2.9
民衆の人数からすれば、必要な物資は足りているはずだ。
なんだか腑に落ちない。
すると、今までよく働いていた者の中に大きな声で不満を漏らすものが現れた。
その人は体が大きく、存在感があり、村人の中では珍しい巨漢といえる体形をしていた。
確か名前はディックだったかな。
「あああ、もうやってらんねぇよ!こんなちまちました事!お前たちもそう思うだろ!」
「そうだ!そうだ!」
取り巻きといえる人間が3人。彼らは普通の部類の人間だったと思う。
「何が共に生きるだ!全然手伝わねぇし、俺たちばかりにさせている。その上娯楽すら提供しない!みんなもそう思うだろ!もうこんなことやめようぜ」
「女、子供まで働いているのに自分たちばかり何もしないなんて不公平だ!」
「自分たちは楽している!俺たちがこんな汚いことまでしているのに!」
「そうだそうだ!」
騒ぎが大きくなるのは良くないな
偶々近くで騒いでくれたのが良かった。すぐに駆け付けることができた。
農場でやられていたらと思うとせっかくの作物に何かしたかもしれない。
「ディックは娯楽が無いことが不満なのか?」
「そうだよ!悪いか!」
「他の者たちはどうだ?」
「私たちはそんなこと・・・」
「いい子ちゃんぶってんじゃねぇよ!お前らだってキツイとか辛いとかさんざん言っていただろ!」
「そうか」
「分かったか!だからレンドン・・・」
「ならば出ていけ。最初に言ったようにここは無くなってもバーンベルク領としては問題ない。むしろ助かるくらいだ。これも最初の就任の時に言っただろうが、もう一度言おう。私はたとえ一人でもやり遂げるつもりだ。お前が付き合ってくれずともそれでもやり続ける。それにな、作業を手伝わないというが、それぞれ役割があるというだけだ。お前は書類に目を通し、街を守るために夜勤をすることは無いだろう。それぞれが未来に向かって己のできることをしている。それが不満ならここに無理して付き合うことは無いから出て行ってくれ」
「な・・・」
「あと、お前らは女、子供が仕事をするのが何か間違いだという口ぶりだが、私は好きで覚悟を決めてここの管理をしている。8歳だけどな。誰かが困っている、食べ物が欲しい、家族に笑っていてほしい、そんな思いで体を動かすことは悪い事なのか?私はそうは思わない。年齢や性別を理由に取るに足らないものだからと行動を縛るのは良いことに思えない」
「それは・・・」
「まあ、いいや。今までありがとう、報酬は用意するよ。失せろ。他の者も同じ考えの奴は申し出てくれ」
ほとんどの者は黙って作業に向かった。
その四人は少し話し合い、頭を下げてきたから許した。
一応「次は本当に出ていけ。言葉を口にするときは、それに覚悟を持て」と伝えておいた。
おそらく不満は残っているだろう。
だからと言って、全てを綺麗に切り捨てても、必ず黒いものは出てくる。
相対的な比率は必ず生まれる。
だから清濁併せ吞むことをせずに、統治はできない。
そしてそれから私はディックに事ある毎に話しかけるようにした。
なぜなら彼は優しい人間だからだ。
不満を真っ先に表に現わす人間は正直であり、素直な人間といえる。
彼を通じて他の農民の不満や思いを聞こうと近づいた。
話を聞いていると、おおむね不満は無いようである。
農業は繁忙期は忙しく、それこそ猫の手を借りたいほどに人手を必要とする。
だが、それを過ぎれば、やること自体はそれほどない。
サツマイモは特に植えた後は、あまりすることがない作物で有名なくらいだ。私の中では。
ただ、そんな中でも一番声を聴くのは「酒が無い」という事だった。
基本、送ってもらっている物資には、そんな趣向品は無い。
だからどうしても不満が溜まったのかもしれない。
私だって、この体になってから、禁酒をしているといえるほど、以前は死ぬまで毎晩の晩酌は欠かさない人間だったから、気持ちは分かる。
