王族と私
「マリーナ様、この度はご婚約、おめでとうございます」
「・・・ありがとうございます」
会う人会う人、皆一様にわたくしに婚約の祝いの言葉を口にする。
本当にうれしいと思っているのだろうか。
それともただ機械的にそうするべきだという事で言っているのだろうか。
この婚約で私は王族ではなくなるのだ。
これについては物心つく頃から始まった講義で何度も教えられていた。
嫁ぎ先で王家との繋がりを結ぶこと、強める事が私の役目であると。
教えられてはいたが、いざ王家から離れることが目の前に迫るとやはり緊張と不安が良くない想像を膨らませ、日に日に押し潰されそうになってくる。
2つ上のベアトリーチェ姉様は私とは違い、堂々としていた。
嫁ぎ先も近いからそこまで不安には思わなかったのかもしれない。
私は行ったこともない辺境の地バーンベルク。
バーンベルクは軍事上とても大切な地であるのは良く分かっている。
そろそろバーンベルクに王家から嫁を出した方が良いのも全部わかっている。
別に会ったこともないから不安なのではないし、嫌な印象があるから緊張している訳でもない。
ただ。
今までお父様やお母様に守られていたし、周りの人が王女として扱ってくれていたのに、それが無くなることが不安で仕方がないのだ。
私という人間から王女を取ったら何が残るのか。
そのような者がバーンベルクで役に立つのだろうか。
そう考えると夜も眠れなくなる。
馬車に揺られること半月。
窓の景色は森が多くなってきた。
如何にも辺境といえる場所に、ちょっと自分がとんでもないところまで連れて来られているのを実感した。
ああ、こんなところで私は本当に一生を過ごすの。生きていけるの?そうですか。これは早く死んでしまいたいですね。
ここのところ毎日こんな卑屈なことを考えてしまっています。
漸くついたバーンベルクのお屋敷は思ったほど、見窄らしいこともなく、立派でした。
腐っても名家だけあるわね。いえ、腐っているのは私でしたわ。私にはもったいないほどの屋敷です。ありがとうございます。
「ようこそ、バーンベルクへ、遠かったでしょ」
「ありがとうございます。お義母様、これからどうぞよろしくお願い致します」
私を出迎えてくれたのは辺境伯家の皆様だった。
辺境伯様は出張で留守のようだが、奥様の他に次男と長女が出迎えてくれた。
一緒に来てくれた侍女のレーナは私の親友のような関係だが、二人して戦地に赴くかのような万全の品々を取り揃えてやって来たのだが、思ったほど悪い条件の部屋でもなく、とりあえず大切にされていることを十分理解できるほどの準備が成されていた。
「この部屋はレオナルドが準備したのですよ、何か足りないことがあれば言ってくださいね」
そうお義母様が教えてくれたが、そういえばまだ旦那様にはまだ会っていない。
「あの、レオナルド様は今どちらに?」
「お恥ずかしいことにまだペイジで、今は王城にいるんですよ」
王城?もしかして私は会おうと思えば彼と会うことができたのだろうか。
またとんでもない失態をやらかした気分になり、謝罪を口にする。
「あの、その、申し訳ございません。私、全く知らなくて」
「いいのよ、私もここに来る前はほとんど知らない事ばかりだったのだから。気にすることないわ。もっと楽にして、何かあったら私を頼って頂戴」
「あ、ありがとうございます」
私がきつく握った手を取って優しく撫でてくれた。
そしてフフフと言って上機嫌に部屋を出て行かれた。
なんだか嬉しそうだわ。好かれるようなことはしていないのだけれど。
それから毎日お義母様の後を追うように色々教えてもらいながら、ここでの生活に慣れていく。
やはりバーンベルクだけあって、騎士の比重が大きいようだ。
騎士の食事や生活を支え、屋敷の切り盛りすることが私たちに求められているのだと良く分かる。
そんな中、訓練場に長女のステファンの姿があった。
女性騎士はたまにいるし、訓練場に女性がいること自体は不思議ではないのだが、ご令嬢がそこに居るのはかなり珍しい。私は一回も訓練場に行ったことは無かった。
これは私もいずれ訓練場で稽古をするときが来るのだろうか。
そう心配しながら見ていることにお義母様が気づいたようで教えてくれた。
「ああ、あの子の事、気になる?でも、あなたにさせることは無いから心配しなくても大丈夫よ。フフ」
そう言われ安心したが、なんだかあの子が気になった。
「ステファンってどんな子ですか?」
「静かな子って思っていたのだけれど。・・・人一倍やる気が強いのよ。ちょっと頑固なところもあるし、だんだん女性という枠から外れていくようで、心配なのよね」
「頑固者ですか」
