2.12
別れを言うつもりだったのに、いつの間にか、自分の願いを口にしていた。
いつまでも長居はできない。
帰ろうと思って、「すまん、取り乱した」といって振り返ると、ここには似つかわしくない人たちがいた。
父上だった。
私をここに行かせないと言っていた人がなぜここに来たんだ?
もしや情勢が変わって、今から戦争を仕掛けに行くのだろうか?
ちょっとした緊張が体をめぐり、気持ちを引き締めた。
「父上、どうしてここに?」
「トニー、・・・・実は私も来たくて来たわけではないんだが、ステフがどうしてもって聞かなくて」
いつも睨んだような、眉間にしわが付くほどの厳めしい顔をしている父とはまるで違う、顔をしているのを見て、緊張がほどけるのを感じた。
「え?ステフも来ているんですか」
「ああ、だが、流石にここに入れるのはちょっと・・・」
周りを見れば、酷い。酷過ぎる。
この世の地獄といっても差し支えないのではないだろうか。
薄汚い道具置き場だった掘立小屋の上、今は素っ裸で糞尿まみれな人間とは思えない奴が縛られていて、それが3人もいるのだ。知らないモノが見れば、如何わしいプレイをしている現場に思えても仕方がない。
流石にステフがもっと長い人生の記憶があるからと言って、女性にこの状況を見せることは果たして紳士として良い振る舞いといえるのだろうか。そんなことは無い。
父の判断は正しい。
「そうですね。でもなぜ?そもそもここに入る必要があるんですか?」
「ああ、まあ、それなんだが、なんでも薬を調合したからそれを自分が患者に投与する必要があるとか杓子定規なこと言っていて・・・確かに薬剤師が患者に直接投与するっていうのはそうなのだが、そこまで厳密にやらなくてもと思う反面、それを今から教えるのもまた違う気がするだろ。それはある意味非常事態とか、イレギュラーなわけで、あと・・・・・ステフが初めて私に声をかけて来たんだ。・・・・それを無視するのは・・・な」
『な』じゃねぇよ!と言いたいところだが、あの冷徹に物事を見ろと私に教えてくれた父が、なんだか照れている。その上しどろもどろにしゃべる姿は新鮮だった。
辺境伯である前に一人の父親の顔に戻っているのだろうか。
いつも眉間にある皺が無くなり、表情筋がとろけている。
こんな顔を見るのは初めてだが、その気持ちも分からなくはない訳なのだ・・・。
ステフがしゃべるのは家族でも、とんでもなく稀少でありがたいものになっているに違いない。
言わんとしていることを感じ取り、とりあえず体裁を整えられるように服を着ていて、落ち着いている奴を外に連れ出し、ステフの前に連れて行った。
「ステフ、こいつらは中毒者ではないが、こいつらも飲んだ方が良いのか?」
「モチ、全部治る」
いつものように親指を立てて、ステフは自信満々だが、麻薬に手を出す奴は結局皆我慢しきれないで手を出すのだ。
その我慢ができるようになど、本当になるのか?と疑心暗鬼に見てしまう。
ただ確かに、飲んだ奴はすっきりした顔をしている。
本人たちも何かあるのかちょっと驚きながら喜んでいた。
7人が飲んでいる間に、手足を縛られ、もうぐったりしていた3人も服というか貫頭衣を着せられて連れて来させられた。
酷い臭いは外である分緩和されていた。
そいつらも飲んでからしばらくすると目を覚ましたようにしっかりとした意識を取り戻す。
皆一様に「え、なんでこんなところに?」と驚いていた。
ディックの奴も「んあ、ここは?」とか言って目を覚ましてくれた。
自分がここに連れてこられたことを覚えていないようだ。
いつくらいから記憶がないのか分からないが、少なくともここ最近は記憶が全く抜け落ちてしまっているようだった。
正直、父上に会った時点で感情がフラットになったから、あんまり気持ちが盛り上がってきている訳ではないが、皆が回復して素直に良かったと思う。
取り敢えず全員に薬を飲ませることができた訳だが、こいつらに再発防止を言い含めるのがどれだけ難しいか、前世の認識から言えば、おそらくまたやるかもしれないという眼で見てえしまう。
「ステフはこいつらに再発防止させる方法はあるのか?」
そう小声で聞くと、何言ってんの?というように首を傾げた。
はぁ、そうか。何にもないのか。
ちょっと落胆したが、とりあえず全員が元気になったのだからそれでいいかと思った。
それから麻薬についての基本情報と、それの恐ろしさ、そして今後の再発を防止するための策などを含めてきつく長めに説教をした。
最初は良く分かったという感じで聞いていたが、だんだん飽きてきたのか、体がもぞもぞしている様子を見ると、こいつらまだ反省が足りないな!と怒りがこみ上げそうになった。
だが、それも彼ららしいと言える。なんだか『普通』が戻って来た感じがして嬉しく思った。
取り敢えず、今後は絶対しないことを約束させて解散した。
この解散を待ってから、ディックが話をかけてきた。
殊勝なことに「アントニオ様ちょっといいか」となんともらしくない問いかけから始まった。