おそらく物資不足というよりも、酒が無い不満が彼らをあの行動に導いたのだろう。
この世界に酒税や密造酒に関した法律があるかどうか知らないが、バレなければ大丈夫だろうと高をくくり彼らに教える。
「今皆が作っているサツマイモから酒を造ろうと思えばできるのだ」
「うぇ!まじっすか!」
「ただ特殊な装置が必要で・・・」
「やったー!みんなー!酒が造れるぞー!」
「簡単にはできないよ」という私の声はかき消された。
ヤバい、これは後に引けなくなった。
素直なのはいいが、猪突猛進といえる、その性格はちょっと・・・
口は禍の元
身から出た錆
そういったことを実感しながら、今後の計画を修正した。
まあいいか、皆がやる気になるならば、それに越したことは無い。
それから夏に塩田を作ってみたり、魚取りをしてみたり、たこつぼでタコの取り方を教えたりと色々あったが、餓えることなく何とかやってこれた。
最初は遠くで見ているだけだったものも、近づいてきてくれた。
バース叔父様のように乗り物酔いを理由に街に戻らないことも信頼につながったのかもしれない。
天候も良くて秋の収穫は十分できた。小麦は私の知識が確かなら、寒冷地の作物だったはずだ。
この土地では合わない作物である。そういう意味では今年も不作な訳であるが、食べ物分としては何とか確保できたくらいには収穫があった。
だからこの成功体験を基に小麦から別の作物に切り替えることを考えていけば、この地は温暖で海もあり、優しい人が多い素敵な所だと思っている。
だから、決して捨てたところではないはずだ。
そしてその間私はこの地域について調査をしていた。
元は帝国領であり、曾祖父の代で領地に加えられたと聞いたが、どういう生活をしていたのか気になったのだ。
何故私が考えたように作物の転換なんて簡単なことを今までやろうとしてこなかったのか分からなかった。
それはリンドから聞いた。
「帝国はこの地を流刑地として使っていました」
のっけからの大きな衝撃で、凡そ理解ができた。
「だからこの近くに他の帝国の村や街はありません。もとからここで暮らしていたのはそういう人間です。ただ私の先祖たちは決して極悪人という訳ではないと聞いています。むしろ帝国の政策に反対できるほどの知識人と言われる者たちでした。それが、皇帝の意に沿わないために流刑地送りをされたというのが真相だと聞いています」
温暖な地を流刑地にするとは斬新だな。
とは言え、作物が育ちにくいという土壌は事実だ。
森が無く、低い草しか生えない。
川が無ければ水さえ覚束ない土地だった。
そういう意味で帝国から見たら魅力の薄い土地という事だったのだろうか。
「だからか、皆生きることに対して後ろ向きだったものが多いというか、知識人と言われる先祖を持っていても、ここでは勉学をすることに忌避感がある方もいたようです。そして何より、流刑地送りにされる前に手や足をその、失っている状態でした。私の父も片腕を取られ、足も引きずっておりました。本人がその状態で、家族はそれを抱えての暮らしだったので、そんなに生きることに積極的になれない状態だったと思います」
今の現状では分からない部分が見えてきた。
この地域の人がもとから怠け者の精神という訳ではなく、生きることが罰という思いが強かったのかもしれない。
そんな自暴自棄からどうしても目先の利益という満足感に逃げたのかもしれない。
酒を欲するのも現実から目を背けたいという事なのかもしれない。
「それでも今は違います。生活の安定も見えて、皆楽しそうにしています。本当にアントニオ様には感謝しております」
誰かの役に立つというのは、嬉しい反面、そんな皆をそれでも信用しきってはいけないのだと思う心がもう反面にあった。
なぜならば、なんだか不穏な雰囲気を感じることが足元に来ているからだ。
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