人生に自由がない④
家に帰えると、今まで不在だった期間の領内の動きを確認していく。
毎年全く変わらないということは無いのだが、それでも大きく逸れるような事態さえなければ目を通すだけでいいのだから、簡単な仕事だ。
パパっと片づけて、ヴァネッサの自殺を思い起こす。
自分で自分の命を終わらせるという思考はどうしてできるのか。
運命論的に言うと理から全く別の飛躍をする話になる様に思えた。相当の覚悟が必要になるはずだ。
運命を受け入れるという事の最後は、おそらく肉体が滅び死を迎えることだと思っていた。
それが運命を受け入れ続ける人が迎える正しい最後ではないか、となんとなく思っていた。
しかし、ヴァネッサはそんな運命を受け入れず、自分で最後を作った。
それに至る思考というか考え方はどうなっているのだろうか。
今まで自分の人生は決められているという事を思っていたがために、自分には選べない選択をヴァネッサがやったように思えてならなかった。
何か特別な考えがあったのではないか。
運命論よりも何か凄いものを見いだしたのではないか。
そんなまだ自分が知らない大きな、偉大なものがあるのではないかという事を感じていたのかもしれない。
運命とは違う何かをヴァネッサは持っていたのではないか、それはいったい何だろうか、と考えるようになっていった。
しかし、いくら考えても分からないことをいつまでも考え続ける余裕は自分にはなかった。
だからそれは棚上げして、目の前のことをする日々がしばらく続いた。
自分には公爵になる運命が続いているのだ。
体を鍛え、周囲の臣下たちと共調性を見せ、父上の仕事を引き継げるように様々な事を出来るように課題をこなす。
こういう運命だけの中で生きている自分がどこか息苦しいと感じる一方、これ以外の生き方を何も模索している訳ではない無気力な自分も同居していた。
そんな与えられたことをただただこなしているある日、父上と共にする時間があった。
それは父上にジュリアと私の仲を取り持つ為に用意された、父上の定期訪問に付き合わされる形で実現した。
父上はヴァネッサが亡くなった後も、ジュリアとの会う機会は減らしはしたが、残していた。
ヴァネッサが亡くなった直後は誰もが心の整理を付ける時間を欲し減らしていたが、それでも立ち上がることは必要だ。次第に依然と変わらない形に戻した。
ただジュリアも大きくなっていくとそれなりに教育を施す必要があることもあり、訪問機会をそれの邪魔にならない様に減らしたと聞いている。
そして私が帰ってきたのだから、腹違いの兄妹としての仲はある程度維持することが望ましいという事で、今回の訪問機会を設けている。
普段はあまり父上と一緒に行動することは無い。
父上の仕事は基本私は見て覚えたり、それに付随する知識を得ることをしているからだ。
父上の仕事はあらゆることの土台があって初めてできる仕事が多いのだ。その土台が無い人間が見ても、簡単な仕事のように感じるだけでその仕事を出来る様にはなりはしない。
だから今は土台作りがほとんどで、共に仕事をするなんてことは滅多になかった。
そういう意味では私はジュリアのように父上と遊んでもらったことなどないのだ。
まあ、毎日の食事の席で顔を会わせる分、出会う機会は私の方が多いだろうが、その時間の意味することは全く違っていた。
その日は、同行するという事で、父上も私に対して私的な話をしてくれた。
離れに向かう僅かな時間だが、歩きながら父上と話すことができたのだ。
「ロレンスは本当に大きくなったな。ペイジとして向こうでいい時間を過ごしたのだろう。随分立派な人間になって帰ってきたと思った。まだまだ学ぶことは多いだろうが、私も通った道だ。お前にだってできるだろう。心配せず日々邁進しなさい」
「はい。父上」
こんな風に声を掛けてくれるなんて今まであっただろうか。
落ち着いた声で返事は返したが、肚の奥底から喜びの感情が噴き出してくるのことが分かった。
「お前はジュリアに会ったことはあったかな。生まれた頃にあったかな」
「はい、生まれた頃と先日、帰ってきた時にヴァネッサの為に花を添えに行ったのですが、その時に少しだけ会って顔を見ましたが、あまり話はできませんでした」
「おお、そうだったか。ならば、そこまで人見知りはしないかもしれんな。近頃はレディになってきたのか、キラキラした物を欲しがったりしているんだ」
ハハハと笑う姿は、いつもの父上とは違う、リラックスし切った表情をしていた。