父上がいるからかもしれないが、どうもいつもらしくない気がした。
これも生きる上では必要な行動といえるから止はしない。
「どうした?」
「今思い出したんだが、依然聞いた理想に生きるって話なんだが・・・・」
「ああ、あれか。・・・幸せとか幸福になりたいって」
「そう、俺は分からなくなった。今までの生き方と、真逆なことをするのが本当に幸福になるのかと」
「真逆?」
「ああ、他人と分け合ったりするのは幸福が減るだろ」
「・・・・それは、幸福じゃないだろ」
「え」
「ふふ、お前らしいというか、それは幸福じゃなくて欲望だろ。沢山ほしいって」
「幸福じゃない?」
「幸福ってのはさ、ただ気づけばある。そういういつもあるものだ」
「いつもある」
「いつもあるさ。今も」
「俺はあるのにもとめていたのか?」
「まあな。でも、それは良くある誰もが間違うものだし、気にするな。・・・・俺が言いたかったのはさ。それに気づいても止まるなって伝えたかったんだ」
「なんで?」
「確かあの時は幻想だからって言ったっけか」
「ああ」
「理想に向かう事はさ。悲しかったり、辛かったりするんだ。努力や修行を考えると分かりやすいかな。必死に努力している時は他を諦めなければいけなかったり、辛いこともやるだろ。でもそれをして目指して、続けて、最後に死んだときに分かるんだよ」
「は?」
「悲しかったり、辛かったりした思い出だけが、輝いていて、楽だったり、喜んでいたり、楽しかった思い出ってのはさ、何の意味もなかったなって」
「死んだら分かる?」
「まあ、お前に信じてもらえるか分からんが、そうなんだ。努力して修行していたことは全部意味があるが、楽して、喜んだことは全く何にも役には立たないんだよ。逆になんであんなことで止まってしまったのかと、止めたことを後悔するくらいだ」
「お前死んだことあるのか?」
「・・・・信じてくれるなら、そうしてくれ。ただ俺は本質として幸福はある意味毒であり、逃げだと思っている。それよりも大切な物を持っていたはずなのに、忘れた大馬鹿野郎のすることだと思っている。理想とはそれほどに輝いて、善いもので、美しい存在であったはずだ」
「美しい存在」
「そう、求めている理想は現実にはならなくても、それでも追い求め続けることが。その姿が美しく映るし、輝いて見える。本人は辛い苦しいと言っているかもしれないが、思い返したり、他人が見ればそうなるって話だ」
「そんな無茶な」
「そう、理不尽だよな。この世ってやつは。だが、だからこそ真実だって思える。信じられるんだよ」
「なんで信じられるんだよ?」
「そりゃ、不合理なものほどそこには言葉や何かで証明できないモノを含んでいるからさ。それが所謂神ってやつだ」
言い切って、なんだか恥ずかしい感じがしたが、今まで言葉にしていなかったことが、なぜか今現れた感じがした。不思議な感覚だった。
§
辺境伯たちがぞろぞろと帰っていった。
あいつも、もうここの管理者とやらではなくなるらしい。
最後に別れを言いに来ただけだったと聞いた時、俺はとんでもないことをしでかしたんだと気づいた。
簡単になれるなんて明らかに胡散臭い言葉だ。
そんなのに引っかかるほど俺は何かおかしかったに違いない。
情けなさに心が沈んだが、それは俺の理想な姿ではないことを思い出して上を見上げた。
空は夕暮れで昼の薄い碧から暖かな赤い色に移り変わっていくのがとても美しく見えた。
数日間食べ物らしい食べ物を口にしていないのか、急に空腹を感じて、少しよろけてしまう。
早く家に帰ろう。
色々分かった。俺はまだ幸福を求めているのかもしれない。
でももう満足して止まるために見つけに行くことはやめにしようと思う。
そういえば母は「立派な大人になって」と言っていた。
幸福になりなさいだけ聞いて、前の方を取るに足らないものだと思い込んでいた。
父のような立派な大人は、まだ遠い。
足取り軽く家へと急ぐ。
家に近づいていくと、なんだか俺の家の近くで解体作業をしていることに気づく。
いや、俺の家が解体されている!
どうなっている!なんで!
解体作業を指揮していたリンドに問いただす。
「おい!俺の家なんで壊してんだよ!」
「え、これはアントニオ様が、やれって」
うぅおおっぉぉぉぉアントニオォォォォォォォッォ!!!!
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
精鋭の読者のお陰で続けられています。
本当にありがとうございます。
これにてアントニオ編を終えます。
次はステフを少し入れて、レオナルドに行こうかと思っています。
引き続きよろしくお願い致します。
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今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。




