人生に自由がない⑥
「ロレンス様」
「ああ、約束通り来たぞ、キャロル」
そうキャロルの反応に満足して、笑顔で挨拶を交わすと、あの時のようにスッとマスターがキャロルの隣に現れて「あちらの部屋へとお通ししなさい」とキャロルに伝え、礼をしてすぐに立ち去った。
「では、あちらでお話をいたしましょう、どうぞこちらへ」
そういって以前使わせてもらった部屋へと案内される。
今日は護衛や使用人を連れずに、所謂『お忍び』で来た。
こういうことはあまり褒められたことではないのだが、偶にはこういう行動を取らないと息が詰まる上、頻繁になりにさえならないのであれば、周囲の者も文句は言わない。年に1、2回のことであり、本当に偶にしか使えない手でもあるのだが、それを今回思い切って使った。勿論周囲の人間には行先は言わないまでも、「日中出かける。羽を広げる為だ」と伝え、それに相当する分量のやるべきことはこなし、周囲に迷惑が無いように図ってもいる。今まではほとんど馬に乗って駆けていたが、今日は街に出ただけのことである。
案内された部屋は多少の違いはあるものの、数年前の当時の雰囲気がそのままになった、あの気持ちのいい応接室だった。
あの時との違いは、18歳になって自分の背丈も伸び、もう一人前の騎士とさほど違わなくなっていること。
そして彼女の方はそれほど変わりなく感じるが、艶めいていて女性としての魅力が、あの時とは違った意味で増しているように思えた。
私は彼女の分も含めてお茶を出してくれるように頼み、あの時と同じように向かい合って席に着いた。
最初は少し申し訳なさそうな素振りを見せたが、席に着き、笑顔を作り、一口お茶を飲む姿は、あの時を思い起こさせた。
「ここに来たのは、君と会った時以来だが、変わらないな」
「そうでしょうか」
彼女は立場が全然違うのだから、少し苦い顔をした。
だがそんなことを気にすることなく、爽やかに応えた。
「ああ、ここの景色や部屋の趣も君の美しさだって変わらない、むしろ増したくらいさ」
こんな少し軽い言葉に彼女は素直に嬉しそうにしてくれた。
「あらあら、お上手になられて。ロレンス様だけは随分と変わられたようですね」
「そうかな?体は大きくなったが、それほど変わっていないと思うのだが。でも最近少し荒っぽくなったって母上はボヤいていたよ」
多分、騎士の訓練をしていくうちに、野外活動や手荒な事柄にも関わるようになった影響だと思う。自分では周りの騎士達から見たら随分大人しい人間だと思っているのだが、どうも女性から見るとガサツだと言われてしまうようだ。
「それでも、あの時と変わらない距離感でお話ししていただけるのは嬉しいです。ありがとうございます」
この言葉は心から思っていることの様だった。
「そんな、礼を言われるようなことではないさ。それにしてもここで働くなんて意外だったな」
「ろ、ロレンス様はここがどんなところかご存じでしたか」
少し焦ったような表情に変わり、顔が引きつった。
「ああ、まあな、これでも次期領主だしな、ここが裏で売春宿をしていることは知っているさ」
「そうでございますか・・・」
裏でとは言ったが、公認の売春宿である。
表向きというかほとんどの営業は少しお高い喫茶店を営んでいるだけなのだが、一部の富裕層や外国の商人が秘密裏に頼むことができる仕様で、テーブルの一輪挿しの花を使い暗号を伝えることで案内される、一見の客お断りの秘密クラブである。
その関係上、態度の悪い者に関しては、公爵が直々に処罰、排除に当たるという事になっていた。
それだけにマスターは我が公爵家と縁の深い人間といえる。
以前使ったときは全く知らなかったが、これも数年間後継者教育で学んだことの一つであった。
彼女は一瞬暗い顔に変わり、どこか後ろめたい気持ちを持ったように見えたが、次の瞬間には吹っ切れたように、そこから一気に雰囲気を変え、力を抜いて誘うようにこちらを覗いてきた。
「では、今日は私を抱きに来たんですか?」
彼女の態度は男を刺激できる方法をしっかり理解している姿に映り、随分こなれた様子に少し唾を飲んだ。
しかし、そんなことで揺らぐようでは、公爵として人を裁くことは出来なくなる。そいうことが身に染みて実感するほどにこの数年の出来事は分厚く、大切なモノであった。
人が人を裁くことの重さを嫌というほどに学んだのだ。
これは本当にどこまで行っても悩みの尽きない行為だと、いつも私を悩ませている。
だから彼女のこんなことにも迷いもなく笑顔で応じることができた。
「フ、まさか、これから婚約者を迎えるのに、そんなことするはずないだろ」
それでも彼女は真っ直ぐに私を見つめ、吸い込まれる様な瞳を向けて話をする。
「いいえ、別におかしいことではございません。それは貴方様の自由でしょう。公爵だってそうしていたではありませんか」
この眼差しが真剣であり、彼女の揺るぎない信念を感じた。
