3.9
ジュリアの姿は普通の可愛い女の子という印象だった。
ただ、少し髪がくすんでいる感じがした。
おそらく、毎日ブラッシングをしてもらってはいないのだろう。
ただそれでもとても可愛い女の子だ。
眼がクリっとしていて、瞳をキラキラさせている。まだ身長も発育もそれほど良くないように思える。
小動物の面影が見えるような少女だった。
お胸もまだ大丈夫。
何が大丈夫なのかはさておき、彼女たちの反応は様々だった。
ジュリアは首を傾げ、良く分からないという事を表現しているように思えるのに対し、メイドたちの反応は下を向き、おそらく頭を巡らせているのだと思われた。
相手のペースに巻き込まれないためにも、こちらから動くことが肝要だ。
「ジュリアさん、先に着替えをしなさい。ロレンス様が待っているわ。あなた達も固まってないで早く動いたらどう?本当に長時間待たせる気?」
そう伝えるとバタバタと動き出した。
ジュリアはいつもと違うのか若干戸惑いながら服を着替えていくが、大して着飾る様子は見せていない。
「沢山買ってもらっているのでしょ、それらを付けるようになさい。それが礼儀というものよ」
と軽いアドバイスをしたのだが、ビクッとし全員が動きを止めた。
「も、もうありません。絵を描くための道具と交換してしまって」
ジュリアが申し訳なさそうに言ったので、とやかく突っ込むことは後に回すことにする。
「そう、それでは仕方ありませんね」
私がそういったことで、どこか全員ふと気が緩んだように思えた。
それから着替えを見届けて、私もペイジで王女の着替えについて学んでいたので最終確認をして、OKを出した。
袖口のライン、スカートのプリーツが綺麗になっているかは勿論、怪しいものを仕込まれていないか、隠して持ち込もうとしている物はないかなどを確認するのだ。
貴族女性は普段やってもらうことが当たり前になって、一人では何もしないように思われるが、大勢が着替えを手伝ってくれなければ着替えることに時間のかかる服や、ドレスを着ているだけで、自分で着れないとか言うことは無い。むしろペイジの時は全て自分でやることになるので、出来ねばならないというのがこの国の貴族、全員である。
普段は使用人の仕事を考えて任せているのだ。
ジュリアの教育に関しては周りの者が注意したのか知らないが、聞いた通り、マナーについては出来ているように感じる。
しかも比較的上位の者との接し方に慣れやすいような、控えめな性格に見えたので、ロレンスの話とは印象が違って見えた。
初めて会った私に対して何にも言ってこないのだから、傲慢という訳ではない気がした。
「お待たせしました」
そこまで時間をかけずに、準備を終えて、ロレンスが待つ部屋へと帰ってきた。
それでも待たされる方は時間がかかったと感じたようで、「漸く来たか。待ちくたびれたぞ」と言われた。
私たちがリビングにある席についてお茶が用意された後、話を始めた。
「今日いきなり来たのはな、ここにいる、ステファンを紹介しようと思って来たのだ」
「私が、ロレンス様の婚約者としてやって来た、ステファン・バーンベルクよ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「あなたの簡単な生い立ちは聞いたわ。私はあなたを今後どこかへお嫁に行けるようにと考えています。ただその場合、ある程度色々と覚えなければならないことはあります。それを私が教師として教えることにするので、一緒に幸せな結婚を掴めるようにいたしましょう」
と努めて明るく提案した。
愛人の子は貴族ではなく、平民の子というくくりになる。
通常、愛人の子供に対して、貴族が結婚相手を探すことは無い。貴族は平民に関わることがあまり良く無いと言われているからだ。
貴族から言われたら、平民はもうそれを受け入れるしかないのが普通になる。だから貴族が平民同士のことにあまり口出ししないことが暗黙のルールになる。
庶民たちの相互関係や庶民の感覚を知らないお嬢様を受け入れる平民など限られるというのも大きい。
詰まるところ、富豪の商家、騎士爵、裕福な男爵くらいまでがギリギリだろう。
それらも普通ある程度縁故があるので、受け入れてくれるかどうかは微妙だ。
愛人の子を妻にするというのはどこか悪縁を引き受けることになりやすいから。
前の世界ではそこまで家柄というものを気にしなくなったが、ここではかなり重要になる。
自分にはどうしようもないハンデを持っている状態がジュリアの状況だ。
まあ、前の世界でも自分ではどうしようもない生まれに纏わる話は沢山あるが。
しかしそれを上回るメリットがあれば、話は別になる。
有能な知識や芸は、身を助けてくれることになる。
「芸が身を助ける」は変わりない真理といえる。
特に商家では利益が見込めれば、話を聞いてくれる人は多いと予想する。
だから私が家庭教師を引き受けて、彼女に一流の芸を仕込もうと思っているのだ。
「あの私にそれで本当に結婚してくださる人はいらっしゃるでしょうか。私は愛人の子です。難しいのではないでしょうか」
どうやらもうすでにそういわれて育っているようで、暗い表情で話を切り出した。
一緒になって暗くなることは無い。至って平然と切り返す。
「そうね。分からないわ。難しいかもしれません、出来ないかもしれません。だけどね。そんなことを言い訳にやらないあなたは、一生それでいいと諦めることになるの。生きる価値を溝に捨てることになるわ。それを私は許しません」
私の少し厳しめな言葉に反応したのはロレンスだった。
「できないかもしれないことに対して努力し続けるのか?」
「そうです」
「私はそれで幸せになるのでしょうか」
「分かりません」
そういうと静まった。
変な空気になるのが嫌だったので、言葉をつないだ。
「・・・あなたはなんで生まれたかという事を考えたでしょ。確かにあなたの生まれはある意味特殊ですが、そこに優劣もなければ、苦楽もない、勿論貴賎もなければ、好き嫌いもない。全部あなたがどう生きたかで決まります。だから励みなさいとしかいいません。結果はあなた次第だし、運も必要です。だから良くなろうが、悪くなろうが、あなたが誇れる生き方をしたのだと、それでいいのだと思えるかどうかだと思っています。それに向かいなさいと言っているのです。私がここに来たのは、ロレンス様に嫁ぐ為ですが、あなたの為に来たのかもしれません。私は自分に来たものに対して全力で当たるだけです。私はこの生き方で、失敗したと後悔したことなどありませんから。安心して付いてきてよろしくてよ」
最後フフ、と笑ったのだが、皆がドン引きしている。
何故皆がドン引きしているのか分からなかったが、おそらく、私の実力が分からないという事なのだ、きっと。
そう思ったので、「マリー。紙と筆を」と言って立ち上がる。
マリーが用意するまでの間に、自分が教師役としてそれなりの実力があることを説明した。
「私は幼い頃から、花嫁修業と言われるものをやり続けています。この今日着ているドレスも私の作品です。どこかのテーラーが作った物よりもしっかりとした縫製にしてありますし、簡単な果物ナイフ程度ならば、通さない仕様にしてあります。デザインと防御力を兼ね備えた素晴らしいモノなのです。音楽もペイジの時に王妃様や王女様にお褒めの言葉を与るほどでありますよ。生け花や踊りも全てやり、全てで上々の評価をいただきました」
そんな演説をしている間に椅子にクッションを重ね即席のイーゼルが用意され、その上にキャンバスが乗せられた。
キャンバスといっても板に白いハンカチを張っただけではあるが、私のやりたいことを理解してくれるマリーが如何に早く準備できるかを考え、即席で作って十分な物に仕上げてくれた。
そこにサラサラと絵を描いて見せる。
「これは私ですか」
「そう」
「すごい。なんでこんな短時間で・・・」
「これは単なる技術で、芸術ではないわ。だけど役に立つ。芸術の方が役に立つでしょうが、技術がなければ表現も浅くなるの。だから学ぶことは大切なのよ」
「私にもこんな風になれますか?」
「技術はできるわ。きっと。でも芸術は自分の感性と表現の関係もあるから私よりも凄いものを作ることもできるかもしれませんね」
「私やりたいです。無意味に時間を過ごすより、何かしたいのです。」
本人が前向きになってくれたことでこれからの予定を話す。
「私は日中は本館でお義母様に仕事を教えてもらい、様々な予定が入ります。なので教えに来ることができるのはそれ以外の時間だけです。つまり早朝や夜間が多くなります。あなたにはそれに合わせてもらいます」
「それではお休みになられる時間が無くなるのでは?」
「寝る時間は私が確保します。だから心配いりません。ただその前にあなたが何をするのかなのですが・・・」
「私は絵が好きなんです、絵を学びたいです」
「そう。それなら絵を諦めなさい。あなたは絵ではなく、他の物をやりましょう」
「え・・・なぜ」
「そうだ。なぜ好きなものをやってはいけないのだ。好きなものをやらせて伸ばした方が良いに決まっている」
ショックを受けるジュリアに、ロレンスも少し怒りながら加勢してきた。
これは丁寧に話した方が良いだろう。
「・・・理解しにくいかもしれませんが、一つはこれは遊びではないからです。つまり、辛くて当たり前であり、厳しくて当たり前であり、困難が待ち受けていることが当たり前だからです。それを必死になりながら伸ばすことが必要になります。だから好きなものではない方が良いです。好きな物というのは最初は良いが、そのうち壁や、困難に当たった時に迷います。『あれ、あんなに好きだったのに全然楽しくなくなった』と。そしてこれは私が本当に好きなものではなかったのだと言い訳をし、その時にまたその時好きな物に変えようとする。それの方がやりたいからという簡単な理由で。そんな気分次第でやる気が変わって、やらなくなるのであれば、好きでないモノをやっていた方が成長が早いのです。また絶対に変えることは無いと信念を持っていたとしても、壁に当たる時に才能の無さや、誰かのせいにし、周囲の環境に対して責任追及しようとするようになるでしょう。それはもっと多くの人に認められないとならないという時に必ず生まれますから。つまり好きというだけでは立ち行かない時が来るという事です。誰かに合わせ、何かに従うことが必要になります。それを好きなものでやるのは嘘をつくことになります。それはやらない方が良いのです。好きな物に嘘をつくというのは自分を見失うことになりますから。それに少し考えてみなさい、好きなことをするのは、タダの動物です。それは人間になり得ない者です。私はあなたを人間にするために教えるのです。・・・だから好きでもないモノを選びましょう。これはあなたの仕事に変わるのだから。趣味や気晴らしで絵を描いた方が良いですよ」
なんだか二人ともショックを受けた顔になっている。
何かを言いたいのだろうが、すぐには出てこないのか、口をパクパクさせている。
確かに向こうから何か自由に選んでもらうよりも、こっちで勝手に決めてしまった方が良いのかもしれない。
「あなたは服飾をやってみましょう。これならば、絵画のような服を作ることだってできます。似ているけれど違うモノになりますし、良いかもしれません」
「・・・はい。分かりました」
まだ納得は出来ていないようだが、何とか受け入れてもらえた。
これから帰り、お義母様と話すことを考えるとまだやることは沢山ある。
大変なのはこれからだ。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
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本当にありがとうございます。
体調は良くなりましたが、内容の方が時間がかかるようになってきてしまっています。
登場する人物が増えると大変になりますね。
少し時間がかかるかもしれませんが、できる限り早く上げたいと思います。
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今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。




