3.10
これからお義母様への提案のことを思うと様々な事を想定しておいた方がいい、考えを巡らそうとしたのだが、そこにロレンスの方から質問が飛んできたので中断した。
「なぜ、ジュリアにやりたいことをやらせないのだ?お前の言うように行き詰ったとしても、やりたくない、決められたことをやらされていたって、同じような行き詰まりはあるはずだ。行き詰まりを感じた時に何を選ぼうとそいつの勝手だと思わないか?」
随分とジュリアの肩をもった発言だが、それだけジュリアに感情移入をしたいものが会ったのかもしれない。
真剣な物言いだったので、こちらもそれに合わせようと思う。
「そうですね」
私の言いぐさが気に食わなかったのか、少し怒りを滲ませながら語気を強めた。
「ではなぜ、止めさせる?」
「先程も言ったように私は彼女に人間になるための方法を教えるのです。決して動物や家畜のような生き方をさせたい訳ではないのです」
私は冷静に少しにこやかに応じた。
「どうしてそうなる、話が飛び過ぎて分からない」
「人間が生きるという事は辛いことだという事です」
この答えにはすぐには納得できない言葉だったのか、少し怒りが霧散した。
「は?」
間が抜けたような、ロレンスの顔に私は少し楽しくなってきた。
「人は楽ができると嬉しいと思うかもしれません。感情というものは人間に備わった大切な物ではありますが、それを生きる基準にすると選べなくなるのです。人間として生きるという事を。人間と他の動物の違いは自然との付き合い方にあります。動物はどこまでも自然に合わせる生き方を選びます。その中で生きられるように、それこそ必死になり、生きるという一点だけを考えますが、人間は違います。人間は自然に対して合わせながらも、どこかでは反自然を選べる存在です。つまり使命の為であれば、肉体を超え、死ぬことを選べるようになるのです」
「肉体を超える」
「バーンベルクの騎士がどうして強いと思いますか?生まれがバーンベルクだと自動的に強くなると思っていますか?移り住めば強くなるとでも?そんな訳ありません。鍛えるから強くなるのです。それは辛く、苦しく、嫌だと思う事に挑戦することです。体を強くすることも大切ですが、その気持ちに挑戦することの方がより重要なのです。好きだとか楽しいからでは選べないのですよ」
「確かにそうかもしれないが、騎士になることを選ぶ時は憧れるから選ぶだろ。それは好きだからじゃないのか?」
私の話が少し脱線していることを感じ取り、騙されないぞというそんな思いが伝わってくる質問に感じた。
別に誤魔化そうなどとは思っていなかったのですが。
「そういう選び方もあるでしょう。そういう始まりがあることも分かるし、それを特別に思いたい気持ちも分かります。先ほど言ったように、自分が憧れに辿り着けないと思ったとき、折れるのも事実です。好きでもないけど、泥臭く、地を這うようにもがき続け、何とか食らいつき、どこまでも離れない。そういう生き方をした時に突破口が開くことも事実です。私の周りに居た騎士たちは代々騎士の家系という人の方が圧倒的に多いことでこれに気づきました。生まれが選べないように生き方も本当は選べないのです。確かに初代の人がいるから続く家系ができますが、初代はそれだけ苦労しているという事です」
「確かにそうだが・・・」
初代の人、新しく何かを始める人がとても苦労することに少し思う事があるのか。顎に手を当てて少し考え込むような姿勢になった。
「それにこれは秘密ですが、私がロレンス様のいう事が分からない訳ではありません。好きだという気持ちは必ずなんにでも宿る訳ではありませんから。だから本当にやりたい、どうしてもやりたい、これに全てをかけたいと思うのであれば、私は止めません。許可しますよ。ただ私がやめろという程度でやめてしまうくらいの好きは、本物足りえませんからね。ある意味ちょっとした障害というだけなのですよ。やることは一つでなければならないという訳でもありませんから」
「・・・・お前の言うちょっとはデカすぎる気がするがな」
彼は少し頬を引きつらせて笑って応じていた。
私はそれも含めて少し笑いが込み上げてきたので上機嫌に宣言した。
「人が与える障害など大きい訳がありませんよ!本物の障害や使命、神が与える障害も神が与える使命もこんなものであるはずがありませんから!」
「そりゃそうだが、・・・なんだかお前の見ている世界は、俺のとはスケールが違うのだと分かったよ。俺にはまだ至らない考え方だな」
意外な誉め言葉に聞こえたので少し試すように顔を覗き込む。
「フフ、惚れましたか?」
「いや、全然。イヤな奴だと思ったよ」
「そうですか、それは一歩前進ですね」
彼の言葉を聞いても動じず笑って歩き始めた。
「・・・本当に嫌なやつだな」
そんな会話を楽しみながら帰宅して、お義母様に報告を上げる。
これは食後折り入って、二人になってから話をさせてもらう。
屋敷の管理は女主人のお義母様の仕事になるからだ。
他の二人の前でしてしまうとそれはお義母様を傷つけることになってしまうこともある。
今回は褒めるようなことではないのだから。
指摘についての話し方には十分注意しておかなければならないと分かっている。
姑との中を良好にしておくことは生きるか死ぬかの事態につながるとお母様も言っていた。
だから細心の注意を払う。払い過ぎて困ることは無いのだ。
「実は、本日ジュリアに会ってきました」
