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歴史の陰 無口が世界で愛されるのには理由がある  作者: かづ


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53/59

3.14


私も一応勉強はしているので、偉大な芸術家と言われる人は知っているが、それが海の向こうの人となると全く分からない。

物を見て良い物か、そうでないかくらいしか感じないと思う。

ましてや価値などどうやってつけるのか分からなかった。


「こちらは向こうで大人気の作家の作品で、とても繊細かつ大胆な構図からくる躍動を感じさせるでしょう。私もこれを見ると何とも言えないあふれ出てくるエネルギーを感じます。閣下もこういった芸術に造詣が深いと存じます。私などよりもこういうものをより感じ味わえるのではないでしょうか」


確かに屋敷にはそういうものがあふれている。

芸術品といえる物は至る所に置いてあるし、この部屋にもそうといえる物が沢山置いてあるのだ。


どういう反応を見せるのかと思って公爵を見ると、営業スマイルだった顔が少しニヤリと黒いモノ感じさせる表情に変わっていた。


「私は芸術とは文化だと思っている。文化とはその国が独自に紡ぎ、堆積した中で生まれたとても大切な物だと思っているのです。上手いとか下手とかそういうモノではありません。先祖がそこに残した思いと役割と願いが込められたものです。だからそれらを芸術として大切に残し扱うことが、後世を生きる我々の在り方だと思うのです。決して己の欲望を掻き立てたり、所有欲を満たすために持つ物ではありません。だから持ってこられた物が本当に芸術だとおっしゃるのであれば、それはそちらの国の大切なものであるはずです。だから大切にそちらの国で保管なさることをお勧めします。物は必ず色あせ、擦り減り、崩れ去るのです。それまで大切になさった方が良い。芸術は芸術家の作品ではなく、国が生んだ宝物ですから」


言葉は丁寧によどみなく伝えられたが、明らかに公爵は怒りを感じている様子だった。


公爵の芸術論は、国を出た芸術はただの物に成り下がるという事だろう。

その国で生まれた物はその国でこそ最も価値や力があるのであって、余所の国にではその力は何の価値もないのだと言っている。


芸術に造詣が深いからこそ、何が大切かははっきりしているのだ。

おそらく公爵の好みを掴んだと思って持ってきたのかもしれないが、飛んだ猛獣のしっぽを踏んだような行動になってしまったようだ。


長年取引しているとは言っても年に一回というのは、出入りの商人から見たら数ヵ月程度の回数しか来ていないという事に変わる。

だから実用的な物を今まで持ってきていたのだろうが、趣向品を持ってきた途端こうなったのだ。


人間関係は出会った回数で構築される訳ではないが、人の本質というのは表面に出てくるとは限らない。出てこないからこそ見抜く目を養う必要があるといえる。


「この部屋を出たすぐ目の前に飾ってある絵が私が最も好きな絵なんです。それは先々代、私の祖父が座っている晩年の肖像画なんですが、実は祖父は左の腕が無かったのです。それでもその絵の中では腕があるように描かれている。その昔祖父の子つまり私の父が幼少の時に獣に襲われたところを助ける為に犠牲にしたのだそうです。だから晩年の肖像画であの姿は無かった。それでもあれを描いた芸術家はそれを見てあるように描けたのです。そういう現実にあるものではないところを見て描ける芸術家を私はとても好んでいます。分かるものが見ればその価値がより跳ね上がるようなストーリーも私の好みです。あの絵は私にとってはとても価値が高いですが、一般には嘘の肖像画でしかない。それが芸術だと思うのです。芸術には歴史や思い出、願いが詰まっている。つまり私は絵や彫刻が好きなのではなく、その芸術が産まれたこの国の文化、文明を愛しているのです。この度の話は申し訳ないが、余所のそれまで私は愛せそうにありません。済みません」


かなり個人的な言葉で取引を断っているように感じたが、それでもこれは国王の代弁としての役割を果たしているようにも感じた。

このログレス公爵としての責務は常に国の代表として体現することが求められているのだ。

それを信じられているからこの地を治めることを許されているといえる。今の公爵は見事に国の歴史と寄り添っていることを実感できた。


そしてこちらからバルバロッサ商会は何を買っていくのかと思っていたが、どうやら万能薬を求めているようだ。


確かに、あれは反則だろう。


以前の知識から言っても、あの薬は魔法である。何がズルいかと言えば、どんなものでも治すという破格の治癒力だ。

私はそういう感覚だったのだが、どうやらそうではないと彼らは言う。


「今ではあれでも治せない病が沢山あります。だからもう我々の国ではあまり高い商品ではありません。どうか少し価格の方を下げていただけないかと思うのです」

「そうなのですか。一体どんな病気でしょうか?」

「最も多いのは不眠症、それから花粉症、あと我々が最もかかる壊血病(かいけつびょう)です。船乗りは誰もが恐れる症状です。私は運よくそれにはかかっていませんが、あれに(かか)ると気力は衰え、傷は治りにくくなり、貧血や全身の痛みがあるのです。私もそれに罹った者を何人も送ってきました。こういった病には、何の効果もないのは事実なのです。ですからどうか公爵様、今までよりも価格を抑えていただけませんでしょうか」

