レオナルド②
あれからレオナルドは心を入れ替えて周りと馴染んでいった。
以前レオナルドは、己の自由と権利を訴え、暴力がある教育を排除するために啓蒙運動試みてみたのだが、追い出されるという、ある意味虐待を受け、自分が間違っていたと反省することにより、監督官に丸め込まれてしまったわけだが、それからは恐ろしく従順になっていった。
レオナルドには、もともと集中力は飛び切り高いものがあり、多くのことを他者より早く吸収することができた。だから180度向かう方向が変われば、どこまでも突き抜ける優秀さが浮き彫りになる。
それは周囲も以前の愚行を忘れるほどに一目を置かざるを得なくしていた。
またレオナルド自身も分かっていたのだが、ある種、優秀と煽てる人がいても、もうそれくらいのおべっかでは舞い上がることは無くなった。
だってそれは出来て当然のことであり、いつかは誰でもできることであったからだ。
そしてそれよりもレオナルドは今大きな悩みを抱えていた。
それは訓練の時にやらされる、剣の修練の時に、誰かに切り込むことができないことだ。
どうしてもそれが悪い事というか、踏み込むことに戸惑いを感じていた。
だってあれ当たったら痛んだぞ。
当たり所悪ければ骨折くらいは簡単にさせてしまう。
訓練をしていると、自分はどうやら運動神経が良いのだと漸く気づいた。
荷物を持って永遠に走らされることも、以前の体と違い息が上がるというのは稀で、少なくとも周囲の奴には負けない走りができていた。
だから剣の修練も特別辛いことは無かったし、体も出来上がってくると共にある程度上達も早くなってきた。だが、対人戦に関しては、踏み込みが弱く、心理的なストップがかかってしまう。
体は誰よりも速く動けても、この一歩がどうしても滞らせて攻めに転じることができないでいた。
訓練教官のジョー・ボリスはレオナルドに足りないものが、勇気だと思っていた。
「レオナルド、お前はどうして勇気がないんじゃ。情けない」
そんなことを言われても、体の反応だから仕方がないと思うしかなかった。
ましてや教官に口答えはもうできない。
そんな叱責を受けながらも、体の反応は守りには飛び切り有能で、同期の攻撃は悉くある程度防ぐには造作もない事であった。
何度も何度も素振りをして、体に覚えこませ瞬時にできるように訓練は欠かさない。
だが、相手が人間になれば、そこにはどうしても手が足が震え、歯の根が合わない状態に陥る。
自分でもなぜこんなに拒絶反応が起こるのかを見つけられないでいた。
教官から勇気が無いと言われたので、勇気や度胸を示す何かを探してみようと考えていた。
以前レオナルドがキャラ付の薄い奴らと罵っていた同部屋の同期にも名前があった。
その中でも息が合ったのはメッシーナ侯爵家のリカルドという奴だった。
彼は情けないレオナルドにも持ち前の豪快さで仲の良い付き合いを続けてくれていた。
だから悩んでいるレオナルドに対してこんなアドバイスをした。
「勇気を試すのであれば、女性への告白と昔から相場が決まっておる!」
「え?」
「なんだ、勇気を出したいのだろ、女性への告白以外ないだろ。それか塔から飛び降りるか」
「なんだよ、その二択。他にもあるだろ」
「なんだよ」
「教官に歯向かうとか、裸で王都一周とか?」
「お、そっちもいいね~、それやろうか」
「やらないよ。それやっても多分変わらないから」
「やってみる前にそれかよ。だからレオナルドは勇気がないんだ。レオナルドって勇敢な獅子って意味じゃないのか?情けない」
「おお、もう一つあるな。リカルドお前を切らせてくれ、そうすれば何か変わるかもしれないな。どうだ友情を証明するためにお前実験台になってくれよ。お前の名前は男らしいとかそういうのだろ。見せてくれよ。男らしさをさ」
「俺の体は俺だけの物じゃないからな。それは残念ながら出来んのだ」
「お前も本当に自分には勇気があるのか分からないんじゃないか?」
「じゃあ、お前は、勇気以外が他者と違うのだと言いたい訳か?」
「・・・うん、多分そうだと思う」