私がお義母様に折り入って相談がありますと伝えた時から何を言われるのか身構えていたお義母様はこの言葉に少し意表を突かれた感じを見せた。おそらくロレンスのことについて何か言われるのではないかと思っていたのだろう。
「え・・・そう、それで」
すぐに態勢を整えて話を聞いてくださる。
「あの子のことはともかく、あそこを任せているメイドたちとはどういう関係で雇っているのでしょうか」
私の質問に、何が言いたいのか凡そ見当がついたように、話を始めた。
「ああ、あの人たちは、中々結婚できないで、家に長くいることになってしまった人達ね。あなたも知っているように普通メイドは結婚と共に退職するわね。でもそれができないために家に長くいることになってしまった人達よ。特にどこかの強いコネがあるような人たちではないわ」
「そうですか。今日見た彼女たちの働きぶりは、とてもこのログレス家の品格に傷をつけてしまうようなものだったので、心配になりまして。あの人たちをあそこに配置したお母様は流石です。確かにあれは本館とか表には出せない人材でしょう」
「そうね、私があそこに行かせている人たち皆、正直罰則として行かせていたの。だから給金も少ないし、厳しい労働環境と合わせて向こうが辞表を出すかと思ったのだけど」
「そうですか。でも今日見たところ、随分余裕があるように見えました。おそらく私が来たことで、監視が行き届かなくなったことが原因のように感じます」
実際は埃の溜まり具合からして、そんなに短い期間のサボり具合ではないが、少しでもお義母様の不備を強く指摘することを避け、自分の提案を飲んでくれるように発言した。これも作戦だ。
「はぁ・・・そうかもしれないわね」
正直あの人たちの仕事のモチベーションが上がらないのはこちらにも非があると分かっているのだろう。それでも全てを認めることは誇りを汚すことになる。それをやらないのが貴族である。
貴族は人で在る為、必ずミスをする、間違いを犯す、失態を演ずる。
しかしそれをただすいませんと謝ることは沽券にかかわるのだ。
プライドに傷がつく。
あのメイドたちに自分が女主人としての責務を全うし続けることができないから、下の者が従わなくなると分かる。だから、謝れないのだ。それに謝ったら謝ったで、それは主として格が落ちるという話になる。下の者にペコペコ頭を下げるのは主としてはやってはいけない。
だから謝るのではなく、己を律することで下が付き従ってくれるようになる。
善い上司というのは、どこの世界でも付き従いたくなるカリスマが必要になる。
それは魅力なんて中途半端なものではなく、行動とその思想に現れる。
つまり、言葉ではなく、結果を下は見ているという事だ。
だからどうしても態度の悪い下の者がいると、見たくないと思い、遠ざけるのだ。その人達を叱るのも面倒くさいと何もしたくなくなる。
貴族も人である以上、この心理に陥ってしまうのだろう。
お義母様も昏い感情をのぞかせながら言葉を吐き捨てていた。
「はぁ、侍女頭のラニに言って改善させた方が良いわね」
「あのそこでなんですが、私にあの人たちの教育を任せていただけないでしょうか。私もいずれはお義母様のように全てを管理しなければなりません。ですが、いきなり全てをというよりも小さいところからできるようになりたいのです。確かに少し手ごわいメイドが相手でしょうが、あの方たちに対して失敗してもそれほど本館での影響はないと思いますから」
「・・・そうね。でも失敗するのはあまり良くありませんが、厳しめにして恐れられるくらいの失敗なら許します。分かりますね」
いつもは優し気な表情の多いお義母様が、目を開き強い眼力で訴えてきた。
私も頷き、目力を籠めて受け止める。
「はい。勿論。そのつもりです」
「ふふ。分かっているのならばいいわ。あなたに任せます」
「ありがとうございます」
これで離れに通う理由がもう一つできた。
次の日に早速早朝に挨拶に伺う。
早朝からメイドは水汲みや主人たちが目の届くところの掃除などをしなければならない。だから大体忙しい。
それはこの離れのメイドたちも多分に漏れることは無い。
そのタイミングで来たのだからいい顔をされることは無いのは仕方がない。
「若奥様。こんな早く来るなんて、人の迷惑を考えて欲しいものです」
私は何を言われても動じることは無い。少し楽し気に言葉をつないだ。
「ふふ、おはよう。これから私がここを預かることになったの。うれしくてその報告に来たのよ。つまりこれからは全て私に合わせてもらいます。これからは口の利き方に気を付けなさい。簡単に辞めることも許しませんから」
「え?」
「私はジュリアに教育を施すために早朝と夕方に来る予定です。だからあなた達はそれに過不足なく動きなさい。それがあなた達の仕事です」
「そんな、業務時間には・・・」
「メイドは主人の動きに合わせるものです、忘れたのですか?それとも知らなかったのですか?とにかくそれに合わせなさい。それができれば、あなた達はそれ以外の時間何をしていても構いませんから。ただそれができなければ、どんどん厳しくなりますから覚悟を決めなさい」
「か、覚悟?」
「そう、メイドであるという覚悟をしなさい。そうしないと大変になるわよ」
「・・・・かしこまりました」
おそらくなんだか面倒くさい奴だなと考えて、あまり関わりたくないから早く終われという一心で了承したのだろうと分かる言葉だった。
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