レオナルド④
ボリスはレオナルドを怪我させてしまった責任を感じて、医務室に向かう。
そこには、セインや他のペイジの生徒たちも居合わせていた。
体の治療は万能薬を飲んだり、打ち付けたところに塗ったりして対処はした。
ここはレントゲンとかはないので正確な診断は無い。
専門家が触診で慎重に判断を下すだけである。
その者が言うには「切り傷や骨折になると、すぐに回復という訳にはいかないが、おそらく問題はないだろう」という話ではあった。
ボリスは診断を聞きホッとしながらも、己の間違いが心に引っかかり、どうしても重い空気を纏っていた。
診療室にいるレオナルドがボリスの存在に気づき声をかけてきた。
「先生見ましたか、私の最後の一撃。あれが私の本気の一撃です」
最初ボリスは驚いた。
もしかしたらレオナルドは私を恨んでいるのではないだろうか。
私が悪意を持ってレオナルドに今回の試練を課したのだと思っているのではないか。
はたまた、彼をあわよくば殺そうと考えているのだと勘違いしているのではないか。
色々悪い方へと想像が膨らみ、自分の正しさが揺らいでいることを感じていた。
その感情が全くなかったのかと問われれば、少しは痛い目に合わせてやろうという思いは根源にあると自覚はあった。だかそれはほんの僅か、1%未満の本当に僅かな香りで、99%以上は彼の成長に絶対に必要だという思いからではあった。それでもその僅かな思いが精神では大きな揺らぎをもたらし、不安や恐れ、後悔を呼び起こし、足場が崩れる思いでその場にいた。
だがレオナルドの表情はそんなことを微塵も感じていないと教えてくれた。自分を見つけて話しかけてくれたその顔は、ボリスにとって十分な救いをもたらしてくれた。
正直レオナルドに対しては今まで優しいことを一言もかけたことさえない自分に、この対応をされるとは思っていなかった。
胸が熱くなり、込み上げてくるものを抑え、分からないように息を吐きながらレオナルドの言葉に返す。
「ああ、あれは確かに素晴らしい勇猛な一撃だったな」
それからもレオナルドは同期の皆やセインと楽し気に話していたので、ボリスは静かにそこを抜けだした。
そこには監督官のジーク・デオンがいた。
嫌なタイミングで会ったなと苦い顔をしたが、認めなければならないモノがあった。
「お前の言った通りだった。わしは間違っていた。今回のことはわしの大きな過ちだった」
「・・・私はそうは思いません」
デオンが発した言葉が信じられなくて俯いていた顔を上げる。
「私は何か勇気の本質が見えた気がしました。・・・勇気とは臆病者に宿る。そんな、考えてみたら当たり前のことを忘れていたことに気がつきました。そしてそれが偶に顔を出すかのように見える時に勇気を感じるのだと思います」
確かに最初から無暗やたらに突進する人間に勇気があるのかと言われるとそれは違うと思える。
むしろ知性や思考が足りてないといえる。
臆病者だからこそ、時に立ち向かう場で見せるものが勇気と言われるものである。
勇気は強者になってしまったら見せることができないものであるとボリスもようやく腑に落ちた。
強者が振るうのは勇気ではなくただの力であり、弱者が振るうのが勇気である。
だからレオナルドが勇気を持っていないように見えたのは仕方がないものだったのかもしれない。
「私はボリス様がみたいと思って組んだことで、レオナルドは初めて勇気を掴むことができたと思います。勝てる時にしか力を振るえない者はいますから。どこかで負けると分かっていても、その場で挑む感覚を掴まなければ、本当の自由を感じることはできません。今日の戦い方がレオナルドの本質なのでしょう」
負けると分かりながら対峙し、そこで何をしてもいいのに、あの慎重な戦い方をした。
それがレオナルドの本質なのだとデオンは喝破していた。
その戦い方が、勇気の出し方で一番いいと本能が判断したに違いない。