「そうなの!ただね。あの子は真っ直ぐにしか進めないのよ。しかも親を全く頼らずに全部一人で解決しちゃうの。ちょっとはこっちに頼ったり、相談したりしてくれたらいいんだけど。まあ、それをせずともすべて解決しちゃうなんて優秀なのはそうなんだけどね。私は色々相談されたり、教えたりしてゆっくり成長してくれた方が嬉しいんだけど。ままならないわ。そんなに急いでも空を飛べるようになることは無いのにね」
「ふふ、そうですね。人にできることしか、できる様にはなりませんよね」
「そうだ!今度あの子と一緒にお茶会をしましょう!きっと仲も深まるわ」
「・・・はい」
あの子もいずれどこかへ行ってしまうのだろうと思うと、仲を深めることに対して少し億劫になってしまう。あんなに頼りにしていたお母様やお姉様だって今はいないのだ。仲良くなれば、いずれやってくる別れを思いなんだか前向きに考えられない。
お茶会は屋敷の庭の東屋で催された。
「ここはなんだか気持ちのいいところですね」
「そうなの!私もお気に入りの場所よ。仕事の疲れがスッと洗われる感じがするし。あなたも良かったら使ってみて」
「はい、そうしてみます。ステファンさんもここは好きですか」
「はい」
素敵な笑顔で返事をされたが、それで会話が止まる。
あれ?これは・・・よろしくない気がするのだけれど
「ステフ、いつも言っているでしょ、あなたも何か話さないと駄目だと・・・」
「・・・・私のことはステフと呼んでください」
「あ、そうですね、私のこともマリーでいいです。ステフは訓練場で何をしていたんですか?」
「体を鍛え、弓を練習していました」
「弓ですか」
「弓は遠距離で役に立てますから、近距離ではナイフが良いかなと思っています」
「・・・えーっと」
「ステフ、それはあなただけです。この子はもし戦いに出たらどう立ち回ろうかを考えて練習しているのよ。どうしてこうなったのか理解に苦しむわ」
「バーンベルクと言ったら軍事、武術というイメージでしたので、ある意味私は納得しましたが、違うのですか?」
「違います。バーンベルクの女性と言えば、看護、治療のスペシャリストと言われているの。マリーもそういう練習はしなくてはなりませんよ」
「そっちも練習しています。私はその他にもできることを考えてやっているだけです」
「・・・はぁ。こういう子なの」
「マリーナさんは王族ですよね。何が得意なのですか」
この言葉に少し戸惑う。もう私は王族ではないのだ。
それに私は何が得意という事もないから。
「マリーは何でも上手にできているわ」
「!・・・そうでしょうか」
「ええ、もうちょっと何か私が手伝うことがあってもいいのだけれどね。ステフも見習いなさい」
「はい」
なんだかこそばゆい感じを受けながら、それでも王族という事で、持ち上げられている感じも拭い去れないので、得意になることはありません。
「ステフも結婚したら役割が変わるのですから、そんなに一生懸命になる必要はないのではなくて?」
「私の生まれはバーンベルクです。それは絶対に変わりません。結婚したら忘れるのですか?」
「!・・・そうですね。それは一生変わらないですね」
「確かに。変わらないし、忘れては駄目ね。私たちはそれを運命と言っているのよ。それを忘れると命、つまり生きる価値が運ばれてこなくなるの。だからいつも先祖や親を大切にしなければならないのよ」
私は結婚で親や家族から切り離されたのだと思い込んでいたのだ。
でも空間が離れただけで、繋がりは無くならない。
便りが無くても、それだけだ。
一生無くなることは無いモノがはっきり在るのだと分かった。
王族の役割は、統治の象徴であり、民とこの地の安寧を願う事である。
いつでも私はそれを忘れてはいけないのだと教えられた気がした。
「私なんだか一人切り離されたと思っていました。いけませんね」
「マリッジブルー?」
「結婚すると誰でもあるのよ。色々変わるから、全てを変えないといけないと勝手に思い込むのね。でも変わらないモノはあるし、向かうところもそんなに変わることは無いのよ。自分の周囲の人を支え、満足させるように立ち回ることだけ。そういう思いやりが人間関係を作り、円滑に回ることで世界が丸く収まるの」
「分かりました。私も皆を支えられるようになります」
私が生まれた王家という運命から離れることなく生きること。
そこから始め、運命の力を信じることが重要なのだ。
神は世界に無駄なものは作らない。すべて必要だから存在している。
自分がここにいるのも必要な働きあるからだ。
王家の一員が、私という個人である必要が、今を作っているに違いない。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
精鋭の読者のお陰で続けられています。
本当にありがとうございます。
喜怒哀楽の何か感じたら、評価、ブックマークをお願いします。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます




