3.16
ロレンスと会って、少し我に返った。
自分の我儘でイメージの中とはいえ、ぶちのめすのはやり過ぎだった。
と部屋に帰り、反省し落ち着いて考えると、ふと別に彼は何か悪いことをしているとは言えないのではないか?とも思う。
ロレンスがしたことは、女性に優しく接した。
物を買い与えた。
何度も会っているだけだ。
今のところ。
別に私の悪口を言ったり、私を攻撃したり、私を蔑ろにしている訳ではないのだ。
私に対して悪感情を持って行動はしていないし。その子と比較しているのであれば、ちょっと違うが、それを勘付かせないように振舞うのであれば、私の関知することではない。
ある意味、私に対しては紳士的という事も言えるのではなかろうか。
二股してなければだが・・・。
そこで気づいた。私は彼をまだ信じ切れていないのだと。これは私が悪い。
私は信じるとは騙されても良いと割り切ることであると思っている。
自分の全てを差し出し、預ける覚悟が、信じるという事になるのだ。
私は彼を信じて生きると決めたからここに来た。
それが婚約という儀式といえる。
本当に信じていけるのか、それを続ける忍耐力はあるのか、そういう事を確認する期間が婚約という儀式のはずだ。
確認といっても、できるかどうかを確認しているのではない。やると決めたことをしっかりできているのかを確認するのだ。
決してお試し期間だとか、助走期間だとは思っていない。
人生には練習は無い。常に本番が在るだけである。
だから花嫁修業も常に本気で臨むのだ。
それを、信じないであれこれ考えて疑うのは、私が約束を違えたことになる。
私はそんな不義理はしないと決めている。
ならば、どんな噂があろうとも関係ない。不動の心を持って最後まで信じぬけばそれでいいのだ。
その方が私らしい生き方といえる。
な~んだ、やっぱりシンプルじゃないか。
ここまで考えると安心して眠ることができた。
翌日、いつも通り元気に起き、日課をする。
この日はロレンスと朝食が一緒になることは無かったが、昨日と同じように貿易船の方たちと商談が入っているそうだ。
お義母様の話では、こういう場で女性が聞かれてもないのに発言することはあまりよろしくないとされているらしい。
役割としては、隣に座り、笑顔でいることが重要と言われた。
ニュアンスから伝わってきたのは、そうしないと向こうが美人局を使うケースがあるからという事だと思う。
何と現実的で油断しない実用的な役割だろうか。ある意味我々は公爵たちの盾や害虫駆除の役目が与えられている。
私の胸で大丈夫かしら。
一応発言は許可を求めてしましょうねと言われたので、人形になる必要はないらしいが、昨日のお義母様の姿を見るに、黙って座っているが吉とみた。
今回は大切なお客様で、応接室で待機して到着を待つ。
執事から「ルアーナ王国国王並びに王妃様がお越しになりました」と声が掛かってから、扉が開き、王様が王妃をエスコートして入ってきた。
お付きの人も数人一緒に入ってくる。
ルアーナ王国は南国に位置するいくつかの島からなる国である。そこまで大きい島ではないようだが人口はそれなりにいるようだ。
話を色々聞いた内容から想像するに、グアムとかハワイとかそういうところのように感じた。
衣装も南国風というか、ゆったりした衣装で、とても涼しそうに見える。
こういう場で身に付けるのだから軽装という訳ではなく、それが伝統的民族衣装なのだろう。
公爵が胸に手を添えて、お辞儀をした最敬礼して「遠路はるばるお越しくださり、誠にありがとうございます。再びお会いできて光栄です陛下」と伝えると、向こうも満足そうに頷き挨拶を返してくれた。
「息災であったか、ログレス公爵。今日は我妻を連れてきたのだ。紹介しよう」
「初めましてログレス公爵、わたくしがルアーナ王国王妃リノ・ニイですわ。いつもニーデル王国のことを聞いていて、一度訪れてみたいと思っておりましたの。念願叶い今日の良き日を迎えることができました。どうぞよろしく」
公爵が跪き、胸に手を当て挨拶を交わす。
「お初にお目にかかりますリノ・ニイ王妃殿下。私がログレス家当主、アンドレア・ログレスでございます。この国で公爵を務めております。この度の滞在が素晴らしいものになるよう全力を尽くさせて頂きます」
「まあ、嬉しい。これはいつも親しくしていただいているお礼です。どうぞお受け取りを」
そういってお付きの人が持っていた箱を手渡す。
「中身は我が国の香辛料です。あまり華やかなものを持ってくることは出来ませんでした。我が国は貴国と違い粗野な物が多くて、船旅では枯れてしまうからお花も駄目だと言われてね、ごめんなさいね」
