」


そういって、隠し持っていたナイフで首に一突きしようと振りかぶったところで、マスターは私の手の甲を足のつま先で見事に打ち抜いた。

手の甲の骨が何本か折れたのではないかという激痛に襲われ、ナイフは地面に転がった。


身のこなしは騎士のそれとは違うが、明らかに熟練の技を思わせるそれであり、ほっそりとした体から(みなぎ)る何かを感じた。


「ふぅ、娼婦が自分の体に傷をつけるなど何を考えているのですか」

「・・・っつう、もういいのよ!私の人生はここで終わっても、それが私の生き様よ!平民と寝て、平民として生きるのなんて私の生き方ではないのよ!私は私にふさわしい男以外、誰にも触れさせるつもりなんて無いのだから!」

涙をこぼしながら全力でそれを告げた。


ところがマスターは吹き出した。

「ブッ、ハハハ、それじゃ娼婦になれないじゃないですか」

一頻(ひとしき)り笑った後でマスターは言葉をつづけた。

「でも、ここで働く娼婦にはそうでなければいけません。みすぼらしい男と簡単に寝れる様な女はここには相応しくありません。そんなことをする奴でしたら、違う娼館に案内するところでしたが、いいでしょう。ですが、娼婦とはお客様に体を許す者です。己で相手を選ぶ権利などありません、それはどうしますか?」

また試すような目で私を見通している。

私は死ぬ気で娼婦になると決めたのだ。その強い気持ちのまま答えた。

「フン、そんなこと分かっているわ。今まで言ったことは、ただのキャロルの言葉よ。ここで雇われるのであれば、それは娼婦キャロルの話になるのよ。娼婦キャロルはここのお客様に対して全身全霊で対応するわ。当然よ」

馬鹿にするなという気持ちを込めて睨み付けて答えると、マスターもいつもの胡散臭い笑顔に戻り、対応してくれた。

「そうですか、わかりました。ならば、これからよろしくお願いします。詳しい話は奥の方でいたしましょう」

「分かってくれて嬉しいわ」と睨み付けながら答えた。

そういった私を奥の部屋へと向かわせた。



「もう少し早くその決意を見せていれば、ここに来ることもなかったものを・・・これも神の導きですかね」




それでようやく雇われ、ロレンスと出会った訳だが、ロレンスの昔を懐かしむような言葉に決めていた決意が揺さぶられた。


初めてのお客の相手が終わり、涙したときのこと。

毎日複数人を相手にしていると自分が考えていた娼婦の姿以上の泥沼を感じ、嫌悪と吐き気が纏わりついて離れなかった。


そんな中に出会ったロレンスの話は、飛んでもなく辛く苦しく私の心をめちゃくちゃに乱した。


決めていた決意が溶けるように崩れていく。

自分の決意とは本当に一瞬で瓦解し始め精神的にも肉体的にも堰を切ったようにこぼれていくのを感じた。


だから最後にロレンスがデートに誘ってくれたのは何かの兆しに感じてしまっていた。

それが不安定な私にしてしまっていた。


これがロレンスが言う運命というのではないかと都合よく解釈したい気持ちと、今までの決意が揺さぶられ崩された時の悪い蟲のような、甘い誘惑のような、そういう悪魔の仕業のようにも感じた。


分からない。

どうしたらいいか、迷い、考え、どう動いていいのか分からなくなっていた。


そこに私の脳裏で「これはお客様の要望である」という言葉が響いた。


であれば、私はどうするか。

最善を尽くすだけである。

それによってお客様がどうなり、私を求めるようになってもそれはそれではないだろうか。

私は職務に全力を尽くす。

それが私の生き様になったはずだ。


そう自分に言い聞かせて、ロレンスとのデートに臨んだ。


デートに至ったが、どうした物か、私は確かにロレンスよりは年上だが、男性とデートというモノ自体ほとんど縁がなかった。


貴族令嬢は婚約者となった人とデートをするが、それの内容について一般的な話というモノはあんまり聞いたことがない。

普通は晩餐会、パーティーで一緒にダンスをしたり、相手のお屋敷に赴きティーパーティーをする程度の話しか聞いたことが無かった。


劇場とか行くのかしら。食事はレストランより正直お屋敷の料理の方が良い気がするし。何をするのか私も知らないわ。


デートという言葉も平民がするものというイメージの方が強い。小説で偶に見るが、貴族が平民の行動を真似るのはそれはそれでなんだか本末転倒な気がする。


私に依頼したロレンスが悪いだけで、私は新たに心に決めた「お客様に対して全身全霊で対応」を心がけるだけである。

思ったものと違ったり、私を意識するようになったとしても、それはそれだろう。

私は自分に正直に自分の全力を尽くすまでである。思ったのと違うと言われても、頼むところを間違えているのだから当たり前でもある。


そう思うようにして自分なりの本気をぶつけることにした。


デート当日。私は全力でロレンスの婚約者になり切ってみた。

私の中では、婚約者とは性的欲求のはけ口だ。好意を向けられる対象であり続けるものだ。

自分を意識させ、色々と尽くしてもらえる対象であるはずだ。


取り敢えず自分では買わない不必要だけどあったらいいなというモノをねだったり、服やアクセサリーを求めたりして街を練り歩いた。

体を寄せて自分に気を持たせるように振舞うことも忘れない。

ベタベタと引っ付きながら少しのことでも彼が喜ぶように振舞う。

私がこうして尽くすのだから、相手も尽くしてくれるのだろう。


好きでもない人と一緒に歩いているはずなのに、少し意識している自分に気づき、ちょっとバツが悪く感じた。


もっとプロフェッショナルな気持ちでお客様と対応したかったのになんだか情が移っていくのだ。


これは全力で演じた結果であろうか、それともこれが運命というモノだろうか。

また自分がどこに向かったらいいのか分からなくなってきていた。

上手くやるにはどうするべきか・・・・。


最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。

大変うれしく思います。

読者の皆様が幸多からんことをお祈り申し上げます。


面白ければ、評価やブックマークをつけていただけると大変ありがたいです。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

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