2.8
父の前で、大見得を切って言ってみたものの、何にも経験もなければ、自信もなかった。
どうやって民を導くか分からない。
今まで、率先して前に出ることをせず、自分も後ろを追従していた類の人間だった。
師匠や、周囲の人たち、先達が言ったことをそのままやっていたように思うと、父の言う、「支配されたい欲」というものが自分にもあったことが如実に浮かび上がった。
それはそのまま、『ことなかれ主義』というものになる。
誰とも争わないとは、追従を意味する。
そしてそれが楽だったのだ。
思考を放棄し、言われたことをやることは楽で、結果がどうなっても、愚痴を言うだけで、終わることができた。
そして民衆もどこかで、自分の自由を奪われたと気づくときに、反発し、最悪暴徒化するのだろう。
これからそれを上手く乗りこなすことを求められる。
自分に何ができるか考えなければならない思った時、足が止まったのだ。
父は言っていた通り、人を何人も私につけてくれた。
身の回りを世話をしてくれるメイドのマーヤや事務仕事がこなせる執事見習いのジャン。
それから護衛の騎士としてアレクサも来てくれた。
他にも警護の為に何人も騎士や騎士見習いが常駐してくれる。
自分一人の為に多くの人が来てくれたことで、なんだか偉くなった気分になるが、責任もまたついてきた。
ひとりで生きることをしていた時間が長かった自分には、これを重いと感じる癖のようなものがあった。
トップが立ち止まるのは下が困る。
そう思ったから、今の心境を素直に来てくれた皆に相談することにした。
「自ら引き受けたことだとは言え、この地域を任されて、正直なところ、ここにいるみんなの人生の責任まで感じて、とても重い気持ちになっています。先がまだ何も見えない状態です。不安が消えず、ずっと付きまとわれている、そんな状態です。でもすべての困難に私は立ち向かいます。そう決めたから。だから意見があれば何でも言ってください。言われたこと全てを飲むことはしないかもしれませんが、必ず話を聞きます。聞いた上で理解を得られるようにしたいと思います。ついて行けないと思えば言ってください。私が必ず父上に相談しますので」
そう言い切った時に一番の年長者であるアレクサが言葉をつないだ。
「みんな聞け!我らの主は今この時から、ここにいるアントニオ様だ。そのアントニオ様が心の内全てを話して下さった。ならば、我らも隠し事は無しだ!主を思い、主の為に尽くすのが我らの務めである!それぞれが主の為に何ができるかを考え行動しろ!指示をいただく前に先回りし、全て己の責任で行動しろ!・・・ですから、アントニオ様は自分のことに集中していただいて構いません。我らを重荷と感じさせるほど、あなたに寄りかかりはしません。ですので、思いつめず、前を向いて進んでください。な~に、ここにいる皆はそれができる者たちです。己の力で立つことができている者をお父上は選んでくださっていますから、安心してください」
それを聞いて自分は今まで何か特別な地位に就くことの責任を無理やり背負おうとしていたことに気づいた。
そんなことをせずとも、皆はそれぞれ生きられるのだ。
自分が昔頼ろうとし続けていたから、ここにいる皆も同じだと勘違いしていた。
偉くなったら、やらないといけないことが増える、面倒ごとが増えるのだと思い込んでいた。
実際はただ自分の理想を実現するべく、動けばいいだけだ。
お爺様が教えてくれた、『前に出ろ。怖がるな。そんなことよりも大切なものを追い求めなさい』という言葉の意味がここにあった。
前世を含めた今までのすべてが無駄ではなく、今この一瞬を知る為にあったように思えた。
そして私はこの地の管理者就任のあいさつに望む。
リンドが皆に声をかけ、広場に集めてくれていた。
「私が、ここの統治を任された、辺境伯当主の息子アントニオ・バーンベルクです。
見ての通りの子供です。
だから頼りなく見えると思うし、不安に思う事あるだろう。
だが、私は任されたことに全力を尽くす。
私はここにいる皆と共に生きると覚悟してきた。
実は父の辺境伯からは潰しても構わないと言われている。
皆が働かないのならば、潰した方が良いとさえ思われているのだ。
不要だと切り捨てられて、当たり前だと思うのか?悔しくはないのか?