「なるほど、そうですか」


流石にこれは言いがかりだと思えたが、先にロレンスが口を挟んだ。


「あの、父上、少し宜しいでしょうか」

「うん?ああ、構わない」

「今、サディク殿がおっしゃったものは全て病気とは違うモノだと思います」

ロレンスの冷静な一言はサディクの逆鱗に触れたように声を荒げた。

「な、何を言うのです!それで苦しんでいるものが大勢いるのですよ!そんな訳がございません‼」

そんな高齢者の対応にも動じず、ロレンスは落ち着いて切り返した。

「ええ、そうでしょう、しかし、それは病気という訳ではありません。まず不眠症というのは確かに辛いかもしれませんが、それは全く寝ずに生きているという訳ではありません。夜に寝れないことに対して不満がある人のことです。ですから必ずどこかで眠っているはずです。確かにあれは精神的に弱り死に至ることもありますし、いつ眠りに襲われるか分かりませんから対応したい気持ちは分かります。ですが本当に疲れて心理的に不安が無くなれば、症状は無くなるはずです。あと、花粉症は体の過剰反応のことです。辛いかもしれませんが、体は外部からの攻撃に対して防御機能を発揮しているので、死ぬことはありません。つまり、万能薬が効かない訳ではなく、あれを病気というくくりにしている医者や民衆に問題があると思われます」

「な、ならば、壊血病はどうなのですか。あれで死んだ者も大勢見てきました!」

「それは食べ物を少し変えるといいだけです。主になる人は航海士だけという事からも、航海中に新鮮な野菜や果物を食べることができないために(かか)りやすくなるものです。己が食べないから体が死ぬというのは、ある意味病気というよりも必然というべきではありませんか?」

「な、なんですかそれは!私はそんなの信じませんよ!我々の言い分への言いがかりだ!」

「それは先にそっちが始めたことです。売れないというのであれば、求める量を減らして下さって結構です。本来体というモノは自分で管理するものです。それができない不届き者が気安く薬に頼るなどあってはならない事だと存じます」

「な、それは・・・」

二人が激論をしている所に公爵が渡り舟を出す。

「まあ、まあ。ロレンスお前の言い分はもっともだ。だが、それでサディク殿を責めても仕方あるまい。サディク殿は売れなくなった経緯を教えてくれたのだから。そうでしょ。サディク殿」

「え?ええ、その通りでございます」

「であれば、今の情報をサディク殿に託します。これで大勢の人が助かるのであれば、両方助かりますので。万能薬は最後の砦のような物。むやみやたらに使うものではありませんから。これまで通りの金額でお求めの分は用意しましょう」

「う、・・・・ありがとうございます。閣下」


おお、見事に公爵がこの場を収めた。これが公爵家コンビネーションなのね!

片方が相手の反対意見を言って、代表が真ん中を取ったように落とし所と見せる。

これから私がやる役目としては反対意見をぶつける立場になりそうね。なるほど。


会合が終わり、船団員が帰っていく。

サディクさんは少し口惜しい顔をしていたが、どう頑張っても勝ち目のない戦いだったように思う。

無駄に事を荒立てずにこのまま帰ることが最良だろう。


我々がきっちり見送りまで済ませて、屋敷の中へと舞い戻った。


「一日目お疲れ様。あと二回今回のような会合がある。これが公爵家の一番大きな行事になる。覚えておいて欲しい」

「そうね。あれは簡単な部類の者達よ、これから来るところはもっと喧々諤々の商談になる時があるわよ。楽しみにしていてね」

「ハハハ、期待されても何も出せないぞ」


なんだか、お義母様から見たら、会合は一つの余興のように映っていらっしゃるようね。

なんとなくわかるわ。


「それに今日のステフのお返しも素敵だったわ。商談前に相手からただ貰うなんてことをしなかったから話し合いを優位に進めることができたのよ。あんな返しを用意しておくなんて流石です」

「ああ、あの包みだな。すかさずに出したのは素晴らしかった。一体何が入っていたのだ?」

「あれは母の教えの賜物です。中身は私が作った万能薬でした」

「まあ!バーンベルクで作った物?それは駄目よ。あんな高価なものをタダ同然の布切れと交換なんて」

「確かに、でも、まあ、そういったことは追々覚えていくのが良い。自分の置かれていた境遇や自分で作った商品価値なんてものは自身では中々理解しにくいものだ。そのあたりも教えてあげると良い」

「そうね。これから色々覚えていきましょうね。この国にあるものの価値は我々が一番理解しなければならないのだから」

「分かりました」


確かに材料さえあれば、いつでも作れると思っている物の価値なんてのは、材料代+αだと思っていた。

でもそれを欲する人やそれより劣った物の価値など多角的に見て、価値を付けなければ都合が悪くなる。

自分がそれで良いと言って安く売るでは、秩序が保たれない。

この世界では秩序を守るという事が貴族の役目である。

貴族がそれを無視してやりたい放題していたら、秩序も崩壊し、反乱が起こる原因になるのだから。


この国の玄関口としての役割はバーンベルクでは果たしていなかったように思う。

まだまだ覚えることが多くあるという事でやる気が漲ってくるのを感じた。



最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。

精鋭の読者のお陰で続けられています。

本当にありがとうございます。


喜怒哀楽の何か感じたら、評価、ブックマークをお願いします。

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

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