なんだか今まで自分に向けられてはいない顔を、もうジュリアには見せているように感じて、少しじりじりとしたものを胸の隅っこに生まれたように思った。
私たちが離れに向かうのはジュリアが幼かった時の名残りといえる。
ジュリアがしっかりしたマナーを守れるレディであれば、本来向こうがこちらに出向くのが基本だろうに。
そんなことを少し考えながら訪問した。
「ようこそ、いらっしゃいませ、旦那様」
出迎えたのはキャロルだけで、ジュリアは玄関にはいなかった。
ここは今はキャロルとジュリアだけで生活していた。
ジュリアの教育はどうやってやっているのかは聞いていないが、これはまだ教育や躾が足りていないと思えた。
それから一緒に昼食を取るのだが、どうやら乳母であるキャロルも一緒に取るようで席が4つ用意されていた。
そこに漸くジュリアが現れた。
何をそんなに手間取っていたのかと思えるほどの簡素な格好であり、別に時間がかかるようなこともなさそうだった。
「ようこそ、お父様、ロレンス兄様」と言って、カーテンシーを取った。
父上は一連のことを気にしていないようで、「おお、また大きくなったな」と満足気に声を掛けている。
ジュリアはだいぶ甘やかされて育ったのではないかと思えてならない。
そして配膳などは本館から来たメイドたちがやってくれて、4人で食事をした。
一番奥を父上が、その両側に私とジュリアが座り、ジュリアの隣にキャロルという配置だ。
それを見るとジュリアのマナーは出来ているようだが、まだ所々甘さが見える。公爵家の人間と呼ばれるのはまだ資格がないと思った。
食事を終えると、閑談の時間が持たれた。
場所を変えることはせず、なぜかキャロルも一緒に閑談の場にいる。
「ジュリアは最近何をしているんだい?」
「私は・・・マナーの勉強をしております」
おずおずとした感じでそう答えたジュリアに対し堪らず私は言葉を出した。
「一日中それをして、あの食事での作法はどうなんだ?」
少し棘のある言い方になったことで、場が少しピリッとした。
それを間髪入れず父上の笑い声が吹き飛ばした。
「あははは、ロレンス、あんまり厳しいことをいうな。お前だって小さい時はあったんだから」
「父上、私はもうこの頃ならば、もう少ししっかりしていました」
「ははは、そんなことはない。お前も、・・いや私だってそうなんだ。人の記憶など、そういうものだ。いいように書き換えられていることが多い。まあ、お前もそのうち分かるだろう」
「・・・そうですかね」
どうしても信じられない気持ちになり、渋々頷いた。
それに対して今日の父上は寛容に受け応えてくれる。
「だから、厳しい言葉は自分に使いなさい。周りの人に言うのは良くない結果を招く。自分を偉そうに見せようとしている人間にありがちな間違いだ。私の後を継いで本当に偉くなってから周囲の人を導けるように言葉をかけると良い。中途半端な、今のような立場で人の欠点を指摘しないように心がけると良いぞ。それが上手く人と付き合っていく基本だ」
初めて父上にこういう話をしてもらった気がする。怒られているはずだが、少しフワフワしたなんとも言えない喜びといえるような感情が湧き上がってきた。
「でも、お前とこのような他愛のないことを話す時間など、あまり持っていなかったな。私も父が亡くなるのが突然だったこともあり、今まで色々なところの眼を気にする必要があったしな。こうやってお前も立派に育ってくれたこともあって、ようやく落ち着けるようになったんだ。今まで済まなかったな」
そういった父上の顔は少し暗く、本当に私に迷惑をかけたと謝罪をしているように感じた。
私の心は先程の喜びから別の感情に変わり、目頭が熱くなった。だがジュリアもいる場で涙など流す訳にはいかなかった。
何とかテーブルの下の太腿を自分で抓り、気をそらした。
「お前も親になると分かるだろう。人がなぜ赤ん坊という状態で生まれるのかという事を。これは必要な事なのだと分かった時、人の生きる意味を知ることができるはずだ。そして子供に対してどう接していくことが良いのか分かるだろう。私がそれに気づいたのは・・・、最近のことだ。だからロレンスには辛い思いをさせてしまったと今まで思っていた。それでもこうやって立派に大きくなってくれたことが私は本当に嬉しいんだ」
私は感動に打ち震えるのを何とか堪えている所に、ジュリアの声がかかる。
「そんなことよりお父様、私に宝石を買ってくださいませ」
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