「いいえ、貴国はとても重要な取引相手でございます。貴重な香辛料を賜り大変うれしく存じます」
そしてルアーナ王国側の紹介に続き、公爵家の方も公爵が簡単に紹介してくれた。
「妻のイザベラに、息子のロレンス。そしてその婚約者のステファン・バーンベルクです。今、我が家で預かり花嫁修業中なのです」
「おお、かの有名なバーンベルクの末柄か。素晴らしい縁をいただいたのだな。おめでとう」
「ありがとうございます。これでまたしばらくはこの地を安定して治めることができそうです」
「そうか。我が国も、息子の王太子が立派になってきたので、妻とこうやって外遊に行けるようになったのだ。大切なのは維持することだ。それは始めることよりとても難しいものだ。アンドレアの息子ロレンスよ。父の姿を見て、よく学びなさい」
「はい。ご助言ありがとうございます」
「とはいえ、我が国の歴史など、貴国の歴史から見たら赤子のようなものだがな、ハハハ」
「いえ、確かに我が国は歴史は長いですが、我々の生きた年数は陛下より劣ります。大切なご助言、しかと受け取りたいと思います。な、ロレンスよ」
「はい、父上。有難く頂戴致しました」
「そうか・・・・。一通り、挨拶も済ませたことだし、そろそろ商談と行こうか」
「畏まりました、陛下」
そういって始められた商談だったが思ったほどきれいな話し合いとはならず、互いに譲れない一線があるようで、様々な条件や別のオプションを追加しながら、話をまとめていく。
我が国の貿易品は勿論万能薬、そして麦。
そしてルアーナ王国の貿易品は、天然ゴムであった。
衣類、靴のゴムから馬車の車輪に使うゴムまで様々な種類のゴムをある程度加工してもらって100%ルアーナ王国から輸入している。
以前の世界のそれとは少し違いがあるようだが、この世界でもとても重宝している。私の記憶でもゴムの樹は高温多湿でしか育たないはずだから、この国では育てるのはできないのだろう。
それだけに超重要な貿易相手国といえる。まあ、なければないで何とかなるから、どうしてもという事は無いのかもしれないが、文明は戻すことができない。なくなると困るのだ。
だから仲良くお付き合いを続けていきたい隣人といえる。
相手は気候から麦畑はなく、主食はイモ類なのだが、それでも保存に向くという意味で、麦は無くてはならない物と言われてきているらしい。特に人口が多くなるにつれ、その需要は高くなっているのだとか。輸入頼りというのは良いとは言えないと思うが、お腹を空かせた子供がいるのはやはり辛いという切実な状況があるようだ。
商談の行方はどうなることが良いのかまだわからないが、年々ルアーナ王国での麦消費量が多くなっていることが問題のようで、そんなに輸出量を増やすことは出来ないと丁寧に断りながら言い争っている。
食糧問題はどこの国でもとても重要だ。それが生死を分けることになるのだから当たり前である。
ただ他国に頼ることを前提にしているというのは、生殺与奪権を渡すことと同じになるのだから、よろしくないといえる。
そんな旨を公爵は説きながら、あまり増やさない方が良いと言っているのだが。
意地悪とかではなく、相手のことを思ってではあるが、国王も飢餓に苦しむ民衆を考えるとどうしてもあと少し増やしたいと強い気持ちで言っている。
毎年仕方がなく折れて、折れ続けて、年々増やしてしまっているのだろう。
私の知識でもどうしようもないことはある。
生存競争というか、生きられる命と、そうでないモノは出てしまうのを飲み込むことも王の役目といえる。
優しいだけでは政は出来ない。嫌われようと突き放すことは必要だと思う。
でも意外に危機になれば皆が知恵を絞り、良い物が産まれると思うんだけど。
それを信じて我慢しろとは中々言えないよね。
結局、今年は初めて王妃が来たという事もあり、少しだけ折れて、輸出量を増加させることで合意した。
代わりにゴムや香辛料を増やすらしい。
確かバーンベルク家は戦争準備の為に食料を備蓄を増加していたが、それは正しい選択だったように思う。
この分だと本当にこの領地から出せる兵站物資は多いとは言えなくなるだろうから。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
大変うれしく思います。
読者の皆様が幸多からんことをお祈り申し上げます。
今回は難産でした。話の筋は決まっていても、性格や背景を深く考えてからでないとと思って時間がかかりました。納得して送り出したいと思いますので、ご了承ください。
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