でもその信念の置き所は自分という我儘の温床に由来していることが良く分かった。
だから少しおかしくなって笑ってしまった。
「自由か。昔私もそれを求めたり、そういう解放を必要とした時期があったな」
自分より年下の私が彼女の信念を小ばかにしたように感じたのかもしれない。
少し焦りのこもった声に変わった。
「なんですか、それは。私何か間違ったこと言っています?」
「ああ、間違えているよ。まず自由という言葉は我らに当てはまることは無いさ」
「はい?どういうことですか」
「つまり、公爵家の人間が自由なんてクダラナイものを求めたりしないってことだ。自由ってものはさ、奴隷が求める物だ。もとから縛りの無い自由な人間には必要ないのだよ。逆に縛りや規律を愛し、守り貫くことに美学すら感じる。それが貴族の生き方に通じているのさ」
「っく、じゃあ何ですか!私が自由求めようとするのは、私が奴隷だからという事ですか!」
「自由を求める人間は全員奴隷だ。気づいていようがいまいが、求める人間は本質的に奴隷だろう。だって元から自由を感じている人間ならば、求めることは無いんだから」
「馬鹿にしないで!私は奴隷なんかじゃない!」
彼女は立ち上がって、俯きながら声を張り上げた。
少し言い方が良くなかったかもしれない。私もまだまだ父上の様にはなれないな。
そんなことを思って、少し言い直す。
「そうだな。君は奴隷ではないさ。だから自由なんてものを求めるのはやめなさい。きっと君は自由ではなくただ自分が何者かを知りたかったんだよ」
「自分は何者か?」
「そう、私も自由を欲していた時は、この人生を本当に自分の人生かどうか考えていたから。生まれた時から真っ直ぐに作られた道があるようで、そこを歩くことが本当に自分の人生と呼べるのかと分からない気持ちになっていた。与えられただけで、選んでいないとか、自分が介入する余地というモノが無いように思っていたんだ。だからそこに自分色の何かを付け加えようと必死になって、自由というモノを掴もうとしていた。でもさ。それはどんなにその時良いと思ったことでも、後から見ると全部余計なモノに見えることに気づいたんだ。余計なことが悪い訳ではないが、良くもない。ただ思い返した時に恥だったり、誰かに迷惑の掛かる物だったりと、本当に余計な事だと分かった。それで気づいたんだ。自由というモノ、それをどこか捉えそこなっているんじゃないかと」
あの時は自由を感じる為の条件という事にどこか誤りがあったのだ。
自由とは自分の思い通りにすることではない。
「この話は少し癪に思うのだが、一番腑に落ちた言葉で、運命論というモノがある。運命論というのは、自分に必要なモノは全て与えられている、ただ信じるだけで十分という話だ。私たちは自分に与えられた意味を探そうとしていた。これは本当に自分のモノで間違いないのだという確信を持ちたかったといってもいい。だけど運命論はそれを運命という言葉ですべて包んでしまっている。その運命をただ信じ、それを受け入れて進むと、・・・驚くほどに自由になれた。自由を忘れ、ただ運命という鎖で縛られたように感じるかもしれないが、受け入れてみると不思議とすべてが自由に感じられ、道は開かれていることに気づけたんだ。おかしいだろ?これはやってみないと分からないかもな。私もそうだったんだから」
「そんな、私の人生は、そんな簡単なモノじゃないわ!とても受け入れることなんてできなかった!」
「自分の人生が別のどこかに在って、それを掴もうとしたのか。なるほど。それで自分の周りの戒めを自ら断ち切ろうと藻掻いた訳だ。そして今の状況に至った。それで満足しているならば、仕方ない」
「良い訳ないじゃない!こんなクソみたいな人生早く捨てたいわよ!」
「ならば、さっさと捨てればいい」
「・・・・」
「捨てられないのであれば、今を受け入れ、尽くすことだ。それで道は開かれるようになっている」
「そんな、・・・そんなこと。・・・信じるなんて・・・」
「運命は嫌っている時には必ず苦難に映る。逆に好いて受け入れると全く変わっていないはずが、なんだかすべてが輝いて見えるようになるんだ。私はそれを実感した」
「でも。どうやったら、受け入れるなんてできるのよ」
「規律を愛し、節度を守ることを何よりも大切にしてみるといい。難しければ、『貪りは悪だ』とだけ覚えればいい」
「・・・」
「変な話になったが、私がここに来たのは別にこんな説教をしたくて来たわけじゃないんだ」
「え」
「実は少し頼みごとをしようかと思ってね。私はデートというモノをしたことがないんだ。しかもこの度来る婚約者は年下で、な。何とか年上の威厳というか、秩序を守る上でも、・・・リードしたいわけだ。それで、ちょっとそこら辺を手ほどきというか経験をしたいのだよ」
「はい⁈」
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