「わしも今回のことで分かったことがある。今まで人を教えることをどこか『与え続けるだけの作業』だと思っていた。一律に課した課題を与え、叱咤激励を与え、足りないのであれば更に手も挙げて、教えることを強要していた。それがわしの教育方法だと確立させていた。だがまだまだ知らないことが多いのだと分かった。自分の型に分類できない人間は多くいるのだと気づいた。歳をとっただけで、全て分かった気になり、成長を望むことを忘れていたようだ。情けないのは自分の方だった。『人は己の鏡』とよく言うが、まさに自分で吐いた言葉がそのまま自分に返ってくるとはな。本当に情けなくて、笑えてくるわ」
「そうですね。私も与える側だと思う事が多いですが、今回のように何か大きな気づきを得られるのです。もしかしたら気づかないだけで等価値のモノを彼らは我々に返してくれているのかもしれませんね」
気づき以外にも、喜びや悲しみ、怒りや楽しさ。
色々なものが彼らから返ってきていることに気づくが、それは口にしない。
「この歳になってもまだ、神はわしを成長させようとするのだから、人生は永遠に学びの場なのかもしれんな」
「学び終えるとは傲慢ですね」
「お前も痛いとこ突くなぁ」
レオナルドはそれからしばらく体の安静を重視し、あまり負担の無いことを出来る範囲でやりながら過ごしていた。
この体はやはり頑丈なのか、通常2、3ヵ月の治療期間のはずが、薬の効果も含め2週間で完治した。
日に日に治っていることが分かるという奇妙な体験もできて、自分の体ながらちょっと引いた。
そうして体が全快する頃には冬の前になり、その時実家から手紙が届いた。
内容は毎年恒例の領内貴族等が呼ばれる報告会の参加を促すものである。
去年はエミリアは一足先にペイジとなっていたので、ここからあの会に出席するため帰っている。
正直帰りたくないと思えるほど、最近は居心地が良かったが、そんな勝手を許される理由も見つからない。
ため息を吐きながらもここに来てからの自分を振り返り、なんだか大きく自分が変わったことに気づいて領の皆にどんな反応が返ってくるかちょっと楽しみになった。
「俺の成長に皆圧倒され、驚くに違いない」
これまでの行動を反省しながらではあるが、現状自分は大きな違いを見せることができている。
これだけ成長したのだから、誰もが喜び、持て囃すに違いないと思わずにはいられなかった。
王城では見せなかった、承認欲求が実家に帰るという行動でまた芽吹きだしていた。
しかし帰ってきたら分かる、成長したのは自分だけではないという現実を。
あの無口だったステファンが自分を見るなりニヤリと笑った。
何か馬鹿にされた感じを受けた。
もしかしたら自分が王都でやらかした失態が伝わっているのかもしれない。
それは仕方がない。ただ自分はそれでも成長したと自負している。
その成長を見せる為に来たのだからと気を取り直した。
そして一番の成長はなんといっても訓練での成果だった。だから訓練場へと急いだ。
そこで目にした光景が一番大きな衝撃であった。
アントニオが別人になっていたのだ。
以前は控えめで大人しく、前には出ない可愛い奴だった。
それが今では訓練場で中心に立ち、皆を指導していた。
「踏み込みが甘い!反撃がすぐに来るだろ!捌き切れんぞ!」
「態勢を維持しろ!軸心がブレると動きが読まれる!」
「大振りはやめろ!手だけで振るな!全身で振れ!」
ハッキリ言ってもう自分の知っているアントニオではなくなっていた。
何があったか知らんが、怖い。恐ろしい。近づきたくない。
こんなはずじゃないと思ったが、疲れもあるし、とりあえず今日は休もうと部屋に引き返した。
そこに父上から呼び出しを受けた。
王様に仕えていたのだ。今は主人が父に代わっているのだと理解し、すぐさま呼び出しに応じる。
「随分、成長したようだな」
父上の開口一番の言葉に、舞い上がりそうになりながらも、控えめに「ありがとうございます」と返した。
「急ぎお前に伝えておきたい話がある」
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