私はどんな人間も目指すべき場所は一緒だと思っている!
能力や立場の違いは在れど、目指すべきところは必ず素晴らしい未来だ!
そこへ、ここにいるみんなと、共に向かう、そう決心をして来た!
それに作戦はある。
皆が餓えず、皆が安心して暮らす方法だ。
信じられないのなら出て行ってもらっても結構、何もしなくてもいい。
私はたとえ一人であっても、そこへ行くつもりだ!
そして協力してくれる者には必ず利益を渡す。
共に今の状況から脱却し、領の厄介者から一人前に、いや、なくてはならない存在になろうではないか!」
最初アレクサも含めて皆、目を見張っていた。
ガキがイキリ過ぎたかと思い、顔が熱くなってきた時に、皆が動き出した。
割れんばかりに拍手と歓声が上がり、好意的に受け取ってもらえたことが分かった。
良かった。
やり切った思いと、安心感で体の力が抜けた。
それからの毎日は慌ただしかった。
民たちに、どこに何をつくるかという計画を伝え、どのように苗を植えるかまで指示を伝えた。
最初が肝心だ。
むしろそれさえ乗り越えれば、後は結果を待つだけだである。
一週間もすれば、しっかり根が張ったかどうか分かる。
そうでないところを引き抜いて、とか言う細かな指示も出した。
全体を見るようにしていたから分かる。
人は2:6:2の法則がある。
よく働く者:普通:働かない者の比率だ。
これはアリの実験でも聞いたことがある。
よく働く者だけをいくら集めても、相対的に必ず比率が生まれる。
だから働かない者を悪く言う必要はない。そういう役割だと思えばいい。
ただ、私は経験則で知っている。
普通やよく働く者の中には毒が入っていることがある。
つまり、仲間と思わせて裏切る人間である。
働かない者は逆に信用できる。
あからさまな敵対行動はただ信用を得ていない証であり、離れているとは心の距離を正直に表しているだけだからだ。
優しい人間とは、正直者、素直な人間のことを言う。
嫌いなら嫌いと面と向かって言う人間のことだ。
陰口をたたき、陰険な罠を張る人間こそ近づいてくるのだから。
ただ、素直な人間は普通やよく働く者の中に一番多いのも事実。
父上に言われた報告は、よく働く者と普通の者を観察して報告すれば大丈夫だろう。
そんな風に眺めていたある日、商人がやってきた。
「初めまして、アントニオ様。わたくし、レンドン商会のアンソニーと申します」
「どうも、初めまして。それで、家にどんな要件ですか?」
「あれ?ご存じありませんか?レンドン商会はいつもこの街に行商でやってきているのですが?」
「そうですか、それはありがとうございます」
「なんですか、やっぱりあまり優秀とは言えない方なのですね。我々の商会が無ければ、あなた達は生活できないんですよ。もう来ないようにしましょうか?」
「ではそうしてください。私の評価はあなたにしてもらう必要ありませんから」
「!なんです!その態度は!民衆が怒り狂っても知りませんよ!」
「おい、こちらの方、帰るそうだ。見送りを頼む」
メイドのマーヤとアレクサが見送りをした。
喧しく不満をこぼしながら出て行った。
この商会は来た方向から言って、間違いなく帝国の商会だろう。
この地域は帝国から商品を買い入れて今まで生活していたのだろうか。
ニーデル王国、バーンベルク領の商会も来ている。
今まで政治について全く関心が無かったが、なんだか複雑な相互関係があるのだろうか。
民衆の人数からすれば、必要な物資は足りているはずだが。
なんだか腑に落ちない。
すると、今までよく働いていた者の中に大きな声で不満を漏らすものが現れた。
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