自分には今までの教えから得られたもののほかに、今になっても抜けることがない、以前の記憶とそこから吸収されている無意識下の観念が自分を縛っているのではないかと思う事は良くある。
人は考える言語によって縛られている。
これは見えない鎖のようなものであり、誰もがそうであるのに分からないのだ。
そもそも無意識という物自体、まさにそれである。
無意識を意識してみることは絶対にできない。
ただそうであると分かるだけ。
一歩踏み込むことができないのは正に無意識がやっていることだった。
心理学的に見ても無意識の鎖が分かれば、それは徐々に脆くなり消えると言われている。
だがまだ自分と他者の中で何がそこまで違うのかを理解できないで苦しんでいるのだと思っていた。
「例えば、リカルドが相手に剣を向けたときにどんなことを考えているのか教えてほしい」
「考えること?」
結構真剣になって聞いたのだが、とぼけた顔のように見えて少しイラっとした。
「俺は隙や相手の様子、目線、足の踏ん張り、肩の力の入り具合。そんなことを観察しているんだが、お前はどうなんだ?」
「お前、本当にそんなことを考えているのか?几帳面な奴だな。俺は全く考えない」
「え」
「そんなことを考えても、俺にはできるようになれるとは思えんからかもしれないんだが、俺は考えない。とにかく打ち込むことだけ考えるんだ。どう打ち込むかなんて考えるなと教わったな。今の態勢で一番力が入る型がどれになるかなんて選ばないで済むように訓練しているんだ。自然と一番いいものが出るはずと信じて打ち込むことだけ考えるんだよ。こんなの基礎だろ」
そうか、正解を探そうとしていたのかと何か掴めるものがあった気がした。
それから考えないで打ち込むことを練習してみたが、上手くいかない。
ただ気を抜くのと、自然と体が動くとは全くの違うモノであった。
考えないというのはやろうと思ってできることでもなかった。
ここで今までサボっていたことのしわ寄せを感じながらも、それは自分の選択の結果だと受け入れるしかなかった。
ゲームのような瞬発力だけでは全身の連動性は生まれない。
型が本当に身に付いた後だからこそ、瞬発力が重要になるだけだ。
反応では力が入らないものだ。地面と肉体すべてが合わさって力が伝わる。
ただ訓練をしていると掴んだことがあった。
それは自分らしさなんていらないという事だった。
昔学校教育で言われた、アイデンティティ(自己同一性)を作ることが重要だと教わっていたが、これは全ての上で邪魔をしていた。
誰かに仕える為であっても、訓練で型を身に付ける為であっても、自分らしさなんてものは必要がないという以上に邪魔をしてきていた。
達人の域に達するものは自然とそのアイデンティティが出来上がるが、その前の段階の者には、それは邪魔で、上手くことを運ばせない障害でしかなかった。
完成形を目指して途中を端折って作ると中身が空洞になる。
それが今の自分だと気づいたのだ。
自分とこの世界の人間の違いにあるのはこれだと分かった。
ここで、レオナルドは初めてスタートラインにつくことができたと思えた。
異世界の流儀と以前の教育の最も大きな違い、もしかしたらシステマチックになった分の大きな誤りを見つけた気がした。
人は年齢と共に出来上がるのではなく、経験と共に出来上がるのだ。
それに気づいてからは自分を殺す作業になった。
考えずとも動く型と相手の思考に添わせることがそれである。
経験が多くなればなるほど、型ができ、それを維持することができるようになる。
型が身に付いた時に、レオナルドは誰にも負けないモノに変わった。
またその中で、相手の呼吸に合わせる事、外すこともできるようになる。
それを一年足らずで達するのは訓練教官でも、恐ろしいと感じた出来事だった。
それを達成する努力があってこそ実を結んだと言っていい事ではあるが、誰もが到達できるとは限らないから、ジョー・ボリスには異常に映る。
「やはりバーンベルクは魔窟である」
彼にそれを印象付けるには十分すぎる出来事であった。
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